第70話、【GW編】⑦モフモフ無双の王子様♡
祖国であるヤマトン王国そのものと、賓客であるヨシュモンド王国の第一王子、ヒットシー=マツモンド=ヨシュモンド殿下の大ピンチに、なりふり構わず九尾の狐へと変身した私こと、ヤマトン王室の傍系の王女レイコ=スバル=ナカジマ=フジヤマであったが、
それを真正面から目にしてしまった、セイレーン族の女王にして、自称『人魚姫』はと言うと、
「……ふ、ふふ、ふはは、ふははははは、ふはははははははは──!!!」
……腹を抱えて、大爆笑していた。
「な、何よ、お姫様が、いきなり九尾の狐に変身してしまったと思ったら、そのまるで深遠なる思索にふけっている哲学者めいた表情をした顔は⁉ ──ひょっとして、狐は狐でも、『チベットスナギツネ』の、九尾の狐なわけ⁉」
……ついに、見られてしまった。
そうなのである。
実は私こそは、『何で狐なのに、苦み走った顔しているの?』とか、『キモい』とか、『人面狐』とかと、世間で大好評の、かのチベットスナギツネの九尾の狐であったのだ。
ちなみに、なぜ『チベット』という国名を、この地球とは別の惑星で使っているかというと、すでに現代日本からの異世界転生が無数に行われているために、『日本語』が世界共通語の一つとして、しっかりと根付いているからであった。
いまだ笑い転げている乙姫以外にも、闇堕ちした近衛兵たちまでもが失笑を浮かべており、この場の緊張はすっかり緩んでしまったが、それでも私は油断をすることは無かった。
……たとえ海底の魔女であろうとも、九尾の狐が相手では、うかつに手出しはできまい。本来ここは我らのホームグラウンドなのであり、時間を稼げばそれだけ有利になれるはず!
「ふふ、本当に可愛い狐さんだこと。──とはいえ、たとえ九尾の狐であろうが、私と王子の邪魔をするつもりなら、容赦しませんよ?」
そして更に膨れ上がる、目の前の妖気。
なっ、最初から、全力で来るつもりか⁉
下手したら、城そのものが吹っ飛ぶぞ!
──くっ、こうなれば、せめてこちらから突っ込んでいって、周囲の被害を最小限に抑えなければ!
そのように意を決し、いざ駆け出そうとした途端。
──むぎゅっ。
『ケエエエエエエエ──ン⁉』
突然鷲掴みにされる、一本の尻尾。
『お、王子⁉』
何とそれは、我が身を挺してでも守ろうとしていた、ヒットシー殿下ご自身の仕業であった。
『ちょっと、王子、放してくださ………………あふんっ♡』
続け様に、問答無用とばかりに、私の腰のあたりを、両手で力強く握り込む。
──もふっ。
もふっ。もふっ。もふっ。もふっ。もふっ。もふっ。もふっ。もふっ。もふっ。
もふっ。もふっ。もふっ。もふっ。もふっ。もふっ。もふっ。もふっ。もふっ。もふっ。もふっ。もふっ。もふっ。もふっ。もふっ。もふっ。もふっ。もふっ。
もふっ。もふっ。もふっ。もふっ。もふっ。もふっ。もふっ。もふっ。もふっ。もふっ。もふっ。もふっ。もふっ。もふっ。もふっ。もふっ。もふっ。もふっ。もふっ。もふっ。もふっ。もふっ。もふっ。もふっ。もふっ。もふっ。もふっ。もふっ。もふっ。もふっ。もふっ。もふっ。もふっ。もふっ。もふっ。もふっ。
もふっ。もふっ。もふっ。もふっ。もふっ。もふっ。もふっ。もふっ。もふっ。もふっ。もふっ。もふっ。もふっ。もふっ。もふっ。もふっ。もふっ。もふっ。もふっ。もふっ。もふっ。もふっ。もふっ。もふっ。もふっ。もふっ。もふっ。もふっ。もふっ。もふっ。もふっ。もふっ。もふっ。もふっ。もふっ。もふっ。もふっ。もふっ。もふっ。もふっ。もふっ。もふっ。もふっ。もふっ。もふっ。もふっ。もふっ。もふっ。もふっ。もふっ。もふっ。もふっ。もふっ。もふっ。もふっ。もふっ。もふっ。もふっ。もふっ。もふっ。もふっ。もふっ。もふっ。もふっ。もふっ。もふっ。もふっ。もふっ。もふっ。もふっ。もふっ。もふっ。
『──ちょっ、王子⁉ あうんっ♡ そ、そこは──きゃいんっ♡ や、やめて、いひぃっ♡ ………………も、もう、レイコ、イッちゃううううううう♡♡♡』
同い年の幼い少年による、超絶テクニックの『モフり』により、完全に悶絶して動かなくなる、神獣九尾の狐(チベットスナギツネヴァージョン)。
ただし、その恍惚たる表情が示す通り、内心のほうは『ヘブン』状態であった。
「……ふう、キューちゃんを帰して以来、久方ぶりに、堪能したあ〜」
そう言うや、さも満足げに、額の汗を拭いながら立ち上がる、王子様。
そしておもむろに、完全に呆気にとられて立ちつくしている、海底の魔女に向かって声をかける。
「人魚姫」
「──あ、はいっ! 何でございましょうか⁉」
「君には心底、失望したよ」
………………え?
突然の思いがけない台詞に、呆気にとられる一同。
しかしとても黙っておられる立場でない魔女様が、食ってかかるようにまくし立てる。
「ど、どうしてで、ございましょう? こたびヤマトン王国に介入いたしましたのは、あくまでもあなた様を愛するゆえであって──」
「……そんなことを、言っているんじゃないよっ!」
「ひいっ⁉」
王子の本気の怒りを感じ取り、思わず身を引いてしまう、大海原の女王様。
──そして今、衝撃の事実が、明かされる!
「どうして、人間の足なんかに、変えちゃったんだよ⁉ あくまでも僕は、あの嵐の海で君に抱きかかえられて助けられた時、じっくりと堪能させていただいた、ざらざらした肌触りの鱗が心地いい、魚体の下半身が、何よりも好きだったのに!」
「「「…………………は?」」」
もはやわけがわからず、呆気にとられる、敵味方の全員。
その中において、勇気を振り絞って、質問を続ける、もう一人の当事者。
「お、王子、ではあなたは、私そのものではなく、下半身(の鱗)だけが目的だったわけですか?」
「やめてよ、何かまるで僕が、最低のゲス男みたいな言い方は⁉ 鱗や尾びれがあってこそ、本来の君自身だろうが? ──この、『エセ人魚姫』めが!」
「え、エセって……」
「そうじゃないか? 君は僕に気に入ってもらうために、本当に大切な心を捨てて、外見を選んだようなものなんだ! そんな君に、僕を助けようとして本性を現した、レイコ姫のことを笑う資格なんてあるものか! いや、どうしてチベットスナギツネだからって、笑ったりするのさ? 確かに九尾の狐としてはレアだけど、十分に可愛いじゃないか?」
「「か、可愛い、ですってえ⁉」」
ここで唐突に、声を揃えて驚愕の叫びを上げる、乙姫様と私の二人。
「……もしかして、王子の『美醜』の判断能力は、どこか狂っておられるんじゃ、ありませんか?」
あまりに予想外の事態の連続に、何だか私にとって失礼極まることを言い出す、エセ人魚娘。
「え? 美醜? そんなこと、考えたこともないけど?」
「「な、何で⁉」」
「だってこの世で最も大切なのは、獣毛のモフり具合や、鱗のざらつき具合やぬめつき具合といった、そのヒト(のようなもの)ならではの、個性だけじゃないか?」
「「「──っ」」」
その言葉には、私と乙姫だけでなく、この場の全員が、息を呑んだ。
「と言うわけで、僕を籠絡したいのなら、さっさとねぐらに帰って、魚の下半身を取り戻すことだね」
そのように、いかにも冷たく『最後通牒』を突き付けられた途端、海神の化身の少女の心が、とうとう折れてしまった。
「うわあーん! いいもんいいもん! 『おっとちゃん』もう、海の底に帰るもん!」
そう言って、猛ダッシュして、一人この場を後にする、セイレーンの女王。
『おっとちゃん』って………………ああ、『乙姫』だからか。
何せ『深海に棲む姫』だから、あながち間違いじゃないし。
つうか、セイレーン族でもあるわけだから、実は『敵キャラ』としては、『両ゲーム(?)』のミックスなのか?
そんなこんなのうちに、乙姫がいなくなったお陰なのか、胡狐や近衛兵たちの『闇堕ち』が解けていき、どうにか意識を取り戻したタマモお姉様の指揮の下、全員憲兵に引っ立てられていったのである。
そのような最中、こちらはいまだ九尾の狐の姿のままの私の全身を、相変わらず一心にモフり続けている、王子の手のひらの温かさを感じるにつけ、
私は、自分の『恋心』を、しっかりと、自覚していったのである。




