第96話、おまえが(私の)パパになるんだよ⁉(その22)
「──私がどうやって、この家には入れたかですって? うふふふふ、実はこんなこともあろうかと、以前からこの家の合い鍵を用意していたってわけなの♫」
そう言いながら、ポケットから真鍮製の鍵を取り出す、正真正銘本物の不法侵入者。
……なぜに僕の未来の娘は揃いも揃って、遵法意識が低いのだろう。やはり親の教育が悪かったせいなのだろうか?
「いや、そんなことは、もうどうでもいい。それよりも、おまえがこの異常なる『僕の娘全員による談合』状態の成立に、『一肌脱いだ』というのは本当なのか? ──つうか、そもそもおまえ今まで、一体何をしていたんだよ? 夏休みの初めの頃はあんなにしつこく僕にまとわりついていたくせに、アズサたちが僕にアプローチし始めた以降は、まったく接触しなくなるし、入院中も一度も会いに来ないし、てっきり『僕の未来の娘』とかいった『妄想状態』から、脱却したものとばかり思っていたくらいだぞ?」
「もう、お父さんたら、妄想なんかじゃないと、何度言えばわかるの? こうして私以外にも『お父さんの未来の娘』が何人も現れたことが、いい証拠じゃないの? これが量子論等の現代物理学に則っても、けしてあり得ないことでは無いのは、『異世界転生SF的考証クラブ』の部長さんあたりから聞いているんでしょう?」
……いや、確かに量子論に則れば、僕には複数の『未来の娘』が存在する可能性はあり得るらしいけど、同じく部長が言っていた集合的無意識論に則れば、結局は妄想のようなものに過ぎないとのことだったぞ?……………………って、ちょっと待てよ⁉
「『僕の未来の娘』が複数人登場することを事前に予想していたってことは、現在の状況を──少なくとも、アズサたちが『娘』同士で、ガチの殺し合いをすることを、知っていたってことなのか⁉ だったら何で、前もって止めてやらなかったんだよ⁉」
そのような僕の至極当然なる疑問の言葉に対して、むしろ目の前の少女は、いかにもあきれ果てたかのように、大きくため息をついた。
「……あのさあ、これだけひどい目に遭っていて、まだわかっていないわけ? 現在『恋に盲目状態』になっているヤンデレ女子に対して、何を言っても無駄なのは、もはや自明の理でしょうが?」
「うっ」
……そういえば、そうでした。
ヤンデレ女子同士で同じ男を巡って争っている真っ最中に、「皆さん、無益な諍いはやめて、仲良くいたしましょう♡」なんてほざいて割って入ろうものなら、殺されたって文句は言えないよな。
「だから私は、アズサさんたちが表立ってお父さんにアプローチをし始めてからは、あえてあなたへの接触を一切控えて、事態を静観するようにしたの。──私以外の『娘』たちが、争い合うことの愚かさを、痛感するまではね」
「いや、理屈はわかったけど、ほんと下手したら、死人が出るところだったんだぞ? 何か別のやり方はなかったのかよ?」
「大丈夫だって、これまで何回も経験したことなんだから、大体こうなることは、前もってわかっていたんだし、これこそが最も理想的なケリの付け方なの」
は?
「な、何だよその、『これまで何回も経験したこと』ってのは⁉」
思いがけない言葉に、すっかり面食らう僕に対して、
──その『僕の娘』を自称する年上の少女は、文字通り驚天動地の台詞を突き付けてきた。
「タイムトラベルをできる手段を有する者が、どうして過去へ一度きりしか来られないと思うの? もしも一度目のタイムトラベルで失敗した場合には、当然何度もタイムトラベルを繰り返して、自分の理想通りの過去にしようと挑戦し続けるはずでしょう?」
──‼
「じゃあ、おまえは……」
「ええ、すでにこれまでも何度も、この時代へのタイムトラベルを繰り返しているの。その過程では、私以外の『娘』が宿った母体が『全滅』したパターンもあったし、お父さん自身が死んでしまったパターンもあったわ」
……何だと?
これって、部長が量子論とかを交えてご披露してくれた例の蘊蓄解説とは、根底から話が違ってくるんじゃないのか?
どうやら自分以外にも『娘』たちがタイムトラベルしてくるのを、前もって知っていたようだし、自分自身も何度もタイムトラベルしたとか主張しているし、まさかこいつ本当に、未来から来たタイムトラベラーだったりするんじゃないのか⁉
……うん? ちょっと待てよ。
「──いやいや、それはおかしいだろう? おまえ以外の『未来の娘』が全滅してしまえば、それは必然的におまえにとっての『勝利』になるわけで、別に構わないだろうし、特に俺が死んでしまったりしたら、『未来の僕の娘』であるおまえ自身が、存在し得なくなるはずだろうが⁉」
あ、あぶねえ〜。
あまりに巧妙な話の運び方だったものだから、うっかり騙されるところだった。
そのような至極当然なる指摘の言葉に、自分自身納得しきりの僕であったが、麗しの会長殿は、余裕の表情を微塵も揺るがせはしなかった。
「……お父さんってば、部長さんの話を、全然理解していないじゃないの? あのねえ、今回の一連の騒動はもちろん、あなたの与り知らない、これまでの同じ歴史の繰り返しは、私たち『未来の娘』の意思で行われたわけではなく、あくまでもこの時代における私たちの『お母さん』──つまりは、あなたの無自覚のハーレムの構成員であり、『告白同盟』のメンバーたちの意思によるものなのよ?」
………………………………………は?
「な、何だよ、『未来の娘』ではなく『母親』のほう──すなわち、今回の騒動がむしろ、会長やアズサや泉水先生たち自身の意思によるものってのは?」
あまりに意表を突く言葉に面食らっていると、更にとんでもないことを言い出す、生徒会長の顔をした謎の少女。
「……ったく、『異世界転生SF的考証クラブ』の部員ともあろうものが、本当に『未来人』とか『タイムトラベラー』とかが、現実に存在しているとでも思っていたの?」
──っ。
「お、おまえまさか、今更になって、自分は未来人ではなく、心身共に紛れもなく会長本人なのであって、ただ単に演技をしていたり、妄想状態にあるだけに過ぎないとか、言い出すつもりじゃないだろうな⁉」
「いえいえ、そんな、『私』はあくまでも私自身の認識では、『未来のあなたの娘』だよ? ただし、この『母体』の──『山王ユカリ』の妄想の産物というのも、ある意味正しいけどね♡」
はあ?




