第88話、おまえが(私の)パパになるんだよ⁉(その14)
「……この現実世界自体が、そもそもギャルゲそのものなのであって、だからこそ、タイムトラベルや異世界転生が可能になるですって?」
その時の僕は、突然とんでもないことを言い出した、目の前の美人上級生を見つめながら、完全に呆気にとられてしまった。
「ふふん、あまりにも感動しすぎて、二の句も継げないかい?」
これまでになくドヤ顔になって、豪快にはだけた胸元から立派な双丘がこぼれ落ちんばかりにふんぞり返る、我らが『異世界転生SF的考証クラブ』の部長殿。
それを見て、どうにも堪えきれなくなった平部員の少年は、ぼそりとつぶやいた。
「……お気の毒に」
「えっ?」
「……この世界自体が、ギャルゲとかって、まさかそこまで、『ゲーム脳』が進行していたなんて」
「ちょ、ちょっと、赤坂君?」
「それに、ほんのこの前、自分自身が完全に否定していた、タイムトラベルの可能性があり得るとか、言い出したりして」
「なっ⁉ や、やめろ! 何を人のことを、いかにも『可哀想な人』であるかのように、言い出しているんだ⁉」
「確かに、お互いにSF談義にのめり込んでいたけど、まさかここまで、現実と創作物とを混同していたなんて。──くそっ、僕がもっと早く、気がついていたら…………ッ」
「──手遅れなのか? 君の目からしたら、私はすでに、手遅れなわけなのか⁉」
「だって、僕の身の回りの女性陣が揃いも揃って、自分のことを『未来から来た僕の娘』だと言っていることを、ただの妄想だと切り捨てたくせに、自分自身のほうは、タイムトラベルの可能性はあり得るとか言い出したりして、完全に話が矛盾しているではないですか?」
「何言っているんだい、別にSF愛好家としても、一般常識人としても、少しも矛盾していないよ。何せこの理論はちゃんと、現代物理学に則っているのだからね」
「……へ? 現代物理学に則れば、この現実世界が、ギャルゲみたいなものになるですって?」
「確かに現代物理学の『質量保存の法則』に則れば、小学校低学年の学習雑誌のおまけ漫画みたいに、タイムマシンに乗って未来から物理的にタイムトラベルしてくることなぞ、原則的に不可能だろう。──しかし、そんなことを言い出したら、これから先、タイムトラベル系のSF小説や漫画等が、まったく作成できなくなるとは思わないかい?」
「──っ」
「しかし別に私は、そんな了見が狭いことを言った覚えは無いぞ? 確かに今言った『物理的なタイムトラベル』を実現することなぞ、ほとんど不可能だが、現在君を大いに悩ませている『精神的タイムトラベル』のほうは、十分実現可能だと考えているし、同じように、肉体丸ごと移転する異世界転移は、原則的に実現不可能だけど、ある意味精神的な──すなわち、『魂的な移転』である異世界転生なら、十分可能であろうし、実は『精神的タイムトラベル』は、この異世界転生の仕組みによって成り立っていたりするのだからな」
「ああ、確かにあなた、そのような感じなことを、以前も言っていましたよね」
「ちなみに、今回の『なろうコン』と『カクヨムコン』においては両方共に、先に私が全否定した、『物理的な異世界転移能力を手に入れた主人公が、異世界と現代日本との間を何度も何度も行き来する』といった、『質量保存』を始めとする物理法則上絶対にあり得ない作品が受賞したけど、これだって前に述べた『夢と現実との逆転現象』を無理やり当て嵌めれば、けして実現不可能というわけではないのだ。──すなわち、特に量子論を中心とする現代物理学においては、タイムトラベルや異世界転移等の、明らかに非常識的なことであろうが、その実現可能性をけして否定できないのだよ」
何だって? よりによって現代物理学が、Web小説あたりでしか為し得ないはずの、御都合主義極まる双方向型の異世界転移なんていう眉唾物の、実現可能性を保証しているだと⁉
「……つまり現代物理学って、いかにも厳めしい字面でありながら、『何でもアリ』を請け合ってくれる、特にWeb小説家やラノベ作家やSF小説家のような、『与太話(失礼)』を作成している連中にとっては、ありがたい存在なわけですか?」
「基本的には、そう考えてもらって構わないが、ちゃんと筋を通すところは通しているぞ? つまりは、『何でもアリ』だからこそむしろ、一本筋の通った『ルール』が、厳然と存在しているのだよ」
「え、『何でもアリ』だからこその、ルールって……」
「いい頃合いだから、そろそろ話を本題に戻そう。ここですべての前提条件として、一つ質問をさせてもらうけど、さっきから散々話題が出ているギャルゲと、同じように『ハーレム』を扱った小説や漫画やアニメとの、決定的な違いって、何だと思う?」
「え、ギャルゲと、最近ではもはや食傷気味な、ハーレム系のWeb小説とかの違いですか? …………うう〜ん、あ、そうか! 小説とかでは、読者は本命のヒロインを選ぶことはできないけど、ギャルゲだったら、プレイヤー自身が自分が落としたいヒロインを、自由に選ぶことができるところではないですか⁉」
「うん、大体それで、正解と言えるよな。──もっと正確に言うと、小説や漫画では、そこに記されているストーリーの道筋は固定されており、当前その結末も最初から一つに決まっているのに対して、ギャルゲでは要所要所に設けられている選択肢をどう選ぶかによって、その後の道筋──つまりはシナリオが変わってきて、当然結末も多数用意されているところこそが、最大の違いなのさ」
「言うなれば、プレイヤーとの相互インタラクティブ性による、マルチエンディングが実現されているわけですね?」
「どうだい、こういった点を踏まえれば、Web小説やラノベなんかよりも、ギャルゲのほうがよっぽど、この現実世界というものを反映しているとは思わないかい?」
「た、確かに、この世界の未来に無限の可能性がなく、最初から神様かなんかに、すべての道筋──つまり、『運命』などと呼び得るものが定められたりしたら、それこそ小説や漫画以外の何物でもなくなってしまいますよ」
「──おおっ、さすがは私が認めた、この『異世界転生SF的考証クラブ』における唯一の部員! 目の付け所が違うな! まさにそこがミソなのだよ!」
「へ、な、何がですか?」
「実は現代物理学の誇る量子論は、旧来の古典物理学によって長らく定説とされてきた、『実はこの世界の未来に至る道筋は一つしかなく、万物の運命は最初から決まっているのだ』などという、文字通り悪魔的な暴論である『決定論』を見事に打破することによって、まさしくタイムトラベルや異世界転生などといった、一見非常識極まるものであろうと、その実現可能性はけして否定できないものとしたわけなのだ!」
なっ、ギャルゲ以外の、Web小説やラノベ等において、異世界転移は当たり前に実現できると決めつけたり、あるいは逆に、異世界転移なんて絶対実現不可能だと決めつけたりすることは、今や完全に否定された、『悪魔の理論』に過ぎないだってえ⁉
──まさか、そんな『悪魔』が、かつて本当に、存在していたとでも言うのか⁉




