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第77話、おまえが(私の)パパになるんだよ⁉(その3)

「──くふふふふ。やはりお父さんの漫画の趣味って少々変わっているけど、そこがいいのよねえ。通好みというか、際物好みというか。そのせいで()()私にはなかなか読ませてくれなくてくやしかったんだけど、やっと念願が叶ってうれしいわ♡」




 その時、品行方正なる学園きっての優等生であるはずの()()()()少女は、僕の自室にて我が物顔でスカートの裾が乱れるのも気にすることなく、ベッドの上で足を投げ出し寝そべって、本棚の奥に隠していたマニアックな漫画本なんかを引っ張り出して読みふけりながら、そのように嘯いた。




 一見華奢でほっそりとしているものの、女性ならではのおうとつも豊かな白磁の肢体に、黒絹の長い髪の毛に縁取られた、日本人形のごとき端整な小顔。


 そして理知的な雰囲気の中でどこかいたずらっぽさをも感じさせる、黒曜石の瞳。


 ──さんのうユカリ。


 この古式ゆかしきこのきょうの地においても、栄えある伝統と最上の格式を誇る、名門(いま)がわ学園高等部二年生にして現生徒会長であり、我が国きっての名家の末裔でもある、まさしく生粋のお嬢様。


 単なるその他大勢の一年生に過ぎない、僕ことあかさかヒロキにとっては、本来なら言葉を交わすことすらできないはずの、文字通りの高嶺の花の存在なのであったが…………。




 ──どうして、こうなった?




 ……数日前、それまでは何の接点も無かった会長が、いきなり我が家に押しかけてきたかと思えば、「私は、あなたの実の娘の『あかさかヒカリ』であり、十数年後の未来から、自分の母親であるこの『山王ユカリ』の身体へと、異世界転生してきたの」などといった、中二病か電波そのままのたわ言を宣う始末。


 しかもそれからというもの、放課後や休日には我が家に入り浸って、(彼女の言うところ「自分にとっても、実のおばあちゃん」である)僕のお袋とすっかり仲良くなってしまったことに始まり、学園においても、お昼休みを始め休み時間になれば、必ずと言っていいほど僕のクラスへとやって来て、これ見よがしにいちゃついてきて、他のクラスメイト──特に女生徒たちを、暗に牽制しようとする有り様であった。


 何せ、そもそも彼女が未来からこの時代に転生してきたのは、自分の母親である会長以外に、僕に粉をかけてこようとする『泥棒猫』どもを、物理的に排除することこそを、最大の目的としていたのである。


 つまり、このように学園の内外を問わず公私にわたって、僕にずっとまとわりつくことによって、(まずは『肉体関係的』ではなく、風評被害という意味において『精神的』に)『既成事実』を仕立て上げようとしているわけなのだ。


 ……いや、たかが何の取り柄もないモブの下級生に対して、学園きっての美少女生徒会長殿が、そんなに必死にならなくてもいいのでは?


 一応『女友達』と呼べるような気の置けない関係にある級友たちなら、何人かいるものの、『恋人』とか『彼女』とかいった特定の相手は一人もおらず、実のところ会長がやっているのは、『無駄な示威行為』以外の何物でもなかった。


 実際本人もそこのところに関しては、ある程度は自覚があるようで、わざわざ僕の自室に来ておきながら、何らかの『特別なイベント』を起こすわけでもなく、まさしく現状のように、「未来において、お父さん(僕のことだ)が、けして娘には見せようとはしなかった、不健全極まるマニアックな漫画本を勝手に引っ張り出して、一心不乱に読みふけっているだけ」といった有り様で、ほんとこの美人上級生ときたら、一体何がしたいのやら。


 確かに僕自身としても、とても自分の娘の目に触れさせようとは思えないほどの、とんでもない内容の超カルト的漫画本なのであり、本来なら学園の先輩で良家のお嬢様にだって、見せたくはなかったんだけど、もはや僕の『娘』であることを公言することによって、完全に開き直ってしまっている現在の()()()の、電波な有り様を鑑みれば、カルトな漫画どころか秘蔵の厳選エロ本やDVDさえも、別に見られたって構わないような気がしてくるよ。


 すると、まさにその時、まるで僕の『心の声』を読んだかのような台詞を言い放つ、自称『僕の娘』。




「──ところでお父さん、健康なる男子高校生必携の、『夜のお供』方面のコレクションは、やはりこの下あたりに隠しているのかしら?」




 そう言うやニヤリとほくそ笑みながら、いきなりベッドの下に手を突っ込むお嬢様。


「──やめてやめて、それだけはやめてえ! やはり電波だろうがストーカーだろうが、同世代の女の子に、マイフェイバリット・アイテムを見られるのは嫌あ!」


 矢も盾もたまらずに華奢な肢体へと飛びかかり、勢いあまってベッドに押し倒す。


 …………………………………………………………って、あれ? この状況って。




「ふふふふふ、そういえばそうよね、お父さんにはその手の写真集とかDVDとかは、必要ないわよね。何せここに、『実物』がいるんですもの」




 はい?


「ねえ、お父さんって、生で女の子の裸を、見たことはあるの?」


「──うえっ⁉ な、生って……」


 僕の身体のすぐ下で、妖しく煌めく黒曜石の瞳。


「何なら今から、見せてあげましょうか?」


 これ見よがしに舌なめずりをくり返す、深紅の唇。


 そ、それって──。


 当惑する僕を尻目に、おもむろに外されていく、ワンピースの胸元のボタン。徐々にあらわになっていく、水色のブラジャーに包み込まれた、思いの外豊かな膨らみ。


 あまりの事態の急展開になす術も無く、完全に固まってしまっていた、その刹那であった。




「──ヒロ、いるんでしょ? 入るわよ!」




 こ、この声は、まさか⁉


 こちらの返事を待つこともなく、乱暴に開け放たれた戸口に立ちはだかっていたのは、あたかもギャル服にすら見える改造済み制服で、健康的な小麦色のスレンダーな肢体を包み込んだ、ショートカットの茶髪の少女であった。


「……アズサ」


()()いらっしゃっていたんですか、山王先輩?」


 そう言うや、何の遠慮もなくずかずかと、僕たちのいるベッドへと迫り来る、()()()()の少女。


「何ベッドの上なんかで、ヒロにひっついているんです? とっとと離れてください!」


「べえーだ、別に構わないじゃないの? 私は未来から来た、この人の娘なんだから」


 突然の闖入者に臆することなぞなく、慌てて身を起こした僕へと、わざとらしく抱きついてくるお嬢様。


 ……おいおい、これ以上アズサのやつを、刺激しないでくれよ。


「何が未来の娘よ、馬鹿馬鹿しい、いい歳して、中二病でもあるまいし!」


「ええと、あなたは確かお父さんの()()()()()()()()()の、ひめおかアズサさんだったかな? 何であなたなんかに、私たちのことを、とやかく言う権利があるわけなの?」


「当然です! 私とヒロは生まれながらに家が隣同士の、生粋の幼なじみなんだから!」


「家が隣同士とか生粋の幼なじみとか、それがどうしたというわけ? 結局のところはその程度の関係でしかないくせに、娘と父親の間に割って入れるとでも思っているの?」


「──なっ。ちょっとあなた、さっきから娘娘って、本当に頭が変になってしまったんじゃないでしょうね? ヒロからもちゃんと言いなさいよ、あなたなんかは迷惑だって!」


 とたんに僕へと突き付けられる、並々ならぬ眼光を秘めた、二対の視線。


「あ、いや、僕としては、そのう……」


「な、何よ! そんな中二病女に、ちょっと言い寄られたからって、デレデレしちゃって、もう知らない!」


 どっちつかずな僕の態度に業を煮やしたかのように、わずかに瞳をうるませながら踵を返して駆け出していく、幼なじみの少女。


「あ、アズサ⁉」


「──駄目よ、お父さん!」


 思わず追いかけようとした僕の二の腕をすかさずつかむ、華奢な細腕。


 振り向けば、すでに笑みを消し去り、ただ冷ややかに煌めいている、漆黒のまなこ


 ──そのハイライトが完全に消え去った双眸は、最初に僕の娘であることを明かした際に、「お父さんに粉をかけてくる『メス豚』どもは、すべて殲滅やる!」と宣言した時同様の、狂気の目つきそのものであった。


「……おまえ」


「あんな幼なじみの女なんて、もうどうだっていいじゃない。お父さんは私のお母さんと結婚しなくちゃならないんだから、浮気なんかしたら絶対許さないわよ!」


「う、浮気って。──いや、それにしても、何でおまえが、そんなにムキになるんだよ? こうして僕の娘としておまえが存在しているということは、未来はすでに確定しているわけなんだろう? 別に目くじらを立てなくてもいいじゃないか」


「──うっ」


 何だ? 急に気まずそうに、目をそらしたりして。


「と、とにかく、もうすぐ一学期が終わって夏休みに入ったら、私もずっとお父さんと一緒にいるつもりなんだし、もうこれ以上、他の女なんかを近づけたりはしないんだから!」


 相も変わらず、まさにここぞとばかりに、まるでどこかの二期の主人公の『艦む○』そのままに、公然と『独占型ヤンデレ宣言』をする、良家のお嬢様。


「……おいおい、勘弁してくれよ、今だってうんざりしているというのに」


「うんざりって何よ、失礼な! それに私だって、あまり『お母さんの家』にはいたくないし」


「はあ? 何で自分の家にいたくないんだよ。会長の御両親もおまえにとっては、じーちゃんばーちゃんに当たるわけだろうが?」


「そんなこと言ったって、今まで会ったことなんて無かったんだもん」


「会ったことが無かったって、実の孫と祖父母の間柄でか?」




「だって高等部二年生の終業間際に、『妊娠騒動』なんかを起こしてしまって、家名に泥を塗ったからって、お母さんたちの結婚なんて絶対認めないって、いまだに言っているらしいし」




「──高等部の終業間際って、まさか⁉」


 いきなりの驚愕の言葉に戦慄する僕へと向かって、少女はその時、あたかも預言者が死の宣告を下すかのように、厳かに宣うのであった。




「そうよ、私がこの世に生を受けたのは──つまり、お父さんとお母さんが結ばれたのは、今年の夏休みなの」

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