第78話、おまえが(私の)パパになるんだよ⁉(その4)
「──ほう、とうとう会長殿は、実力行使に打って出たのかい? いやあ、さすがは私が見込んだ最強のヤンデレキャラの、『実の娘』殿、期待通りの暴走っぷりだね♡」
その上級生の女生徒は、リボンタイをはずして大きくはだけられた、純白のブラウスの胸元を揺らしながら、ニンマリと笑みをたたえたしたり顔でそう言った。
放課後の二人っきりの、旧校舎の文化系部室棟の片隅に居を構える、『異世界転生SF的考証クラブ』の部室の中で。
──辰巳エリカ。
我が学園屈指の才媛にして、文化系部活随一の美女と誉れ高き、我が親愛なる部長殿。
肩口で切りそろえられた艶めく黒髪に縁取られた、彫りの深く整った小顔に、出るところが出ていてメリハリがきいているものの、女子にしては高い身長のお陰で、スマートさを損なってはいない肢体は、常に何事にも動じないその表情とも相まって、年齢以上に大人びた雰囲気をもかもし出していた。
向かい合った机で頬杖をつき、こちらへと蠱惑の笑みを浮かべながら見つめている、深遠なる黒檀の瞳。
その余裕綽々ぶりが少々癪に障った、僕こと唯一の平部員にして、1年F組所属の赤坂ヒロキは、いかにもぶっきらぼうに問いただした。
「……何ですか、人が思いも寄らないとんでもない目に遭ったというのに、『期待通り』って。あんなことになるとわかっていたのなら、どうして前もって教えてくれなかったのです?」
「おや、何を言っているのかね、ちゃんと警告しておいたではないか?」
「はあ?」
「ほら、先日『ヤンデレキャラに関する概括的解説』を行った時、最後の最後に『Web小説やラノベにおいて、「最強かつ最凶のヤンデレキャラ」と呼ぶに最もふさわしい女性キャラとは、まさしく「娘キャラ」なのである』とか何とか言って、釘を刺しておいただろうが?」
…………あ。
「た、確かに、そんなことをおっしゃっていたような気もしますが、そもそも何で『実の娘』が、最強かつ最凶のヤンデレキャラなんです? むしろWeb小説やラノベでは、ヤンデレと言えば何よりもまずは、『実の妹』キャラだと思うんですけど?」
「うん、その認識でいいと思うよ? 再三言っているように、私の主張はあくまでも、『ヤンデレ』単体では無く、それに『異世界転生』を絡めての話だからね」
「……異世界転生を絡めると、『実の娘』キャラのヤンデレ度が、アップするわけですか?」
「その点については、それこそ先日も言ったように、何も『実の娘』だけで無く、『実の妹』も『幼なじみ』も『正妻』も、同様だがね」
「だったら『実の娘』は、他のキャラと比べて、どこが違うって言うんです?」
「まず一つは、そもそも異世界転生を絡めないと、ヤンデレキャラとして成り立たないところかな。まあ、これは『正妻』キャラも同じだが、『実の娘』キャラは、君のように現時点においては高校生である場合には、本来なら『存在しないはずのキャラ』であり、異世界転生やタイムトラベルなどといった超常現象を絡めることによって、初めて存在することが許されるのだからね」
「──!」
そう言われてみれば、まったくその通りではないか!
言わば『ヤンデレな娘キャラ』とは、昨今のWeb小説における異世界転生ブームがあってこその、代物だったわけか。
……ということは、現在の会長さんの電波だか中二病だかの有り様は、どこかの三流異世界転生作品の悪影響だったりして。
おのれ、テンプレWeb作家どもめ。
てめえらが、ワンパターンな異世界転生作品ばかり劣化コピーし続けるから、何の関係もない僕が、ひどい目に遭ってしまったじゃないか⁉
そのように僕が密かに、胸中で不満たらたらこぼしていると、いきなりとんでもない爆弾発言を投下してくる、美少女上級生。
「そして二点目は、あくまでも極論ではあるものの、『実の娘』以外のキャラは、別にヤンデレである必要は無いからだよ」
………………………………………………は?
「いやいやいや、ちょっと待って、それは言っちゃ駄目なやつだろう⁉ 何いきなり、既存のヤンデレ作品全般に対して、全否定するようなことを言い出すんですか!」
「そんなつもりは無いよ、『あくまでも極論』と言っただろうが? 私だって、これまでのすべてのヤンデレ作品に対しては、ちゃんとリスペクトしているのだからね」
「……リスペクトしておいて、『ヤンデレである必要は無い』は、無いんじゃないの?」
「うん、そこら辺も誤解して欲しくないのだが、この言葉は個々の作品に対するものではなく、『妹』や『幼なじみ』や『正妻』という、いわゆる『キャラ属性』に対するものだからな?」
「キャラ属性って…………つまり、『妹』や『幼なじみ』や『正妻』なんかは、極論すれば、個々の文字通りの『人物像』を抜きにして、属性において全般的に、別にヤンデレで無くてもいいってことですか?」
……う〜ん、でもやはり、『正妻』はともかくとして、ヤンデレと言えば、『妹』や『幼なじみ』だと、思うんだけどなあ。
「おや、どうやら納得いかないようだね?」
「はあ、まあ……」
「そうか、『極論』で駄目なら、『暴論』によって、納得してもらうことにするか」
……おやおや、極論の次は、暴論ですかあ? まったく、この人ときたら。
「──つまりね、『妹』や『幼なじみ』や『正妻』等の属性を持つ人物だったら、恋愛が成就せず、想い人に完全に捨てられたところで、別に『死ぬわけではない』んだから、ヤンデレやメンヘラになってまで、相手に執着する必要は無いんじゃないかって、言っているんだよ」
………………………………………………へ。
「──ちょっとちょっとちょっとちょっと! 何ですか、『想い人に完全に捨てられたところで、死ぬわけではないんだから、執着する必要は無い』って⁉ そんなことを言い出したら、ヤンデレやメンヘラどころか、この世のすべての恋愛系創作物の、存在価値が無くなるではありませんか⁉」
僕は、抗議した。
猛烈に、抗議した。
それはそれは必死に、抗議した。
──だって下手すれば、どこかの誰かさんが、Web小説界において、完全に抹殺されかねないんだもの。
「おいおい、落ち着きたまえ。私は何もそんなことを言いたいわけではなく、これはあくまでも、『比較論』に過ぎないのだよ」
「え、比較論て……」
「すなわち、『妹』や『幼なじみ』や『正妻』なんかとは違って、たとえヤンデレやメンヘラになってでも、相手に執着して恋愛を成就しなくては、生きていけない『キャラ属性』が存在するってことさ」
「恋愛を成就しなくては、生きていけないキャラですって⁉」
何その、まさしく『恋愛小説』のために存在しているような、『天性のヒロインキャラ』は?
本当にそんなのがいるのなら、すべての恋愛作品は、そいつをメインヒロインにすべきだろうが⁉
「……え、赤坂君、何を驚いているんだい? それこそがまさしく、今回の話題の焦点なんじゃないか?」
「ええと、話題の焦点………………………て、何でしたっけ?」
「──もう、しっかりしてくれよ! 『実の娘』に決まっているだろうが⁉」
……あ、そういえば、そうでした。
「何せ、特に現在君を悩ませているように、未来からこの時代に転生してきて、現時点における自分の母親の身体に憑依している場合なんかは、まさにその母親の身体を使って、君を恋愛どころか肉欲的に堕とさないと、将来自分自身が存在し得なくなるのだからね。そりゃあ、ヤンデレにでもメンヘラにでもなって、君を篭絡しようとしてくるわけだよ」
「──‼」
未来から娘がやって来て、母親の身体を使って、僕を篭絡しているだと?
……それって、まさか、まさか。
──その時、僕の脳裏をよぎった、あまりにも背徳的な疑惑の念。
そんなことなぞ、単なる思い過ごしであって欲しいという、僕の願いも虚しく、微塵も容赦なく、あっさりと肯定する、目の前の天才的頭脳の持ち主の少女。
「そう、『君の娘』を名乗る『未来から来た精神的存在』は、会長さんの身体を借りて、この現世において、自分自身を生み出そうとしているのだよ。──もちろん、彼女としても、必死だろうよ。何せ、自分自身の存在そのものがかかっているのだからね。なりふり構わず宣言通りに、この夏の間に君を堕とそうとするだろうし、まかり間違って君に粉をかけてこようとする女がいたりしたら、皆殺しにでもしかねないだろうね」




