第76話、おまえが(私の)パパになるんだよ⁉(その2)
──冒頭早々から、ちょっとメタっぽい話しになって恐縮であるが、そもそも『ヤンデレ』に最もふさわしい、女性キャラのタイプとは、何であろうか?
まず何と言っても筆頭候補として挙げられるのは、今や『ヤンデレ』の代名詞ともなっている、『妹』──特に『実妹』キャラであろう。
元々ガチのブラコンだった妹が、年月とともに成長していくにつれて、自分がけして愛する兄と結ばれないことを痛感させられているというのに、よその泥棒猫どもが兄に粉かけてくる有り様を、常にすぐ側で見せられ続けるのである、これでヤンデレ化しなければむしろ嘘だろう(断言)。
「──お兄ちゃん、どいて! そいつ、殺せない……ッ」
まさにこれこそが、今やヤンデレの代表的名(?)台詞ともなっていることが、何よりの証しである。
要は、『禁忌』ゆえの背徳感こそが、妹をヤンデレへと駆り立てる原動力になっていると言えよう。
最近では単に『妹』であるだけでなく、そこに『幼女』という、更なる最強属性をトッピングしようとする傾向も見られて、喜ばしい限りである。
更に顕著な例としては、死後異世界において晴れて血の繋がりの無い関係になれたり、異世界に行った途端新たにヤンデレの妹ができたりといった、異世界転生イベントを絡めることによって、『ヤンデレ妹』のヴァリエーションを広げる風潮があるのも、要注目である。
次に、『妹』以外の注目株と言えば、やはり『幼なじみ』も挙げるべきであろう。
何せ『幼なじみ』ときたら、今やWeb小説やラノベ界隈においては、『常敗の将』であり『負け犬』であり『ただのかませ犬』でしかなく、業界用語で言えば『滑り台行き』要員であることだし。
──ただし、誤解なされぬように! 『幼なじみ』は負けるからこそ、輝けるキャラなのだ! けして勝っては駄目なのである!
最近のWeb小説やラノベにおいて、自称『幼なじみ原理主義』の作家たちが、『幼なじみ必勝作品』を作成して気炎を上げているが、君たちは『幼なじみの真の魅力』というものを、何もわかってはいない!
はっきり言わせてもらえれば、幼なじみの男女が、始終イチャイチャする作品なんか見せられて、読者側として、何が面白いと言うのだ? ただ『ウザい』だけだろうが⁉
大体がねえ、幼なじみ同士が仲が良くて、そのまま結ばれてしまうなんて、『当たり前』じゃん? 『何の能も無い』じゃん? そんなもの、本当の意味で『創作』と言えるわけ?
もちろん、そんな何の工夫もない『稚拙な演出技法』では、メインヒロインたる『幼なじみ』キャラを、光り輝かせることなぞできやしないであろう。
むしろ、『幼なじみ』というものは、『完全敗北』──か・ら・の、『ヤンデレ化』によってこそ、真のメインヒロイン──いやさ、真の主人公として、光り輝くことができるのだ!
こざかしい、転校生キャラやお嬢様キャラや生徒会長キャラやパツキン留学生キャラやお色気女教師キャラや某戦闘機擬人化キャラ等々の、いわゆるギャルゲ要員どもなぞ、全員「死んじゃわせて」(そんな日本語ねえよ!)から、腹を掻っ捌いて「中には誰もいません」ことを確認した後に、裏切り者の幼なじみのエセハーレム気取り男の四肢の腱を切断して檻に閉じ込めて、完全に支配下に置くところまでがワンセットです♡
つまり『負け犬』ゆえの『妄執』こそが、『幼なじみ』キャラのヤンデレ化の原動力になっているのであって、これはまさに『ざまぁ』や『下克上』そのものとも言えて、Web小説的にも非常に正しい在り方と申せましょう。
また、いっそのことここでも、『異世界転生』イベントをかませてみるのも一興で、この現世においては幼なじみでも何でも無いのだが、陰キャの主人公に対して、学園カーストどころか社会的地位においても完全に『高嶺の花』のヒロインが、前世──つまりは『異世界』においては昵懇の幼なじみだったりして、しかも突然ヒロインのほうだけに『前世の記憶』が甦って、主人公に執着し始めるといったパターンもアリではなかろうか。
他にもいろいろと『ヤンデレ化傾向』の強いタイプのキャラを挙げ得るが、やはりオリジナル作品がデフォで『ハーレム設定』であるからこその、個々のヒロインキャラの『ヤンデレ化』パターンも、けして見過ごすわけにはいかないであろう。
事実このことは、プレイヤーにハーレム展開を推奨している感のある、『艦○れ』や『アイ○ス』等の『ヒロイン山盛りゲームアプリ』の二次創作において、各ヒロインのヤンデレ化作品が花盛りであることこそが、如実に証明していた。
そりゃそうだよね、そもそも美少女をいっぱい囲っていて、「みんなで明るく楽しいハーレム生活♡」なんて、実現できるわけがないのだ。
Web小説家やラノベ作家の皆さんは、『女』というものを舐めすぎでは無かろうか?
──そして最新のWeb小説界における、大注目の『ヤンデレヒロイン』と言えば、そのものズバリ、『嫁』である!
……あ、いや、オタク用語の『俺の嫁』なんかじゃなくて、『奥さん』とか『ワイフ』とか言った意味での、正真正銘本物の『お嫁さん』のことだよ?
もちろん、「『嫁』が愛のバトルに破れるって、何だ? 『不倫』のことか?」「夫に浮気をされて逆上して、泥棒猫に対して刃傷沙汰に及ぶなんて、むしろ『普通のこと』で、あえてヤンデレと呼ぶのは無理があるのでは?」と思われた方も多いでしょうが、心配ご無用!
──まさしくここにおいてもWeb小説ならではに、『異世界転生イベント』をぶち込めばいいのです!
これについては『カク○ム』様のほうで、運営様が公式にレビューなされた作品の中にあったのですが、異世界転生してやっと『妻の横暴』から逃れることができて一安心して、可愛いエルフの女の子と結婚直前までにこぎ着けていた主人公が、「私はあんたの妻だよ!」と自称する、謎の女冒険者にエルフを殺されてしまい、無理やり結婚させられるってのがあるのですが、ここで問題です。
皆さんは今や完全にWeb小説に毒されてしまっていて、異世界転生を当たり前のものと捉えられているでしょうが、あくまでも『異世界人の立場』に立って、ようく考えてみてください、見ず知らずの初対面の女性がいきなり、「私はこことは別の現代日本という世界であなたと夫婦だったのであり、あなたの後を追ってこの異世界に転生してきたのよ♡」と言い出したとしよう、某作品においては主人公自身も現代日本からの異世界転生者だったから、あっさりと納得したんだけど、普通こんな胡散臭い話、頭から信じるかあ?
もしも主人公が、現代日本人で、異世界の存在なんてまったく信じていない場合を考えてみてください、そこに見ず知らずの女性がいきなりやって来て、「私はあなたの前世の妻なのであり、二人は結ばれる運命にあるの♡」と言われた場合、あっさりと信じてその女性を全面的に受け容れるなんてことは、絶対にあり得ないでしょう。
つうか、『前世の妻』を騙り出すなんて、完全に『ヤンデレ』か『メンヘラ』じゃん。
おそらく彼女の言うことを信じずに、別の女の子とつき合ったりしたら、完全に『ヤンデレ』化して、大々的に『血祭り』を展開することでしょうw
つまり『嫁』キャラにおいても、適切に『異世界転生』イベントを絡めることによって、立派な──ていうか、強大かつ凶悪な、『ヤンデレ』キャラとなり得るわけなんですよ。
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「……何ですか、この蘊蓄コーナーって、一体」
その日の放課後、名門今出川学園高等部の旧校舎の文化系部室棟の片隅にある、『異世界転生SF的考証クラブ』の部室に一歩足を踏み入れた途端、すでに先に来ていた部長殿から、挨拶代わりにいきなり、Web小説やラノベ等における、『ヤンデレキャラ』に関する解説を延々と聞かされてしまい、完全にうんざりとなりながらも、僕はやっとのことで問いかけた。
「──そりゃあ、これから話す『本題』の、『前フリ』に決まっているではないか?」
そんな僕こと平部員の赤坂ヒロキの、心からの抗議の言葉に対して、さもぞんざいに答えを返す、いつもながらに思わせぶりな笑顔の少女。
向かい合った机の上で頬杖をついて僕のほうを興味深そうに見つめているのは、リボンタイ無しのはだけられた純白のブラウスの胸元といったラフに着こなした制服姿と、常に何事にも動じないその表情とが相まって、むしろ男性的ですらある大人びた雰囲気をかもし出している、我らが『異世界転生SF的考証クラブ』部長辰巳エリカ嬢である。
いつもよりもまして好奇の色に輝いている、深遠なる黒檀の瞳。
「──ちょっ、あれだけ長々とくっちゃべっておきながら、『前フリ』でしかなかったですと⁉」
「うむ、肝心なのは、むしろこれからなのだよ」
「……え、でも、うちはあくまでも『異世界転生SF的考証クラブ』なのであって、『ヤンデレ』なんて言う、Web小説やラノベで言えば、『ラブコメ』だか『サイコホラー』だかの専門用語は、基本的に対象外なのではありませんか?」
「ところがどっこい、先ほどの『前フリ』の中でも述べたけど、今や『ヤンデレ』ジャンルは、異世界転生とミックスしたほうがより魅力的になるからして、我がクラブで考察する意義は大いにあり、当然『本論』においても、その方向で述べていくつもりなのだよ」
「……まあ、部長がそうおっしゃるのなら、これ以上意義は申しませんが、できましたら、それこそ僕が現在見舞われている、ある意味まさしくこれぞ『SF的状況』についてこそ、有益なアドバイスを賜りたいのですけど?」
「ああ、あの美人会長殿が、突然自分のことを『実は私は未来のあなたの娘なの♡』とか言い出して、迫ってきたんだって? ほんと、災難だったな♫」
「──何でそんなに、自他共に認める『人の災難』を、さも嬉しそうな顔をして言うんですか⁉」
……いや、もちろん、知っていたよ。
この人が、こういう人だってことくらいは。
何せ三度の飯よりも、SF的超常現象の解明のほうが好きなくらいなんだから、現在の僕が見舞われている『災難』なんて、まさに格好の研究対象であろう。
しかしそんな僕の『決めつけ』は、部分的にしか、正解ではなかった。
「だって、まさにそれこそが、これから語る『本論』における、メインモチーフだったりするのだよ」
………………………え。
「それってつまり、僕の置かれている現状が、ヤンデレ蘊蓄の対象となるわけなんですか?」
「それはそうさ、なぜならば──」
そして一拍おいて、まさしく本日最大級の、とんでもない爆弾発言を投下する、実は隠れファンクラブすらあるという、美人部長殿。
「先ほどの『前フリ』の冒頭に述べた、『ヤンデレ』に最もふさわしい、Web小説やラノベにおける女性キャラとは、これだけ『異世界転生』系の作品が読者サイドに受け容れられている現状においては、まさしく『娘』キャラであるとも言えるのだからね」
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