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第79話、おまえが(私の)パパになるんだよ⁉(その5)

「今年の夏休みに、()()()()()()()()()()、結ばれるって……」




 夏本番の、いまだ暑さ厳しき夕暮れ時。僕こと名門(いま)()(がわ)学園高等部一年F組のあかさかヒロキは、落陽に真っ赤に染め上げられた自室のベッドの上に横たわりながら、つい先日聞いたばかりの少女の言葉を反芻し続けていた。




 お父さんとお母さんって、つまりは僕とさんのう会長のことだよな。ということはアレですか? これぞまさしくお嬢様の、『ひと夏のアヴァンチュール』宣言なのでしょうか。


 いやいやいやいや、あんたはれっきとした、名家の御令嬢でしょうが⁉ そんな色ボケ宣言をする暇があるのなら、花嫁修業にでも精を出してください。──そう。どうせ出すんなら僕の精なんかではなく、あくまでも自分の精を!


 そりゃあ正直に言えば、今や中二病だか電波だかに染まっているとはいえ、かつてはあこがれの上級生だったお嬢様に、こんな意味深なことを言われたら、それなりに心が揺れ動きましたとも。


 何といっても子作りには、いろいろと『行為』が伴うわけだしね。


 しかしそれが百発百中のロシアンルーレットだとわかっていて手を出してしまうほど、怖いもの知らずでは無いんですよ、僕って人間は。


 何か知らないけど会長さんたら、生む気満々の御様子だったからな。


 ……結局彼女って、単に現実逃避をしているだけではないのかなあ。




 もしかしたら疲れ果ててしまったのだろうか、自分が品行方正な生徒会長や、謹厳実直な優等生であることに、そして何よりも、古式ゆかしき名家の御令嬢であることに。


 それで生徒会活動を一緒にやったことのある、知己の僕を道連れにして、中二病的妄想の世界に逃げ込んで、妙ちきりんな未来のおやごっこなんかを始めてしまったのではなかろうか。




 まあ。その気持ちもわからないではないけれど、物事には限度というものがあるのだ。


 そう。何と実際に夏休みに突入するやまさに先日の宣言を実行するかのように、日中はずっとこの部屋に入り浸るようになるわ、持参してくる二人分のお弁当はなぜだかスタミナ料理ばかりだわ、自作自演セルフポートレートの無修正ヌード写真集を作ってくるわ、ちょっと目を離した隙に部屋中を自分のポスターだらけにするわ、深夜や明け方には病的な愛のメッセージばかりを記したメールを大量に送り付けてくるわ、少しでも油断を見せればベッドへと引きずり込み過剰なスキンシップを行ってくるわと、まさしくヤンデレストーカーそのものの有り様となってしまったのであった。


 そうなると当然、すでに会長のことを天敵認定されておられる、御隣人アズサが黙って見ているわけがなく、会長が暴走し始めて僕がピンチに陥るや、すかさず邪魔しに来てくれて大いに助かっているのだが、おまえまさか四六時中こっちのことを監視しているんじゃないだろうな⁉


 会長といい幼なじみといい、事実上二人のストーカー女に狙われ続ける状況下にあって、僕の平穏なるプライベートの時間なぞまったくなくなってしまい、まだ夏休み半ばだというのにすでに二学期の始業を心待ちにするようにまでなっていたのであるが、何と今日は奇跡的にも、アズサは家族旅行に出かけてしまい、会長のほうも女友達である副会長の御自宅に泊まり込んで勉強会をやるということで、実に久方ぶりの自由を満喫していたのである。


「……ということでちょっと早いけど、今日はこのまま就寝することにいたしますかあ」


 そうつぶやくや、入浴どころか夜着パジャマに着替えもせずに、ベッドの上に身を横たえようとした、まさにその時。




「──うん、私、汗臭いお父さんも嫌いじゃないよ♡」




 唐突に目と鼻の先からささやきかけてくる、もはやすっかり聞き飽きた少女の声。


 思わず身を起こせば、いつしか僕に覆いかぶさるようにベッドの上で四つん這いになっていたのは、涼やかな純白のワンピースに包まれた華奢なる肢体であった。


 黒絹の前髪の下で清冽でありながらもどこか淫靡な煌めきを宿している、黒曜石の瞳。


「……会長、いったいいつの間に。いや、だいいち今日はおまえ、泊まり込みで勉強会をするんじゃなかったのかよ⁉」


「うふふ、そういう名目でもないと、うちは外泊なんかできないからね。副会長はいろいろと弱みをにぎっているから、私──というか、お母さんの命令には、けして逆らえないし」


 いつの間にうちの生徒会内に、そんなブラックな人間関係が⁉


「だったらこの家には、どうやって入り込んだんだよ? 呼び鈴一つ聞こえなかったぞ」


「お庭でお掃除していたおばあちゃんに、お父さんのことを驚かしたいからこっそりと入れてくれって頼んだら、快く引き受けてくれたわ」


 あの能天気母親には、常識や危機管理意識というものが、備わっていないのか⁉




「さあ、これもすでに未来において確立している、『既定事項』に過ぎないの。だったら余計なことなんて何も考えずに、朝まで二人でじっくりと愉しみましょう♡」




 そんな意味深なことを言いながらいきなり僕の右手をつかみあげ、何と自分の豊満なる左胸へと押しつける、あこがれのお嬢様にして年上の『娘』。


「ちょ、ちょっと、おまえ⁉」


「どう、見た目より大きいし柔らかいでしょう? 私の鼓動、ちゃんと感じてくれてる?」


 何この、ぷにぷにふわふわの天国の感触は。もしやあなたは、ノーブラさんだったのですか⁉


 思わぬ展開に呆気にとられている間にも、少女は布団越しに僕の下半身へとまたがり、更にこちらへ身を寄せてくる。




 ワンピースの胸元から覗いている、たわわに熟れた谷間。


 すぐ目の前で舌なめずりをくり返す、鮮血のごとき深紅の唇。


 そしてあたかも天空の月が落下するかのようにゆっくりと近づいてくる、漆黒の瞳。




 ──まさに唇を塞がれようとしたその時、僕はわずかに残っていた理性を振り絞った。




「きゃっ!」


 少女の華奢な肢体を突き飛ばすや、ベッドにうつ伏せに押さえ込み、仕上げに右腕を背中へとひねり上げ完全に自由を奪う。


「……お父さんたら、まさかこんなプレイがお好みだったなんて」


 うるさい、黙れ。


「いや、そもそもおかしいだろうが、おまえの中身はあくまでも、未来から来た僕の娘の精神体なんだろう? それが父親とこんなことをしてもいいのかよ。それともやはり、これまでのことのすべてが、会長自身のお芝居か妄想だったというわけなのか?」


「違うわ! 正真正銘娘であるためにこそ、私はお父さんと結ばれなくてはならないのよ!」


 はあ? 何だよそれ。まさか未来の倫理観って、『禁断路線上等』にでもなってしまったんじゃないだろうな?


 しかしそれにしてもこいつ、何だか悲壮なまでの使命感すらも感じられるんだよなあ。


「そっちこそ、何を遠慮なんかする必要があるの? この身体は──『お母さん』は、何から何まですべて、お父さんのものなのよ? せっかくのチャンスを棒に振ることはないじゃない。だいいち私自身がいいって言っているんだから、何もためらうことなんてないのよ。しかも私はもちろんお母さんだって初めてなのだし、男としては最高の状況シチュエーションでしょうが?」


「お、おまえ、初めてのくせに、母親の身体を使って父親と結ばれようとするなんて、一体何を考えているんだよ⁉」




「──だって初体験はじめてが、自分を作るための儀式だなんて、むしろロマンチックじゃない」




 こ、こいつ、ここまで狂っていたのか? もはや中二病などというレベルじゃないぜ。


 唖然となる僕を見て何を思ったのか、唐突に怪訝な表情へと成り変わる少女。


「……まさか、お父さん、やっぱりあの幼なじみの子のほうが、いいとでも言うわけなの⁉」


 な、何でここで急に、アズサの話が出てくるんだよ?


「あんな幼なじみであることを鼻にかけている女なんて、どうせ偉そうに女房面するだけで、もったいぶって何もやらせてはくれないんでしょう⁉」


「あ、当たり前だろ! あいつとは単に、腐れ縁なだけであって……」


「嫌っ、やめて! あんな女のことなんか忘れて、私を──お母さんを選んでちょうだい! この身体だったら、いくらでも好きにしていいから!」


 なぜだかアズサが話題に上るや、とたんに身をよじり激しく抗い始める上級生。


「ちょ、ちょっと、落ち着けって。僕は別にアズサのことなんか……」




「──ヒロちゃん、お茶菓子を持って来……あらっ」




 その時、唐突に開けっ放しの入口から聞こえてくる、この場にそぐわぬ能天気な声。


 振り向けばそこには、お盆を両手で抱え持った、純白のエプロンドレスも可憐な母上様が、目を丸くして立ちつくしていた。


「……あ、その、ごめんなさい。お邪魔だったかしら。お母さんこれからちょっと買い物にでも出かけるから、()()()()()()()、スマホにメールでも入れてちょうだいね」


 おいおい、何だよその、余計なお世話的な気配り上手は⁉




 ──そんなわずかな隙を逃さず、僕の腕を振り払いベッドを飛び降りるや、母さんの脇をすり抜けるようにして部屋から駆け出していく、上級生のお嬢様。




「か、会長⁉」


 思わず呼びかけるものの、少女の足が止まることはなく、あっと言う間に玄関へと走り去ってしまった。


「……ヒロちゃん、本当にごめんね。でもきっと、またチャンスは巡ってくるわよ!」


 何だか頓珍漢極まる母親の言葉を右から左へと聞き流しながら、僕はベッドの上で、ただ呆然と思いを巡らせ続けていた。




 そう。もはや今の僕には、あの上級生の少女が、いったい何を考え何を求め何をなさんとしているのか、まったくわけがわからなくなってしまったのである。

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