第86話、おまえが(私の)パパになるんだよ⁉(その12)
「……未来の、娘って」
「そうよ、私は開発されたばかりの『精神体型タイムマシン』を使って、この時代にやって来て、母親であるこの『泉水サトミ』に憑依した、お母さんとあなたとの娘である、『赤坂ヒトミ』なの。元来一つの場所に二つの物質は存在できないという物理的大原則がある限り、空間的であろうが時間的であろうが瞬間的に人間や物質を他の場所に転移することになる、テレポートやタイムトラベルなどといったものは、絶対に実現不可能であるというのが定説であったのだけど、それを根本的に解決したのが、この精神体型タイムマシンであって──」
「ちょ、ちょっと待った! 何ですか、それって。まさに会長が以前言っていたことと、まったく同じではないですか。まさかあなたまで、中二病にでもなってしまったわけではないでしょうね⁉」
あまりの事態の展開に茫然自失となった僕をよそに、彼女はあくまでも立板に水を流すように話を続けていこうとしたのだが、そのいかにもどこかで耳にしたような電波的内容に、堪らず止めにかかる少年であった。
「失礼な! あんな自分勝手な先走り女とは、一緒にしないでちょうだい! 私はれっきとした、『告白同盟』のメンバーの娘なんだから!」
はあ? 何だよその、告白同盟って。
「「「──そこまでだ、『娘』4号!!!」」」
まさにその時、鍵のかかっていた扉を文字通り蹴破って突入してきたのは、御存じ『暴走ヤンデレ娘』の、残りの三名様であった。
「……アズサに委員長にサユリまで、何なんだおまえら、揃いも揃っていきなり現れて」
建造物損壊の現行犯を前にして、呆気にとられている僕など眼中に入れず、女教師を取り囲むようにして迫りゆき、口々にまくし立て始める少女たち。
「先生、抜け駆けは困りますわ!」
「しかも、自分がお父さんの『娘』であることまで、明かしてしまうなんて」
「これは我ら告白同盟に対する、重大なる裏切り行為と見なさせていただきます!」
次々に紡ぎ出されていく、意味不明な断罪の言葉。しかしその女教師は少しもひるむことなく、平然と言い返した。
「何よ、抜け駆けしているのは、どっちよ! 私が教師であるために、身動きがとり難いのをいいことに、同居したり夜這いしたりして、好き放題にお父さんと、ラブコメイベントを重ねていっているくせに! それに元々これは個人戦なのであって、最終的に『主人公』を落とした者が勝ちという、抜け駆け上等のドッグレースなんじゃない! それをあなたたちみたいにライバル同士で結託して、私一人を槍玉に挙げるなんて、むしろそっちのほうこそ、『選択肢』失格でしょうが⁉」
な、何だよ、ラブコメイベントとか、主人公とか、選択肢とか、いかにもメタっぽい、危険極まりないフレーズのオンパレードは⁉
「……待ってくれよ、さっきから聞いていれば、わけのわからないことばかり並べ立てて。本当にみんな会長みたいに、おかしくなってしまったんじゃないだろうな⁉」
「違うわ、私たちこそが、正当なるあなたの『娘』候補なのであり、あなたを──そしてこの世界そのものを、真に正しい未来へと導くために、この時代へとやって来たのです」
「はあ? 真に正しい未来って……」
面食らうばかりの僕に向かって、おもむろに居住まいを正して、真面目な表情となる女性陣。
「改めて初めまして、お父さん。私は、あなたとこの『姫岡アズサ』との娘である、『赤坂アサヒ』です」
「私は、あなたと『七瀬メグミ』との娘である、『赤坂ヒロミ』です」
「私は、あなたと『青山サユリ』との娘である、『赤坂サユキ』です」
「私は、先ほどもお伝えした通り、『泉水サトミ』の娘の、『赤坂ヒトミ』です」
「……いや、未来の娘の精神体が自己紹介する姿も、十分にシュールな状況かと思われるんですけど、そもそも何で僕の娘が、何人もいるんだ? まさか未来の結婚制度は、一夫多妻制になったとでも言うんじゃないだろうな⁉」
「御安心を、未来におけるお父さんの妻は、一人だけであり、生まれてくる子供も、娘一人のみであります。私の知る限り、浮気のほうもなさっておられないようですし。──ただし、それはあくまでも、『肉体面』に限っての話ですが」
おいおい、一応は女子高生の外見をしながら、浮気とか肉体面とか、平然と口にするんじゃないよ⁉
「じゃあ、何でこんなに娘がいるんだよ? おまえらの中の一人以外の全員が、嘘でもついているってわけなのか?」
「我々告白同盟のメンバーの娘たちは、あくまでもそれぞれ自分たちの世界においては、れっきとしたあなたの娘であるわけなのですが、多元世界である未来全体として見れば、『娘候補』の一人でしかないのです。──それは何よりも、この過去の世界における『分岐点』が、いまだ変動し続けているからに他ならないのです」
……またわけのわからないことを、言い出しやがってからに。むしろおまえらには、未来人の精神体なんかじゃなく、どこぞの『異世界転生SF的考証クラブ』の部長殿の生霊でも、憑依しているんじゃないだろうな?
「だから一体何なんだよ、その告白同盟とか分岐点とかっていうのは⁉」
「告白同盟というのは、あなたに思いを寄せている女性たちによって秘密裏に結成された、いわゆる談合組織のようなものです」
「はあ? 僕に対する、談合組織って……」
おまえらは、ゼネコンか何かだったのか?
「あなたに対する想いは一緒なれど、結局その愛をつかめるのは一人だけなのであり、そのため我々の母たちは、水面下で激しい争いを繰り広げていたのですが、肝心のあなた自身の態度がいつまでたってもあいまいなままなので、いつしか不毛な争いに疲れ果てた彼女たちは、告白同盟なるものを結成することによって、メンバー内における抜け駆けや争いを禁止し、全員同時に告白をすることで、すべての判断をあなた自身に委ね、どのような結果になろうと恨みっこなしにしようと、誓い合ったわけなのです」
──うわっ、怖っ!
突然複数の女の子に想いを告げられて選択を迫られるなんて、一見モテモテ状態にも見えるけれど、実際にやられたら男にとって、これほどキツイものはないぞ⁉
「それに対してあなたは迷いに迷った末に最終的には、メンバーの一人を選んでつき合うことになり、他のメンバーたちは無念に思いながらもきっぱりとあきらめて、一応一件落着したかのようにも見えたのですが、あなたときたら誰とつき合おうが、必ず自分の選択を後悔し始めて、いつまでたっても心を惑わせ続けて、結局自分自身だけでなく、妻や生まれてくる娘すらも不幸にしていくばかりという、体たらくだったのです」
……何、だと?
「その結果、いわゆる告白同盟メンバーによる『告白の日』こそが、その時点における分岐点として変動し続けることとなり、幾度も同じ歴史をくり返すことによって、あたかもギャルゲか何かのように、何度もあなたに誰とつき合うかの選択肢を突き付け続けていき、その後の分岐ルートごとに、異なる未来を生み出していくことにもなったのです」
「しかも何度分岐点において選択をくり返そうとも、あなたの心が定まることはなく、常に後悔ばかりをし続け、そのため分岐点はけして固定することなく、メンバーの数だけ『娘』の存在する未来を生み出しつつ、今もなおこうして同じ歴史をくり返させていってるわけなのです」
はあ? 何だよ、それって、まさにギャルゲかラノベそのものじゃないか?
もはやSF小説どころの話ではないというか、むしろこれぞまさしく、新世代のSF小説だったりして。
「しかし何と最近になって、我らの世界の時間管理局の観測によって、分岐点が徐々に固定化しつつあることが判明したのです」
「おそらくは、我らの母親同様にあなたに思いを寄せながら、けして告白同盟に加わること無く、常に自分勝手な行動を取っていた、山王生徒会長とあなたの未来の娘さんである赤坂ヒカリ嬢が、母親同様に自分以外の『娘』候補である我々の動向を完全に無視して、独断専行的に自分一人だけこの時代に『精神体型タイムトラベル』を行い、己の母親の身に憑依してあなたに見境無くアプローチし始めて、あなたの精神を激しく揺さぶり続けた結果、本来ならあり得ない不自然極まる方向へとシナリオが移行していき、分岐点の誤った固定化を促してしまったのでしょう」
「とはいえ、たとえ間違った形であっても、一度分岐点が固定してしまえば、二度と変動することなぞなくなり、歴史はその時点で、一つに確定してしまい──」
「「「「あなたに選ばれなかった女性の『娘』は、その世界もろとも、消滅してしまうことになるのです!」」」」
……何……だっ……てえ……⁉
「残念ながら、それも当然なことなのです」
「分岐点という、変動し続けている過去によって生み出された、仮想的に枝分かれした未来の世界の住人にすぎない我々は、まさしくギャルゲにおける不確定なデータの集合体である、数多のヒロインキャラの一人のようなものでしかないのです」
「主人公に選択されなかったヒロインには、けしてその後のシナリオなぞ存在せず、ただ消えゆくのみなのです」
「だからこそ我々は、分岐点の固定化の兆候を聞き及ぶや、取るものも取りあえずこの時代へとやって来たのです」
「あなたを獲得することによって、自分の世界を守るために」
「そのためには手段を選ぶ気も、他の『娘候補』に遠慮するつもりもありません」
「むしろあなたを得るためになら、他の候補たちを全員排除することも、辞さない所存です」
「──それでも、最後に選ばなくてはならないのは、あなた自身なのですよ」
「何せ、選択肢を選び取ることができるのは、この世で主人公だけなのですから」
「我々はただ、あなたが最終的に下す判断を待つのみなのです」
「「「「そう。我々と我々の世界の存亡は、すべてあなたにかかっているのです!」」」」
ちょっ、おいおい、何なんだよ、このいきなりの急展開は⁉ そんな重大な問題を、勝手に人に押しつけるんじゃない!
「まあ、今すぐこの場で答えを求めるのも、酷というもの」
「しばしの猶予をお与えいたしますので、どうぞじっくりと御検討なさってください」
「ただし分岐点が固定してしまうのは、この夏の終わりとのこと」
「時間はあまり残されていないことも、どうかお忘れなく」
「「「「──それでは、我々はこれにて。お父様におかれても、ごきげんよう!」」」」
そう言い残すや、いまだ呆然と立ちつくす僕だけを置き去りにして、一斉に立ち去っていく『娘』たち。
その時の僕には、突然思いも寄らず前途に立ちふさがった、この困難極まる問題に対して、頼りになりそうな相談相手は、たった一人しか思い浮かばなかったのである。




