第68話、【GW編】⑤闇堕ちしたメイドさん♡(意味深)
「──本日は、私のささやかながらも心を込めた、ヒットシー殿下御一行様歓迎のお茶会に参加してくれて、どうもありがとう!」
五月晴れの空の下、王宮の中庭にて急遽設けられた、多数のテーブルセットに座っている参加者たちを見渡しながら、主催者である超軍事国家ヤマトン王国の現女王、タマモ=クミホ=メツボシ陛下の、開会の挨拶兼感謝の言葉に、皆一様に返礼する、主に国内の上級貴族や高級軍人や官僚たちからなる参列者たち。
その中でも、当の女王自身が上座に座っている、会場中央の円形の大テーブルにて等間隔に座している、いわゆる『主賓』の顔ぶれはと言うと、大陸列強の一角、ヨシュモンド王国の齢十歳の幼き第一王子、ヒットシー=マツモンド=ヨシュモンド殿下を始めとして、その年上の婚約者でありながら、現在においては何者かの呪術によって四、五歳ほどの幼女の姿と化しておられる、オードリー=ケイスキー筆頭公爵家令嬢に、魔法学園におけるお二人の担任教師にして、ヒットシー殿下の又従姉に当たられる、アネット男爵令嬢と、ホスト側の一員である、王家の傍系の出自でありながらも一応王位継承権第一位に位置する、私こと、レイコ=スバル=ナカジマ=フジヤマ(十歳)という、そうそうたるメンバーであった。
そしてその、華々しき文字通りの王侯貴族の皆様方の中で、まさにこの時話題の中心になっておられるのは、どなたかと言うと──
「──はい、ちびドリちゃん、あ〜ん♡」
「ああっ、殿下、ずるいですわ! 私にも、ちびドリちゃんを、抱っこさせてください!」
「……ちびドリちゃん、こっちのケーキもおいしいぞ? タマモお姉ちゃんのほうにおいで♡」
「──もう、いい加減になさってくださいまし! 私は別に心まで幼女になったわけではなく、ちゃんと礼儀作法等もわきまえており、自分一人で飲食等はこなせます!」
モテモテちびドリちゃん──もとい、オードリー嬢(幼女化ヴァージョン)であった。
彼女の現在の状況はと言うと、婚約者であるヒットシー王子の膝の上にちょこんと座らされて、殿下が手ずからケーキやアイスクリーム等をお口に運んでくださっているという、文字通りの『ロイヤルスペシャルサービス』状態であった。
更には、我が女王のタマモ陛下とアネット男爵令嬢という、超絶美女のお二方も、何とかちびドリちゃんを我が物にしようと、虎視眈々狙いすましているといった、いろいろな意味で危険な、『おねロリスナイパー(ナニソレ)』状態にあったのだ。
──そのお気持ち、よくわかりますわ!
お日様の光のようなブロンドのウエーブヘアに縁取られた、彫りが深く端麗な小顔の中で、神秘的に煌めく翠玉色の瞳というだけでも、目が醒めるような美しさだというのに、本来は御年15歳の『悪役令嬢』として、この上も無く高飛車な上級貴族の御令嬢であるはずが、何の因果か外見上四、五歳ほどの幼女になり果ててしまっているという、文字通りの『外見は大人、中身は子供』な、特大ギャップ萌え!
しかもそのちっちゃくて白磁のごとく滑らかなる肢体にまとっているのが、実はこの極東の弓状列島の出自である私の子供の頃の衣装である、漆黒の生地にフリルやレースをふんだんにあしらった、シックでありながら可憐なる『和ゴス』姿という、エキゾチックさ!
……もうね、まさしく、『闇堕ちした観○少女』って感じで、辛抱たまらんのですよ、同性である私の目から見ても!
ううっ、できたら私だって、あの輪の中に加わりたいところなのですが、どうしてもその勇気がありませんの。
私のような、『醜い狐の子』がすり寄っていったりしたら、オードリー様だって、ご迷惑でしょうし……。
そのように心中であれこれと懊悩しながらも、ふと目をやると、給仕役として駆り出されている、王族付きの者たちを中心とする城勤めのメイドさんたちが、立ち止まる暇もないかのようにして、お茶のおかわりを用意したり、スイーツやデザートを配り歩いたりといったふうに、あれこれ雑多なお役目を、優雅な立ち振る舞いを心掛けながら、巧みにこなし続けていた。
当然その中には、私の専属メイドである、胡狐の姿もあるわけだが──
「……どうしたんだろう、あの子?」
なぜだかさっきから、折に触れてはこちらのほうをチラチラと盗み見していて、まるで私たちが何を口にしているか、いちいちチェックをしているかのようにも見受けられたのだ。
ほんと、何だろ?
別に必要以上にカロリーを摂って、体形維持に支障を来したりなんか、しないように気をつけているつもりなのに?
そのように益体もないことを胸中で巡らせていた、まさにその最中であった。
「……うぐっ⁉」
「──きゃあああああああっ、陛下あ⁉」
突然響き渡る、メイドさんの金切り声。
振り向けば、女王が──タマモお姉様が、テーブルに突っ伏して、小刻みに痙攣していた。
「──なっ、お姉様⁉」
しかし『異変』は、けしてそれだけでは、済まなかったのである。
「あうっ!」
「むがっ!」
ほぼ同時に、口元を押さえて、テーブルの上へと倒れ込む、オードリー嬢とアネット嬢。
「──オードリー、アネット姉ちゃん、一体どうしたんだ、しっかりして⁉」
この特別あつらえの貴賓席に座している王侯貴族の中では、私同様に無事であったヒットシー王子が、自分の婚約者と又従姉の安否を気遣い、大きな円形のテーブルを回り込んで行こうとしたところ、
「──おっと、殿下には、その場から動かれぬように」
そう言って風のように迫り来た黒い影によって、いきなり羽交い締めにされて、あっさりと自由を奪われてしまう。
「き、君は……」
「──胡狐! 一体どういうつもりなの⁉ そ、それに、その姿は、一体……」
何と、私の目の前で信じられないような暴挙に打って出たのは、あの誰よりも忠義者であったはずの、金毛の狐耳の少女であったのだ。
──いや、違う。
確かに文字通りの『狐色』であった、彼女の頭や尻尾の毛色はすべて、まるで墨汁でも塗りたくったかのように、黒々と変色していたのだ。
「……こ、これって、『闇堕ち』? あなたまさか、『海底の魔女』に魂を売ったの⁉」
「それこそ『まさか』ですよ、レイコ様。もちろん今この時も、私の忠義心はすべて、あなた様のものなのです」
そう言ってこちらへと優雅に一礼する彼女の瞳は、いつになく冷ややかなものであったが、しっかりと知性が感じられ、何者かに操られたり洗脳されたりしているとは思えなかった。
「──君か、オードリーたちに、毒だか薬だかを盛ったのは⁉ 一体どういうつもりなんだ!」
「ええ。──とはいえ、ご安心ください。一時的に身体の自由を奪うだけですし、副作用等もございませんから。──それにしても、驚きました、殿下のほうは、ご平気なのですねえ?」
「王族を舐めるな! こう見えても幼い頃から、暗殺や誘拐や拷問等への対策として、あらゆる種類の毒薬への耐性をつけられているんだ! この程度の麻痺毒で、自由を奪われたりするものか!」
「それはむしろ、好都合というもので。──ああ、一応弁護しておきますが、あなた様とは違って、あっさりと自由を奪われてしまったタマモ女王が、王族としてなっていないわけではありませんからね? 特に『狐の獣人』に効き目のある薬を使いましたので、さすがに抵抗できなかったのでしょう」
「いや、『キューちゃん』のことはともかくとして、何だよその、『好都合』ってのは?」
……『キューちゃん』って、もしかして、タマモお姉様のことですかあ?
いや、そんなことはどうでもいい、殿下のお言葉はごもっともだ。
うちのメイドは、こんな大それたことをしでかして、一体何を目論んでいるのよ⁉
実は王族の最終的な護衛として、単なる戦闘術どころか『暗殺術』すらも身につけている、手練れのメイドたちが、大陸で一二を争う『要人』であるヒットシー殿下を人質に取られているために、手出しすることが一切できず、私同様に遠巻きに見守っている状況の中で、
今まさに、とんでもないことを告白せんとする、闇堕ちした『黒狐メイド少女』。
「ええ、元々こうしてあなた様の身柄を拘束させていただいて、海底の魔女──つまりは『セイレーン族』の皆様に引き渡すことこそが、私の目的だったのですよ」
……何……です……って……。




