表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
75/352

第75話、おまえが(私の)パパになるんだよ⁉(その1)

「──いやあ、いいものを見せてもらったよ。君、今朝の校門前での風紀委員と生徒会合同の、抜き打ち服装検査で、あの美人生徒会長殿御自ら、ネクタイを直してもらっていただろう?」




 旧校舎の文化系部室棟最奥に居を構える、『異世界転生SF的考証クラブ』の室内に一歩足を踏み入れた途端、こちらに向かってかけられるからかいの言葉。


 肩口で切りそろえられたつやめく黒髪に縁取られた彫りの深く整った小顔と、すでに出るところが出ていてメリハリがきいているものの、女子にしては高い身長のお陰でスマートさを損なってはいない、我が学園の高等部女子の制服に包み込まれた白磁の肢体。




 そして、窓際の机の上に頬杖をつき、いかにも意味あり気な笑みを浮かべながら、僕のほうを見つめている、深遠なる黒檀の瞳。




 ──それに対して僕は、一気に顔面蒼白となり、彼女のほうへと駆け寄った。


「ぶ、部長、あれを見ていたのですか⁉」


「そりゃあ、あんな面白い見世物は、滅多いないからねえ。しっかりとこの目に焼き付けるとともに、ちゃんとこのスマホにも録画しておいたよw」


 そう言って、スカートのポケットから愛用のマットブラックのスマートフォンを取り出して、こちらとしては記憶から全面的に消去したい映像を、これ見よがしに再生していく。


「ちょっ、再生するな! こっちに寄越せ!」


「ヤだよ〜ん! ──おおっ、美人会長急接近により、純情一徹のDT青少年が、顔を真っ赤にして緊張しておりまするw」


「ふざけるな! 誰がDT青少年だ⁉ データ丸ごと消去してやる!」


 そう叫ぶとともに、飛びつこうとしたものの、




「──やれるものなら、やってみるがいい。少しでも私の身体に触れたら、白昼堂々セクハラをされたと、生徒指導の先生に訴えるからな?」




 すぐ目と鼻の先で、ニッコリと微笑みを浮かべるご尊顔。


 そしてその下方には、リボンタイを外して大きくはだけられた。純白のブラウスの胸元が。


 ……やべえ、今のこの状況を目撃されてしまったら、言い訳一つできやしねえ。


 すぐさま後ろへと後退して、そのまま大人しく自分の指定席へと落ち着く、ヘタレ平部員の下級生。


「それにしても、何の接点も無かったと思われる、君と会長殿が、いつの間にお知り合いになったのかね? 聞くところによると彼女ときたら、本日のお昼休みにおいても、君の教室に手作りの弁当を携えて、いきなり乗り込んできたそうじゃないか?」


 そうなのである。


 その時の我がクラスにおける、大反響ときたら、筆舌に尽くしがたいものがあったよな。


 ……まあ、それはそうだろうよ。


 何せ、相手は学園きっての『憧れのマドンナ』だというのに、こっちは単なる『モブの下級生』に過ぎないんだからな。


「……どうしてこんなことになったのか、むしろこっちが聞きたいくらいですよ」


「ふうん?」


 唯一の部員である僕ことあかさかヒロキの、いかにも愚痴めいた言葉を聞いて、途端に興味深げに瞳を輝かせる、一つ年上の女性部長の、たつエリカ嬢。


 何と言っても、『異世界転生SF的考証クラブ』なぞという珍妙なるクラブを、独力で立ち上げるような御仁なのである。


 たとえほんの些細な『日常的な謎』であろうと、あれこれと蘊蓄を展開して論理的に解明しないでは、気が済まないのだ。


「どうやら、相当お困りのようだね? 差し支えなかったら、事と次第を教えてくれないかい?」


 ──本来だったら、こんなことなぞ、他人に相談するような話ではないだろう。


 なぜなら、僕や会長の個人的事情に関わるのはもちろん、話を聞いてもらったところで、とても信じてもらえそうにはない、異常極まることだったのだから。




 それでも僕は、彼女に対して、包み隠さず打ち明けることにした。




 もはや、誰かに相談しなくては、自分自身耐えきれなくなっていたからでもあるが、




 こんなことが相談できて、あわよくば解決してもらえる可能性が、万に一つでもありそうなのは、超変人でありながらも、こういった埒外の事柄に関しては、とてつもなく優秀な対処能力を誇る、部長以外にあり得なかったからである。




   ☀     ◑     ☀     ◑     ☀     ◑




 ──それは、ほんの数日前の出来事であった。




「お帰りなさい、()()()()♡」




 ………………………………………はあ?




 学校から帰宅して、築十八年の極ありふれた二階建ての建て売り住宅の自室のドアを開けた途端、誰もいないはずの部屋の中からかけられた、まったく意味不明の挨拶の言葉。


 僕のベッドの上で我が物顔で、スカートの裾が乱れるのも気にすることなく足を投げ出し寝そべって、本棚の奥に隠していたマニアックな漫画本なんかを引っ張り出して読みふけっている、我がいまがわ学園高等部のブレザーの制服姿の美少女。




「……会長?」




 そう、それは何と、あの全校生徒の憧れの的の、品行方正なる『学園のマドンナ』であるはずの、生徒会長(さん)のうユカリ嬢その人であったのだ。


「い、いや、どうして会長さんが、僕の部屋なんかにおられるのですか⁉」


「え、普通にお庭をお掃除していた()()()()──あ、いえ、あなたのお母様にご挨拶をして、手土産を渡したら、『ヒロキならもうすぐ帰ってくるから、お部屋で待っていてちょうだい♡』って、快くお家に上げてくだされたわよ?」


 あの危機意識ゼロの、万年ロリ少女があ!


 珍しく高級和菓子なんかをほくほく顔で食べていたかと思えば、()()()()()に物で釣られていたのかよ⁉


「あ、あの、そういうことを、聞いているわけでは、なくてですねえ……」


「だったら、何が聞きたいの? 私のスリーサイズ?」




「──というか、これまで学校においても、私生活においても、まったく接点が無かったというのに、何で会長が僕の家に、いきなり押しかけてきたりするんですか⁉」





 僕の渾身の叫び声によって、一気に沈黙に包み込まれる自室内。


 そうなのである、確かに優秀なる生徒会長であり学園きっての人気者でもある、天王先輩のことは、よく存じ上げてはいたものの、あくまでもそれは僕のほうの一方的な認識に過ぎず、彼女のほうが何の取り柄もない単なるモブの下級生である僕のことを、個人的に認識しているはずが無かったのだ。


 それなのに、突然自宅に押しかけてくるどころか、勝手に僕の自室にまで上がり込んで、まるで自分の部屋にいるようなリラックスぶりでくつろいでいるのは、一体なぜなんだ?


「そもそも、何で僕の自宅の住所がわかったのです? 今日日クラスメイトにすら、学園側から個人情報を教えるのは御法度だというのに、まさか生徒会長権限で、勝手に人事記録を盗み見したんじゃないでしょうね?」


「そんなこと、する必要なんか無いわよ。だってここは私にとっても、『おじいちゃんとおばあちゃんの家』なんですからねえ」


「はあ?」


 この人さっきから、何をわけのわからないことばかり言っているんだ?


「それよりもさあ、()()()()()()、大切な物を隠す場所って、()()()()ちっとも変わんないのねえ。本棚の奥には『マニアックなコレクション』だし、ベッドの下には──おおっと、これは()()()()()、見て見ぬ振りをしてあげないといけないかしら?」



「──っ」


 そうだ、この人、何で僕の秘蔵の『マル秘コレクション』の在処を、こうも簡単に探し当てることができたんだ?


「……そういえば、会長、さっきから僕のことを『お父さん』と呼んだり、自分のことを『娘』と称したり、僕の母のことを『おばあちゃん』と言ったりしているのは、どうしてなんです?」


 その時僕はあくまでも、何の気なしに聞いてみただけであった。


 そりゃそうだろう。


 同年代──はっきり言って年上の会長が、僕の娘だったり、お袋の孫だったり、するわけがないのだ。


 彼女がほんの悪戯心で、冗談を言っているだけに違いなかった。




 ──しかしそれは、けして開けてはならない『パンドラの箱』を解き放つ、禁忌の言葉であったのだ。




「……くく」


 ──え。


「……くく、くくく、くくくくく」


 ──あ、あの。


「……くく、くくく、くくくくく、くくくくくくくくくくくくくくくく」


 ──ちょ、ちょっと!




「……くく、くくく、くくくくく、くくくくくくくくくくくくくくくく、くくくくくくくくくくくくくくくくくくくく。うふっ、うふふ、うふふふふふ、うふふふふふふふふふふ、あは、あはは、あははははは、あはははははははははははは!」




 部屋中に響き渡る、あたかも狂ったかのような、少女の哄笑。


 その異様なる迫力に完全に圧倒されて、僕はただひたすら言葉も無く、文字通りの彼女の『狂態』を見守り続けるしかなかった。


「あーははははは、もう、おかしいったら、ありゃしない。お父さんてば、笑わせないでよ。私は間違いなく、あなたと()()()()の娘である、『あかさかヒカリ』じゃないの?」


「へ、僕の娘の、『赤坂ヒカリ』だって? それに誰だよ、『お母さん』って? 第一あなたは僕よりも年上なんだから、娘もへったくれもないでしょうが⁉」


 そんな僕の至極当然な反駁に対して、ほとほとあきれ果てた表情となる、自称『僕の娘』。


「……まったく、そんな体たらくで、あなた本当に、()()()大人気『異世界転生系Web小説家』なの?」


「未来の……異世界転生系……って、まさか⁉」




 そしてその少女は、いかにも満を持したかのようにして、不敵な笑顔で言い放った。




「そう、私は十数年後の未来より、この自分の母親の肉体へと()()()()()()()()()、あなたこと赤坂ヒロキと山王ユカリとの、実の娘なのであり、この時代においてお父さんに粉をかけてくる、『メス豚』どもをすべて殲滅することこそを最大の使命とする、『愛の戦士・ドータープリンセス』なの♡」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ