第80話、おまえが(私の)パパになるんだよ⁉(その6)
「──くくく、『初体験が、自分を作るための儀式であるほうが、むしろロマンでしょう♡』か、『ヤンデレヒロイン』としては、期待以上の狂いっぷりじゃないか? さすがは、自称『私は未来から来た、おまえの娘なのだ!』──すなわち、『おまえが(私の)パパになるんだよ‼』、いやあ、お見それしました♡」
僕の話を一通り聞き終えるや、その上級生はこれ見よがしのしたり顔で、そう言った。
──さも愉快そうな笑みを浮かべながら、こちらを見つめている、深遠なる黒檀の瞳。
全開の窓から注ぎ込むわずかなそよ風だけでは、とても太刀打ちできやしない、夏の昼下がりの『異世界転生SF的考証クラブ』の部室にて、最近やけに興味を持ち始めた部長サマこと、名門今出川学園高等部二年生きっての美人上級生、辰巳エリカ嬢のリクエストに応じて、会長こと、これまた高等部二年生随一の美少女お嬢様、山王ユカリ嬢の近況をかいつまんで報告していくという、ほとんど日課のようなお役目を果たし終えて、ほっと一息つく平部員の僕こと、高等部1年F組在籍の赤坂ヒロキであった。
──とはいえ、「おまえが(私の)パパになるんだよ‼」は、無いだろうが⁉
他人事かと思って、勝手なことばかり抜かしやがって!
「おや、何だかご機嫌斜めのご様子だね? 夏休みも早から、特大の『ラッキー☆スケベ』イベントに見舞われたというのに、一体何が不満なのかい?」
「──むしろ、不満だらけですよ! そもそも会長は『未来から来た僕の娘』なんかを自称しているけど、そんなことが本当にあり得るんですか⁉ 彼女自身は、未来からこの世界に『タイムトラベル』してきたとか言っているし、それに対して部長は部長で、『実はそれはタイムトラベルではなく、まさしく異世界転生なのだ』とか言い出す始末だし、もう何が何やら、さっぱりですよ!」
「……ほう、彼女自身、『タイムトラベルを実現した』と、言っているわけかね? それについての具体的な話は、聞いたのかい?」
「えっ、ええ、一応は……」
「良かったら、話してみてくれないかな?」
「あ、はい」
なぜだか急に真剣な表情となられた、『三度の飯よりもSF的蘊蓄大好き♡』な部長殿に促されるままに、会長が僕に対して初めて『未来の娘』であることを告白した際に聞いた、彼女の打ち明け話を、できるだけ細大漏らさず正確に語り始めた。
彼女の『語り(騙り?)』ときたら、それはそれは結構な長文であったのだが、かいつまんで申せば、およそ以下のようになった。
──その日、会長殿のあまりに意表を突く『告白』に、茫然自失となった僕を尻目に、彼女はただひたすら長々と語り続けていったのであるが、一言で要約すれば、何と実は自分は未来人で僕と会長との娘であり、開発されたばかりの『精神体型タイムマシン』を使って、この時代にやって来たと言うのだ。
真空でもない限りはいかなる場所にも、少なくとも空気の『分子』が存在しているのであり、そもそも『一つの場所に同時に二つの物質は存在できない』という物理的大原則がある限り、空間的であろうが時間的であろうが瞬間的に人間や物質を他の場所に転移することになる、『テレポート』や『タイムトラベル』などといったものは、絶対に実現不可能であるというのが定説であったのだが、それを根本的に解決したのが、まさにこの『精神体型タイムマシン』であった。
精神体だけの転移だからこそ物理法則に触れることもなく、未来人たちがこれまで何度も過去に来ていたというのに、けして気づかれることもなかったわけであり、実は過去の偉大な発明などの業績の裏にはそのほとんどに、未来人の力添えがあったとも言うのであった。
ただしこのシステムだと当然、未来から転移してきた精神体がその時代において憑依すべき肉体が必要になってくるわけなのだが、過去の自分自身や肉親等の近しい間柄の人物のほうが成功率が高いらしく、現在会長の身に宿っている自称未来人も、彼女の実の娘でありまた同時に僕の子供でもあるところの、その名も『赤坂ヒカリ』だと言うのだ。
……アホか。
何が『精神体型タイムマシン』だ。僕の『未来の娘』だ。
これは間違いなくアレだ、思春期の少年少女ならではの不治の病、『中二病』もしくは『邪気眼』とか呼ばれているやつであろう。
……とはいえまさか、あの我が校随一の優等生で真性のお嬢様である、生徒会長殿まで罹患してしまうとは。
中二病もしくは邪気眼とは、古くはトンデモ科学雑誌『MW』の前世ネタを中心にした名物読者コーナーに端を発し、昨今ではネット上の怪しげな掲示板界隈を賑わせている、ライトノベルやWeb小説等における、異能の力を有するファンタジー的登場人物と、己自身を痛々しいまでに同一視し、身も心も完全に非現実的世界へと旅立たれている、御方たちの生き様を言うのであった。
『未来の娘』などと自称し始めるのもまさしくその類いであり、いわゆる『前世』とか『転生』とか『過去の霊魂による憑依現象』とかを、少々ひねったものとも言えるであろう。
……これって要するに、「二人は前世では恋人同士だったのだから、互いの意思や現在における立場にはかかわらず、必ず結ばれる運命にあるのだ」とかいうやつの亜流だよな。
そう。僕は生徒会長ともあろう御方が、突然中二病なぞを患われてしまったのは、実は彼女の『乙女心』のなせる業ではないのかとにらんでいた。
僕自身の口から言うのもなんだが、つまりこのお嬢様は、さえない平凡なる一下級生に過ぎない、僕なんかに懸想なされてしまって、その不可解なる感情を持て余すあまりに混乱をきたし、更にはお高いプライドや立場ゆえにどうしても素直になれず、とうとう中二病的妄想ワールドへと逃避してしまわれた──といったところではなかろうか。
たとえ彼女自身の脳内世界だけであろうが、『未来の娘』とやらが存在していることにすれば、名家のお嬢様が一般庶民の小せがれである僕とつき合うことにも、必然性が生じてくるわけだ。
しかし、『精神体型タイムマシン』などという都合のいいものを、よくぞ思いついたものだ。
つまり、『未来人』とか『タイムトラベル』とか言ったところで、物的証拠は何も存在しないわけなのであり、『赤坂ヒカリ』なる人物が、本当に未来から転移してきた精神体なのか、あくまでも会長の中二病的妄想上の産物に過ぎないのかは、他人にはまったく判別不可能なのである。
そしてそれは何と本人にとっても同様なのであり、何せ心身共に完全に架空の人外的キャラになりきることこそが、中二病の中二病たるゆえんなのであって、この衝撃の告白の日以降、彼女はまさしく『僕の娘』そのものとなって、主に昼食時等の休み時間や放課後等において、周囲の目をはばかることなく、僕にまとわりつくようになってしまったのだ。
品行方正な生徒会長殿の突然の豹変に、当然学園内は騒然となったのだが、中でも混迷を極めたのが僕のクラスであり、全校生徒のあこがれの上級生から、休み時間ごとに何かと親しげにベタベタとじゃれつかれるその姿は、まさに針のむしろそのままの有り様であって、クラスメイトたちからはいつしかやっかみ半分尊敬半分に、『ハーレム王』とか『リアルギャルゲ王』などといった、わけのわからない渾名で呼ばれるようになる始末であった。
──だからといってあえて僕は、会長のことを拒絶したり、『未来の娘』とやらであることを否定したりは、しなかった。
何せ中二病状態にある者はただひたすらに、自分の内面宇宙空間の中で生き続けているのであって、他人が何を言っても聞く耳なぞ持たないのである。
周囲の者ができるのはせいぜいのところ、時が解決してくれるのを待ち続けるだけなのであった。
……それに、実を言うと元々僕自身のほうも、会長には密かにあこがれていたことでもあり、たとえ『未来の娘』とかいう中二病設定のためであろうが、こうして親しげにつきまとわれるのも、それほど悪い気はしないわけなのだしね。
──しかし、それが非常に甘い考えであったことを、僕は時を置かずして、痛切なる後悔の念とともに、思い知ることになったのである。




