第72話、幼女の帝国【プロトタイプ】(後編)
「──ようこそ、我が『帝国』へ。歓迎するぞ、未来の日本の『Web小説家』とやら」
その七、八歳ほどの少女は、このいわゆる『謁見の間』において一段高く設けられている、『玉座』であるかのような豪奢な椅子に華奢な矮躯を預けながら、いかにも尊大にそう言った。
──そう、まさにこのドイツ第三帝国の最高指導者たる、『総統』だけが座すことを許された場所から、僕のほうを睥睨しながら。
……いや、説明しながら、自分自身、何だか頭が痛くなってきたんだけど。
それほどまでに、現在この場のすべてが、おかしなことだらけであった。
今ここにいる人物のほとんどが、国防省の陸海空の軍服や親衛隊の制服を着ていたのだが、入り口付近で警備の任に当たっている一部の下士官以外は、全員が全員、十歳未満のいわゆる『幼女』であったのだ。
……何だ、ここは。
いや、そもそも、何で僕は、こんなところにいるんだ?
あくまでも僕は、人畜無害な小説作成の趣味を持っているだけの、ごく普通の21世紀日本の男子高校生のはずだぞ?
それが何で、まるで貴族のお姫様のようなドレスを着て、
周りの連中同様に、七、八歳くらいの、幼女に成り果てているんだ⁉
「──ふふん、君が現状をまったく把握できずに、混乱しているのは、重々承知しているよ」
その時すかさず、まるでこちらの心中を読み取ったようなことを言ってくるのは、件の玉座に座っている幼女──自称『アドルフィーネ』であった。
「……そりゃあ、混乱もしますよ。ふと気がつけば、前後の脈略をまったく度外視して、自分が第二次世界大戦中のドイツの、よりによって総統閣下の官邸にいて、しかも周囲をずらりと取り囲んでいるのが、高級政治家や軍人風の制服を着ていながらも、『ヒトラー総統』を自称するあなたを始めとして、すべて年端もいかない幼女なのですからね」
「やはり信じられないかね? 我々のような幼女が、我が第三帝国の首脳陣を名乗るのは?」
「と言うか、この状況そのものが信じられないんですよ! そもそも21世紀の日本人であり、ナチスとか第三帝国どころか、ドイツ自体に何ら関係の無い僕が、どうしてここにいるのです⁉」
「──そりゃあ、未来の日本にいた君を、強制的に異世界転生させたからに、決まっているではないか?」
………………………は?
「いや、異世界転生って、そんなことが何十年も昔のドイツで、実行できたんですか⁉ ──つうか、第二次世界大戦中のドイツに転移する場合は、タイムトラベルとかタイムスリップと言うべきなのでは?」
「……君、自分の姿をよく見てみたまえ、それが21世紀の日本の、標準的な男子高校生に見えるのかね?」
「うっ」
「それに私たちの姿も、よく見たまえ。これが君たち未来人の知識における、標準的な第三帝国の首脳陣の姿かね?」
「ううっ」
「つまり君は、けして実際の過去なんかでは無く、ドイツの最高幹部たちが、全員幼女になっているという、奇妙きてれつな『異世界』に、自分自身もその異世界の幼女として、『転生』したわけなんだよ」
「うううっ…………って、ちょっと待てよ? 確かにナチスの幹部が全員幼女なんかになっているこの世界は、実際の過去のドイツなんかでは無く、ある意味『異世界』のようなものであり、僕自身もこの世界の幼女に『転生』したというのは、まあどうにか納得できるけど、あんたの言いようを聞いていたら、まるで自分自身が幼女であることが、本来の歴史通りで無いことを──つまりは、本来のあんたが、五十代の男性である『アドルフ=ヒトラー』であることを、認識しているようじゃないか?」
「ああ、その通りだ、本来の私たちは、君たち未来人がよくご存じのように、全員が成年男子だったよ?」
「それが何で、みんながみんな、幼女なんかになっているんだよ⁉」
「そりゃあ君に対して行ったように、自分たちに対しても、『転生の秘術』を使ったからに決まっているではないか?」
「……え、転生って、皆さんも僕と同じように、別の世界から来られているわけなんですか?」
「いや、私たちは間違いなく、このドイツ第三帝国の成り立ちに関わった、ナチス党の首脳陣だよ? ──はは、嫌だなあ、忘れてもらったら困るよ。そもそも転生は『生まれ変わる』という意味なんだから、それが同じ世界においてか異なる世界においてかは、問題ではないだろうが?」
「……生まれ変わったって、やはり本来は、あなたは五十代の男性である、『アドルフ=ヒトラー』であったわけなのですか? それがなぜ、現在のような、幼女の姿に⁉」
「『方法』については、さっきも言ったように、『転生の秘術』によるものであり、おそらく君が聞きたいであろう、『理由』については──」
「──やはり貴様が、アドルフ=ヒトラー本人だったのか⁉ 死ね! この『救世主』の名を騙った、我らドイツ人にとっての『疫病神』が!」
──その時突然鳴り響く、怒声と銃声。
ほぼ同時に、紅い鮮血をまき散らしながら、もんどり打って倒れ込む、『アドルフィーネ』の矮躯。
「──総統⁉」
「くっ、暗殺者か⁉」
「まさか、親衛隊の中に潜んでいたとは!」
「早く、拘束するんだ!」
例の入り口付近で警護の任を担っていた、十数名ほどの成人男性からなる親衛隊のうち、今し方『アドルフィーネ』を狙撃したばかりと思われる、拳銃を構えた一人の隊員を、他の隊員たちが慌てふためいて取り押さえる。
「……やった、やったぞ! ついに狂気の独裁者を倒したんだ! これで、ドイツの未来は明るい! 滅びの運命から、免れたんだ!」
──っ。な、何だ、この暗殺者?
まるでこの後の『歴史』を、知っているみたいじゃないか?」
「……ほう、やはり貴様も、『ユーイチの書』を、読んだわけか?」
その時唐突に響き渡る、聞き覚えのない幼い声音。
振り向けば部屋の入り口の手前には、これまでこの部屋にいた面々とはまた別の、一人の七、八歳くらいの幼女が、いかにも威厳たっぷりに仁王立ちしていた。
──なぜか、『アドルフィーネ』と名乗った幼女と、まったく同じ──すなわち、『総統』だけが着ることを許された、特別あつらえの軍服を身にまとって。
「──なっ⁉ ま、まさか、さっきのは『影武者』で、おまえこそが本物の総統とでも、言うつもりじゃないだろうな⁉」
あまりにも予想外の事態に、もはや錯乱気味に食ってかかっていく、暗殺者。
「安心したまえ、さっきのは間違いなく、『アドルフ=ヒトラー』の転生者だよ。──この私と同様にね」
……へ? それって、どういうこと?
で、でも、確かに、しゃべり方とか雰囲気とかは、さっきの『アドルフィーネ』そのまんまだよな。
「……おいおい、あんたさっき、死んでしまったんじゃ無かったのかよ?」
「おや、これは異なことを、日本からのお客人。君もようくご存じの、『死に戻り』を実行しただけなんだけど?」
「はあ、『死に戻り』って? ──いや、さっきまで『アドルフィーネ』と名乗っていた女の子の死体なら、まだそこにあるじゃないか? 全然『死に戻って』ないじゃん!」
「……あのねえ、君たちの世界のWeb小説独特の──と言うか、ゲーム脳ならではの『セーブシステム』そのままな、同一人物が無限に甦る『死に戻り』なんて、ループとかタイムスリップなぞといった、三流SF小説そのままな非現実的なことでも起こらない限りは、物理学的にも生物学的にも心理学的にも、絶対にあり得ないのだよ。もしも無理やりこの現実世界で実行しようと思えば、今私が自ら行ったみたいに、まさしくゲームの駒でもあるかのように、人間を使い潰すのを前提にして、無限に『転生の秘術』を繰り返すしかないのだよ」
………………………え。
その自称『総統閣下』のお話は、あまりに荒唐無稽であったので、最初のうちは何を言っているのか、まったくわからなかった。
それに対して、いち早く『真実』にたどり着いた暗殺者が、顔面蒼白となりながら、あたかも狂ったかのようにわめき始める。
「お、おまえ、まさか、そのために、幼女の身体に転生していたのか⁉」
「その通り! 実は私のオリジナルの五十代の男性としての身体は、ちゃんと極秘の場所に大切に保管してあるからして、今のこの幼女の身体はあくまでも、『使い捨てのスペア』に過ぎないのだよ。──まさしく、今回のように、暗殺されることなんかを前提にしてね」
「……使い捨ての、スペア?」
「ああ、元々そのための、『ドイツ幼女団』だったのだよ。かの秘密養成組織──21世紀の日本風に言えば、第三帝国版『マル○ゥック機関』がある限り、我らナチスの最高幹部は、事実上『不死』を手に入れたようなものなのだよ」
「く、狂っている、自分たちの身の安全を図るために、いたいけな幼女を利用するなんて……ッ」
「君に心配される必要は無い。幼女自身はもとより、親御さんに至っても、快く賛同してくれたんだしね。『どうか、総統や第三帝国のために、我が身をお使いください』ってね♡」
「──貴様ああああ! 放せ、放すんだ! 俺にあいつを殺させてくれ!」
「おお、いいぞ、何度でも殺されてやろう。──ただしその分だけ、何の罪もない、幼女が死ぬだけだがな」
「くそがああああああ! お、俺は、知らずとはいえ、何と言うことを⁉」
「ふふ、どうやら自分が犯した罪を、ようやく自覚したようだな。──連れて行け!」
「「「はっ!」」」
総統閣下の命令一下、かつての同僚たちに引き立てられていく、暗殺者の男。
もはや完全に心が折れてしまっている彼の顔には、生気はまったく無かった。
「……さて、愉快な余興も終わったことだし、話を続けるとしようか? お客人」
「──うえっ⁉ は、話って、何でございましょう?」
「そう、怯えないでくれたまえ。我々は君に危害を加えるつもりなぞ毛頭無いから、安心したまえ。──何せ君は、我々にとっては、大切な大切な『作者』様なんだからね」
「へ? 作者、って……」
いかにも思わせぶりな台詞を突き付けられて、面食らう僕に対して、その幼女総統閣下は、更にとんでもないことを言い出した。
「君にはこれから、我ら新生ドイツ第三帝国──名付けて、『幼女の帝国』の一部始終を小説にしたためて、21世紀の日本のインターネット上において、Web小説として発表してもらいたいのだよ。──そう、我々の『物語』は、今この時から始まるのさ」
かつて第三帝国に、『ドイツ幼女団』と言う、素敵ネームの団体があるのを知って、勢いだけで書き殴りましたw
今回はあくまでも【プロトタイプ】ですが、もしも反響が大きかったら、本格的に連載化する場合もあります♡




