第64話、【GW編】①異世界の旅はジェット機で⁉
「──終わった終わった、さあ、これでこれから心置きなく、『GW』を満喫できるぞう!」
最後の授業の終了のベルを合図に、一斉に歓声を上げる、ヨシュモンド王国の王都に所在する、王侯貴族の子女専門の魔法学園の高等部1年D組の教室。
「こらあ、ヒットシー殿下、まだ学園内だというのに、そんなに浮かれては駄目でしょうが?」
「あ、ごめん、アネット姉ちゃん……じゃなかった、アネット先生! でもこれから、先生と一緒にバカンスに行けると思ったら、嬉しくて嬉しくて」
「も、もう、殿下ったら、そんなこと言ったら、私だって嬉しくなってしまうじゃありませんか? 大人をからかっちゃ駄目ですよ!」
「あはは、もう荷造りは終わっているし、夕食が済んだら公用機で出立することになっているから、グズグズはしていられないよ、さあ、一緒に王宮に行こう!」
「ええ、そうね。教師としての職務も、昨日までに片付けているから、何も問題は無いし、ご一緒しましょうか?」
「じゃあ、行こう!」
「行きましょう!」
そうやって、手に手を取ってスキップでもしそうな上機嫌の有り様で、教室を出て行こうとする、僕ことこの国の第一王子である、ヒットシー=マツモンド=ヨシュモンドと、その担任教師にして私的にも家庭教師である又従姉的存在、アネット男爵令嬢であったが……。
「──ちょっと、お待ちになって! 何を二人だけの世界にどっぷりと浸かっておられるのです? 私のことをお忘れにならないでください!」
おや、幸せいっぱいで、もはや他に必要なものなど何も無い、僕を呼び止める声が…………空耳かな?
「空耳なんかじゃ、ありませんわ! 当然のように無視を決め込んで、そのまま立ち去ろうとなさらないでください!」
「──ちょっと、何を人の心を読んでいるんだよ? そんなの『悪役令嬢』の力の濫用だよ、オードリー」
調子に乗ってないがしろにしすぎると後が怖いので、そろそろ潮時かと振り向けば、腰元まで届く輝くようなブロンドヘアに縁取られた、彫りの深く端麗なる小顔の絶世の美少女が、華奢なれどすでに凹凸の目立ち始めた十五、六歳ほどの肢体を、上品かつ瀟洒な高等部の制服に包み込み、神秘的な翠玉色の瞳で僕のことを睨みつけていた。
「……濫用も何も、ヒットシー様ったら、最近ちょっと、『悪役令嬢』にしてガチの『ヤンデレ』である私のことを、舐めておられるのではないですの?」
瞳から完全にハイライトを消し去って、こちらに向かって凄む、自称『ヤンデレ悪役令嬢』さん。
それを見て僕は、深々とため息をついた。
「……ねえ、オードリー」
「な、何ですの?」
「GWの間くらい、そういうの、やめない?」
「え? そういうのって……」
「だからさあ、せっかくバカンスをしに外国のリゾート地に行って、日常生活のことを完全に忘れ去って、心身共にリフレッシュしようと思っているんだから、そのようにいつも通りに、自分のことを、『ヤンデレ』とか『悪役令嬢』とかと、言い張るのをやめようって言っているんだよ?」
「──たかが、GWの行楽旅行のために、私のアイデンティティを全否定されてしまいましたわ⁉」
なぜだか、その場に崩れ落ちるようにして膝を屈しうずくまる、年上の婚約者。
「あー、わかってくれれば、いいんだよ。──とにかく今日の宵の口に、王城から航空機で出発するから、オードリーも遅れないで集合してね?」
「……いいんです、私なんて、『ヤンデレ』でもなければ、『悪役令嬢』でもない、何の価値もない、ただの筆頭公爵家令嬢に過ぎないのですから」
何だかオードリーが小声でブツブツ言っているみたいだけど、いつまでも相手にしていても仕方ないので、アネット姉ちゃんと手を繋いで、さっさと学園を後にする僕(鬼畜ショタ王子)であった。
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「……何ですの、これって?」
「何って、今回の旅行の移動手段に、決まっているだろう?」
宵の口の王城の広大なる航空機発着場にて、今回僕らが旅の間ずっと利用することになる、『公用機』を一目見て、驚愕一色の表情に塗り替えられる、オードリーの花の顔。
「た、確かに、今回の移動行程は主に『空の旅』となると、お聞きしておりましたが、私はてっきり、この剣と魔法のファンタジーワールドにふさわしく、飛行石等の主に魔法の力によって運行されている『飛空艇』や、ワイバーン等の飛翔型のモンスターの力を借りるとばかり思っておりましたが、何ですかこの、のっぺりと流線型のボディがカッコいい、超未来型の航空機械は? 世界観と完全にミスマッチでしょうが⁉」
「……ああ、これって『あちらの世界』で『プライベートジェット機』と呼ばれているもので、いわゆるセレブティ御用達の少人数用の自家用飛行機だから、王侯貴族である僕らにふさわしいと思うし、未来的に見えるのは『全翼機』という特殊な形をしているからであり、実はこれって『あちらの世界』においては、何十年も前の『第二次世界大戦』の頃から、プロトタイプが存在していたそうだよ?」
「自家用飛行機ですって? しかし外見からして、飛空艇とはまったく違うではありませんか? 翼だけで胴体がございませんが、私たちはどこに乗ればいいのです? それに何よりも、飛空艇にあるような『プロペラ』がどこにも見当たりませんが、プロペラも無しに飛行機が飛べるのですか?」
「だから言ったでしょ、これは『全翼機』という類いの飛行機なのであって、翼が胴体を兼ねているのであり、僕ら乗客は翼の中央部にちゃんと設置されている、『客席』に乗ることになるんだ。それに『ジェット機』というのは、飛空艇なんかよりもずっと進んだ飛行機械なのであり、プロペラの無いエンジンである『ジェットエンジン』で空を飛ぶことができるのさ」
「プロペラが無いのに、どうやって空に浮かんだり、空中を前進したりすることができるのですの⁉」
「うん、簡単に言うと、ジェットエンジン──特に当機に使われている最新鋭の『ラムジェットエンジン』は、ただの筒みたいなものでありながら、高速で飛行することで、高速かつ大量に取り入れた空気を、エンジン内において圧縮した後に、燃料と混ぜて燃やすことで『強烈な噴流空気』──すなわち『ジェット気流』を生み出して、それを推進力にして高速に飛ぶことができるんだよ」
「ただの筒みたいなものでありながら、入り口から取り込んだ空気を、エンジン内で圧縮したり燃やしたりすることで、より勢いのある噴流にしてから出口より噴射して、飛行機械の推進力にするですって⁉ 確かに飛行機が飛んでいる大空には空気は無尽蔵にあるから、非常に効率的かつエコロジィなエンジンと言わざるを得ませんわね」
「実は航空機用のエンジンて、その構造が単純であるほうが大きな出力を得やすいようになっていて、ただの筒のようなものでしかないこの『ラムジェットエンジン』は、単に飛行機自体が高速で飛んでいるだけで、自然に勢いのある空気をエンジン内に取り込んで圧縮して、高速なジェット気流を生み出すことができて、これをどんどんと繰り返すことで、どんどんとより高速に飛び続けることができるって寸法なのさ」
「……ちょっとお待ちください、高速で飛ぶことによって、高速な空気をエンジン内に取り入れて、その空気を圧縮かつ加熱することで、ジェット気流を得ることができるっておっしゃいますが、そもそもその飛行機が、高速に飛ぶためには、どうすればよろしいのですか? その『ラムジェットエンジン』とやらは、高速で飛んでいないと本格的に稼働できないというのであれば、飛行機が始動してから低速である間は、一体どこから飛行のための動力を得ているのですか?」
「おお、さすがはオードリー、いい質問だ。──でも大丈夫、ちゃんと剣と魔法のファンタジーワールドならではの、解決方法があるから」
「へ? ファンタジーワールドならではの、解決方法って……」
「現代日本あたりだと、高速状態になるまでは、別の大型の飛行機の下部に吊り下げられて運搬してもらったり、別のエンジンを併用したり、通常のターボジェットエンジンとラムジェットエンジンとの『合いの子』のエンジンを使用したりしているらしいんだけど、要はエンジンに高速の空気を流入させればいいんだから、いっそのこと魔法を使える人をパイロットにして、風魔法で無理やりエンジン内に高速の気流を流入させて、ラムジェットエンジンを始動させて、そのまま高速飛行状態まで持っていけばいいってことなんだよ」
「ええー、このような『あちらの世界』の最新鋭の飛行機械を、魔法の力で飛行させるですって⁉」
「……それは違うよ、オードリー。この飛行機は基本的には、現代日本伝来の科学技術によって飛行しているのであり、この世界の文明の発達度からしたらどうしても無理なところに限って、魔法技術によって『補助』してやるだけなのさ」
「つまり、あくまでも科学技術のほうが『主』で、魔法技術のほうが『従』というわけですか?」
「うん、いくら強大なる魔法の力の持ち主であろうと、こんな機械の塊を、何から何まで魔法の力で飛行させるなんて、とても現実的とは言えないだろう?」
「ええ、魔法の箒くらいならともかく、こんなにも大きな飛行機を、魔法使いが個人の力を使って飛ばそうだなんて、正気の沙汰では無いでしょうね」
「それはこの『全翼機』という、特殊な形状からなる飛行機の適切なる運航についても、同様なんだ。こんな胴体も尾翼も無い、主翼だけの飛行機なんて、本来なら非常に機体制御性能が劣悪で、ちょっと突風などで機体が揺らいでしまっただけで、そのまま失速して最悪の場合には墜落すらしかねず、あちらの世界の現代日本等においては、コンピュータによって姿勢制御をしているそうだけど、もちろんこの科学レベルが低劣なる世界で、そんなコンピュータによる制御システムを構築することなぞできるわけがなく、ここでも魔法使いのパイロットが、魔法の力で姿勢制御を行うことになるってわけなんだよ」
「ほえ〜、ほんのちょっぴり魔法によって手助けしてやるだけで、現代日本においても最先端のコンピュータ技術を必要とする、ラムジェット機を適切に運航できるようになるなんて、今更ながらに、魔法というものは大したものなんですねえ」
心底感服したかのようにつぶやく、公爵令嬢。
そこに新たに口を挟んできたのは、第一王子の公私にかかわらぬ教師にして、又従姉のアネット男爵令嬢であった。
「それだけでは、ございません。先ほどの殿下のご説明にもあったように、ジェットエンジンというものは、とりあえず空気を熱すればそれでいいので、使用する燃料のほうも、プロペラ式の飛行機や自動車等に使用されているレシプロ(=ピストン)エンジンのように、ハイオクタンの上質な燃料を必要とはせず、『最低限燃えればいい』ので、低質な燃料でも平気で使用できて、ローコストなのは言うまでもなく、現代日本レベルの高度な燃料の精製技術なぞ必要とはせず、科学技術が遅れているこのファンタジーワールドにとっては、うってつけの航空機用エンジンとも言えるのです!」
「──何と、これまでのお話を総合いたしますと、より先進的なジェットエンジンのほうが、既存のWeb作品にも数多く登場している、プロペラ(=レシプロ)式のエンジンなんかよりも、構造がシンプルで使用燃料も低質なもので構わないからこそ、よりファンタジーワールドにふさわしいわけなのですかあ、ほんと、意外ですわね」
「まあそれも、王子もおっしゃっていたように、この世界ならではの魔法技術の補助があってこそですけどね。実はラムジェットエンジンは『単純に空気を熱するだけの筒』に特化したエンジンだからこそ、レシプロエンジンや他の普通のガスタービン式ジェットエンジン──いわゆる『ターボジェット』なんかよりも、非常に熱に強い部品や非常に効果的な冷却システムを必要としているのですが、そんなものなぞ現代日本の最新の科学技術をもってしても完全には実現されてはおらず、ラムジェットエンジン自体も完璧には実用化されていないといった有り様ですが、我がヨシュモンド王国空軍においては、錬金術等を用いて非常に熱に強い魔法金属を生み出すと同時に、ラムジェット機のパイロットを魔法使いに限定することによって、飛行中にパイロット自らが『氷雪魔法』等で、エンジン内の冷却化を施すといった手法がとられているのですよ」
「へえ、魔法技術を補助的に使うことによって、現代日本においても実用化されていない『未来の飛行機』を、剣と魔法の世界で実際に飛行させているわけですか、何かこれぞ新世代のファンタジーワールドの在り方って感じですわね」
「と言うか、そもそもこんなに『小説家になろう』や『カクヨム』で公開されているWeb小説において、異世界転生が無数に行われておきながら、現代日本の最先端の科学技術が、異世界に普及してないことのほうがおかしいのであって、少なくともこの世界においては、その事実をもはや当たり前の大前提としていて、科学と魔法が真に理想的な形で融合を果たした、『量子魔導』文明が花開いているというわけなのですよ」
「ああ、現代日本のインターネットに当然のようにアクセスできたり、下手したら『ステータスウィンドウ表示』や『読心』や『未来予測』すらも実現し得る、この量子魔導スマートフォンの実現及び普及こそが、いい例でしょうね」
そう言って手にしていたポシェットから、瞳とおそろいの翠玉色のスマホを取り出すオードリー。
どうやら彼女も納得してくれたみたいだし、締めとして僕自身によって、今回のGWにおけるバカンス旅行に向けての決意表明を、改めてすることにしよう。
「──と言うことで、そろそろ出発しようと思うんだけど、今述べたように今回の旅自体も、単なる剣と魔法のファンタジーワールド巡りというわけでは無く、いろいろなタイプの国々が、古来からの魔法技術や超常的伝統イベントと、現代日本からの転生者がもたらしてくれた科学技術とを、どのように融合させているかを見聞して回るって意味合いもあるから、これからの十日間、長いようで短い休日の日々だけど、どうぞよろしくお願いするね♡」




