第93話、おまえが(私の)パパになるんだよ⁉(その19)
「以前私は、いかにも当たり前のように、集合的無意識には、ありとあらゆる世界のありとあらゆる時代のありとあらゆる存在の、『記憶と知識』が集まってきているからこそ、当然その中に含まれているであろう『異世界人や未来人の記憶や知識』を、己の脳みそにインストールするだけで、異世界転生やタイムトラベルを実現したも同然となると言ったが、その具体的な仕組みについては一切述べていないし、そもそも本当に『異世界』なんてものが存在し得るのかについても、論理的に述べていなかっただろうが?」
──あ。
「そ、そういえば、そうでしたね! 何せかの高名なる『ユング大先生』が提唱して、現在においてもすっかり受け容れられている、至極ご立派な学説ということで、無条件に受け入れてしまっていましたよ⁉」
「おいおい、そんなんじゃ、この『異世界転生SF的考証クラブ』の部員失格だぞ? 何度も言っているように、SF小説愛好家であるからこそむしろ、SF小説その他の創作物に記されている、『SF小説的な一般常識』については、すべて疑ってかかり、常に『真の真実』を見極めるべきと言うのが、このクラブのモットーなんじゃないか?」
「……め、面目ございません」
「つまりだね、『未来には無限の可能性があり得る』ことを提唱する量子論によってこそ、勇者や魔王が存在しているファンタジー異世界や、母親が異なる『君の娘さん』がそれぞれ存在している複数の未来が、存在している可能性がけして否定できなくなって、よって集合的無意識においては、『異世界の勇者や魔王』や『複数の君の未来の娘さん』の『記憶や知識』が存在していても、別におかしくはなくなって、何らかの理由で集合的無意識にアクセスすることさえできたら──まあ、これについても先に述べていたが、本人が強く望みさえすれば結構高確率でアクセスすることができるのだが、Web小説の主人公的青少年が『勇者の記憶』を己の脳みそにインストールすることで、『自称異世界帰りの中二的ヒーロー』を演じ始めたり、君に気のある女性たちが『未来の君と自分との娘の記憶』を己の脳みそにインストールすることで、完全に『未来の君の娘』になり切って、未来における己の生存を賭けて、『未来の娘』同士で、ガチのバトルロイヤルをやり始めたって次第なのさ」
………………………………………は?
「な、何ですか、僕に気のある女性たちが『未来の君の娘』になり切って、ガチのバトルロイヤルをやり始めたって⁉」
「すべては君の言う通りなんだよ、異世界転生やタイムトラベルなんて、けしてあり得るわけがないんだ。むしろ原則的に、『現地の人間』基準で考えてみればいいのさ。異世界転生とか異世界転移とか言って、実は現代日本人なんか微塵も関係しておらず、あくまでも異世界側の人間だけの問題であって、その人物が『異世界において一般大衆に至るまで、読書の習慣を普及させたい』と願ったからこそ、現代日本レベルの進んだ印刷技術等が是が否にも必要になって、『彼女』自身が努力に努力を重ねた末に、最後の最後の『閃き』的に、集合的無意識とのアクセスを果たして、あたかも『前世の記憶』そのままに、現代日本人レベルの『記憶と知識』を得ることになって、自分の長年の夢を叶えただけでしかなく、同様に今回の『現実世界のギャルゲ化』騒動に関しても、これまで一切君に粉かけることがなかった生徒会長殿が、なぜかいきなり『君の未来の娘』とかとち狂ったことを名乗り始めて、公然と君にまとわりついてきたものだから、元々君に気があった幼なじみ殿たちが危機感を募らせて、女の執念をここに極まりって感じで、会長殿同様に集合的無意識とのアクセスを果たして、『君との間に生まれる可能性のある未来の娘の記憶』をインストールされて、単なる現代っ子の恋の駆け引きなどといったレベルでなく、『父親と母親が結ばれないと、将来自分が存在できないやんけ!』と言うことで、ガチで命を賭けた、『娘同士のバトルロイヤル』をおっ始めたというわけなのさ」
はあああああああああああああああああああああ⁉
「何ですか、それって? つまりアズサや泉水先生たちには、未来人の精神に乗っ取られているわけではなく、単に己自身の(僕に対する)恋愛感情をこじらせているだけのようなものじゃないですか⁉」
「そうだよ、しかし、君はあんまり、『女の恋心』というものを、甘く見ないほうがいいと思うぞ?」
「へ? 女の恋心、って……」
「確かに彼女たちは本当のところは、自分自身や世界そのものの『存在』がかかっているわけではないが、たとえ妄想のようなものとはいえ、現在の彼女たちが、自分の命を賭けて、君を自分だけのものにしようとお互いに争い合っているのは、厳然たる事実なのだ。──そう、今や君は、会長殿を含めて五人もの、ガチの『ヤンデレ女』に狙われているのであり、彼女たちは君を手に入れるためには、自分以外の女性たちを全員排除することすら辞さぬつもりでいるのだからして、君の対応次第では、本当に『死人』が出るかも知れないんだよ?」
「し、死人が出るかも知れないって、そんな、馬鹿な⁉」
「だから言ったろう、女の恋心を甘く見るなって。すべては他称『ハーレム王』の君が、優柔不断な態度をとり続けてきたせいなんだよ? まあせいぜいこの『リアルギャルゲ』が、最悪のバッドエンドへとひた走らないように、気をつけて選択肢を選んでいくことだな」
「未来における『娘としての生存』を確保するために、僕をオトしにかかってくると言うことは、『子供を作る気満々♡』と言うことですよね⁉ それじゃ誰を選ぼうとも、いまだ現役の高校生である僕にとっては、バッドエンド確定ではないですか!」
「何を言っているんだい、あんな美人や美少女から、それほど本気に想われていて、むしろ男冥利に尽きるではないか♡」
「そりゃあ、部長にとっては、他人事だろうけど──」
──っ。
ちょっと、待て。
……他人事、だと?
「うん、どうした、急に黙り込んだりして?」
「……あの、部長」
「おっ、何だい、改まって?」
「今回『未来の僕の娘』を名乗りだした人たちって、程度の差はあるとはいえ、一応全員が僕に気があるわけですよね?」
「そりゃそうだよ、そうでなければ、君を巡ってのガチのバトルロイヤルなんか、しないだろうからな」
「……ひょっとして、これから先も、どんどんと、『僕の娘』を名乗る人たちが、現れるんじゃないでしょうね?」
「ああ、それを心配していたのか? ──いや、その点は、大丈夫だと思うよ」
「どうしてです?」
「何せ、あの全校生徒の憧れの的である、会長殿が『君の娘』として名乗りを上げているんだ、もしも君に少しでも好意を持っていたら、とても黙ってはおられず、幼なじみたち殿のように、『娘バトルロイヤル』に参戦することだろう」
「と言うことは、少なくともこの学園内には、これ以上僕に気のある人はいないってわけですね?」
「ああ、ちょっとした憧れ程度しか抱いてない子はともかく、会長殿や幼なじみ度のように、君に強い執着心を有している人は、もういないだろうよ」
「そうですか……………………あの、実はこの後、大切な用事があったのを思いだしましたので、これにて失礼させてもらいたいのですが?」
「お、おい、いきなり、どうしたんだ? それに何だかむちゃくちゃ顔色が悪くなっているんだけど、大丈夫か⁉」
「──大丈夫です、どうぞご心配なく!」
「ちょっ、赤坂くん⁉」
言葉半ばに席を立ち、脱兎のごとく部室を飛び出した僕へと向かって、慌てて呼び止めようとする部長殿。
しかし、僕は一度も振り返ることもなく、がむしゃらに走り続けた。
──ちくしょうちくしょうちくしょうちくしょうちくしょうちくしょう!
何で、一番『思いを寄せて欲しい相手』が、『僕の娘』として、名乗りを上げないんだよ!
──しかも、どうしてその事実を、ご本人の口から、聞かされなければならないんだ!
『未来の娘』とか『ギャルゲ』とか『集合的無意識』とか『量子論』とか『ガチのバトルロイヤル』とか、知ったことか!
どうせなら、もはやどうなろうが構いやしない、未来の世界なんかではなく、この何一つ思い通りにならない、現代世界のほうを、木っ端微塵に滅ぼしてくれ!




