第92話、おまえが(私の)パパになるんだよ⁉(その18)
「──つまりね、量子論とは、『未来の可能性』を扱った理論なんだよ」
「──しかも古典物理学のように、『未来はただ一つに決まっている』などいった『決定論』とは違って、『未来には無限の可能性があり得る』としているんだ」
「──よって、古典物理学の『ラプラスの悪魔』のように──すなわち、SF小説やラノベやWeb小説や一部のミステリィ小説のような、非現実的で御都合主義的な『未来予測』なぞ、けして実現できないとしているんだけど」
「──逆に言えば、『未来には無限の可能性があり得る』からこそ、ある意味パラレルワールドや異世界等の平行世界──量子論で言うところの、『多世界』の存在可能性は認めているんだ」
「──もちろん、何度も言うように、現在において世界というものは、我々の目の前にあるこの現実世界、ただ一つしか存在していない」
「──しかし、『現在』とは違って、『未来』には無限の可能性があるゆえに、ほんの一瞬後に我々が、過去や未来の世界やパラレルワールドや異世界に移転する可能性は、けして否定できないのだよ」
「──ただし、例えば君が異世界に転生した場合、その瞬間異世界こそが君にとっての唯一絶対の『現実世界』となり、それまでの現代日本という『旧現実世界』は、無かったものとなるから、『現在において存在する世界はただ一つだけ』の原則は、しっかりと維持されることになるのだ」
「──喜びたまえ、すべての異世界系Web小説家の諸君、量子論に則れば、現実性を完全に維持したまま、異世界転生や異世界転移を実現できることを、現代物理学が保証してくれるのだよ!」
「──さて、このように、個々人がパラレルワールドや異世界に行くといった、ミクロ的な未来の可能性を扱っているコペンハーゲン解釈量子論に対して、世界そのものの未来の可能性を扱っているのが、マクロ的な多世界解釈量子論であるのだが」
「──まさにこれこそが、赤坂くん、現在君を悩ませている、『なぜか何人も存在している、未来の娘』問題の、理論的背景でもあるのだよ」
「──現在において、世界がただ一つだけしかないのと同じように、十数年後の未来において、君が娘さんを儲けている場合でも、世界は一つしか無く、娘さんも一人だけしかいないであろう」
「──しかし、それはあくまでも『未来においてすべてが確定した後』の話であり、現時点においては、コペンハーゲン解釈量子論に則れば、君には、生徒会長殿か幼なじみ殿か従妹殿かお色気女教師殿のうちの誰と結ばれるのかと言う、あたかもギャルゲの『選択肢』そのままに、複数の可能性が並立して存在しており、多世界解釈量子論に則れば未来においては、それぞれ別々の女性との間に儲けたそれぞれ別々の娘さんが存在している世界が、あたかも並行世界そのままに存在している可能性があって、それぞれの未来からそれぞれ別々の娘さんが、彼女たちの言う『精神体型タイムトラベル』を行使することによって、この時代の彼女たちの母親の身体に憑依して、君に関係を迫ってくる可能性だって、大いにあり得るというわけなんだよ」
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「──はい、ダウト!」
長々と続いた、我が麗しの辰巳エリカ部長の口上が終わるや否や、『異世界転生SF的考証クラブ』の部室内に響き渡る、平部員である僕こと、赤坂ヒロキの断罪の声。
しかし、当の糾弾された側の美人上級生のほうは、むしろ余裕の笑みすら浮かべながら、こちらを見つめていた。
「……ほう、いきなりダウトとは、失礼な話だな。一体どこが、お気に召さなかったわけかね?」
またこの人は、笑顔でいかにも白々しいことを言って、部員を試すようなことをするんだから。
「……確かに、別に量子論とか小難しい理論を持ち出すまでもなく、未来に無限の可能性があることくらい、今や小学生だって知っていますよ? よって、最近のWeb小説にあるように、ほんの一瞬後に異世界に移転してしまう可能性は、誰にだってあり得て、現代物理学によって異世界系のWeb小説の現実性が保証されているってのは納得ですし、僕がこの夏にどの女性とつき合うかによって、それぞれ異なる『僕の娘』が存在している世界が、未来において平行世界的に複数存在し得る可能性があるってのも、一応は頷けるでしょう。──しかしこれらについては、部長ご自身が再三おっしゃっているように、あくまでも『可能性の上の話』に過ぎず、本当に未来に平行世界的に、それぞれ異なる『僕の娘』が存在する世界が複数あるわけではないですよね? だったら現在の状況みたいに、そのような『ありもしない世界』から、精神体型タイムトラベルだか何だか知りませんが、未来人が精神のみでやって来て、生徒会長等のこの世界人間の身に憑依することなんて、あり得るはずは無いではありませんか?」
立て板に水そのままに理路整然と述べ終えた僕に対して、果たして目の前の胸元全開のナイスバディお姉さんは、心底感服したかのように拍手を送ってくれた。
「いやはや、エクセレント! まさしく『的を射る』とはこのことだね、すべておっしゃる通りだよ」
……あ、あれ、珍しいな、あの負けず嫌いの部長が、あっさりと敗北宣言をするなんて。
「──ということで、お待ちかねの、【ヤンデレ解答編】と参ろうではないか?」
………………………………………はい?
「な、何ですか、部長、【ヤンデレ解答編】って?」
「……ったく、せっかくこっちが気を遣って、量子論とかで煙をまいて、穏便に事を済まそうと思っていたのだが、ご本人が所望されるんだから、仕方ない、ここは私も鬼になろう」
「ちょ、ちょっと、さっきから、一体何をおっしゃっているんですか⁉」
「何って、君の言う通りだよ、今回の『未来の娘』騒動の件を始めとして、『他の世界に移転』するには、量子論だけでは足りず、加えて君もよくご存じな、『集合的無意識論』も必要になってくるんだよ」
「集合的無意識って……ああ、異世界転生とか未来から現代へのタイムトラベルと言っても、本当に肉体や精神が世界間を移転するのではなく、あくまでも到達側の異世界人や現代人が、何らかの形で集合的無意識にアクセスすることで、そこに存在する別の世界や別の時代の人物の『記憶や知識』を、自分の脳みそに刷り込むことによって、二重に記憶を持つようになって──すなわち『前世の記憶』的なものを有することになって、自分のことを『現代日本から異世界に転生した』とか『未来から現代にタイムトラベルした』とか、思い込むようになるってやつでしたっけ………………………あれ? ただ単に異世界転生やタイムトラベルを実現したいのなら、これで話が終わってしまうじゃないですか? 一体どこに量子論の出番があるわけなのです?」
「出番は必要さ、何せ集合的無意識論の根拠となる理論こそが、他ならぬ量子論なのだからね」
「へ?」
……な、何だと、集合的無意識論の根拠となる理論こそが、まさにさっきまで話題の焦点だった、量子論だって?
※本日中にもう一本公開いたします。




