第63話、GWの宿題は、最終日ギリギリになって始めましょう♡
「──ヒットシー王子、ゴールデンウイーク中の宿題を、今からご一緒にいたしましょう♡」
GWも間近に迫ったある日、私は王城へ赴き、この国の第一王子であるヒットシー=マツモンド=ヨシュモンド様の私室の扉を、ルンルン気分で開け放ちながら、そう言った。
アポなど取ってない突然の来訪であったが、ここへ来るまで何らとがめ立てされることなく、すんなりと王族専用のプライベートスペースへと通された。
──それも、当然であろう。
私ことオードリー=ケイスキーは、この王国の筆頭公爵家の一人娘であり、しかもヒットシー殿下の婚約者なのである。
そのような誰よりも王子と共にあるのがふさわしい令嬢が、(今回に限っては)嘘偽り無く『勉強会』という真っ当な目的で来訪したのである、止め立てする理由なぞどこにも無かった。
……とはいえ、あくまでも私にとっては、そんなことはすべて、『建前』に過ぎないのですけど。
本当の狙いは、このまま宿題を終わらせた後も当然のようにして、GW中はずっと行動を共にするつもりだし、実はそのためにこそいまだ休日前の本日からあえて、王子と二人っきりの状況を確立させておいて、直接的なボディタッチ等を含む急接近を図り、休み中には必ず『既成事実』を成し遂げるといった算段であった。
……ぐふふふふ、我ながら完璧な計画ですわ。
大概こう言った『乙女ゲーム』系Web小説って、私のような『悪役令嬢』はもちろん、最大攻略対象の『第一王子』は、『品行方正な優等生』キャラと相場が決まっており、そして『優等生』と言えば、GWや夏休みの宿題は、休みに入ってすぐどころか、下手すると今回のように、休みに入る前に済ませてしまうものなのでございます!
──え? 何で剣と魔法のファンタジー異世界に、地球においても現代日本限定の行事である、GWが存在しているかですって?
……あのねえ、確かに『GW』ズバリそのままが登場する、異世界系のWeb作品なんてあまり見かけないけど、どうせこの時期になると、『神の祝福の七日間(w)』とか『黄金の一週間(w)』とかいった、各作品独自の『GWモドキ』イベントの大安売りになるんだから、こざかしい『俺ルール』なんてやめて、「これだけ『なろう』や『カクヨム』等で異世界転生が行われているんだから、すでにほとんどすべての異世界においては、『GW』とか『お盆休み』等の、現代日本独自のイベントが根付いていてもおかしくないのだ!」などと言い張って、強引に『GW』とか『お盆休み』を開催してしまえばいいのよ!
まあ、そんなことは置いといて、婚約者である私の突然の訪問に、当のヒットシー王子が、どのように反応なされたかと言うと──
「──え、オードリーはもう、GWの課題に取り組んでいるの? へえ、相変わらず真面目だねえ〜。──でも、悪いけど、僕は休みに入ったらすぐに、バカンスに出かける予定だから、今その準備大わらわなので、一人で頑張ってね。もちろん旅先においても君のことは、王侯貴族専用のプライベートビーチで、優雅にマティーニでもたしなみながら、心の中で応援しているよ♡」
そのように、アロハシャツとハーフパンツとミラーコートのサングラス姿といった、完全にリゾート気分満喫中の十歳ほどの少年が、部屋中に大きな旅行バックやガイドブックや着替えやダイビングセット等々を広げて、こちらへ視線すらも寄越さずに、さもぞんざいに言い放ったのであった。
「──いやいやいや、何ですか王子、そのすでに完全なGW気分いっぱいな有り様は⁉」
「へ? オードリー、何言っているの? まさにGWが間近に迫っているんだから、GW気分でいても、別に構わないじゃないの?」
「だってあなたは、十歳ながら我が魔法学園の高等部に飛び級編入されて、しかもこの私と常に学年1位を争われていて、そして何よりも、全国民に範を示すべき王族の嗜みとして、長期休暇中の宿題なんかは、まず最初にすべて片付けてから、バカンスを楽しむといったパターンが、お約束なんでしょうが?」
「はあ? むしろ将来国を背負って立つべき世継ぎの王子だからこそ、GWや夏休み等の長期休暇においては、ほとんど全日にわたって宿題のことなんか完全に忘れて遊びほうけて、最終日ギリギリになってようやく宿題のことを思い出して、慌てて取り組んで何とか間に合わせるといった、いわゆるWeb小説とかでご存じの、『劣等生スキル』を磨かなければならないんじゃないか?」
………………………は?
え、え、何でえ⁉
GWはほとんど遊びほうけて、最終日ギリギリになって宿題に取り組むなんて!
それにどうして、『優等生』のヒットシー様が、わざわざ『劣等生スキル』を身につけようとなさっているのよ⁉
そのように、私が大混乱に陥っていた、まさにその時。
「──王子、ご旅行の準備は、整われましたか?」
「あっ、アネット姉ちゃん!」
──っ。
私同様に、いかにも『勝手知ったる』といった気安さで、王子の私室へと入ってきたのは、私たちの担任魔法教師であり、王子の又従姉に当たる、アネット男爵令嬢であった。
「──アネット先生、聞いてくださいまし!」
「あら、どうしたの、オードリーさん?」
「ヒットシー王子ったら、今度のGW中はずっと遊びほうけて、最終日ギリギリになって初めて、宿題に取りかかるなんておっしゃっているのですよ⁉」
「えっ?」
「ね、ね、担任教師であり、王子の又従姉としては、看過できないでしょう⁉」
「ちょ、ちょっと、オードリーさん、落ち着いてください!」
そのように、もはや我を忘れてまくし立てる私に対して、いったん制止の言葉をかけてから、
──とんでもないことを言い出す、目の前のアラサー男爵令嬢。
「看過できるもできないも、王子にそのように指導教育してきましたのは、他ならぬこの私なのですよ?」
………………………へ?
「ななな何で、公的にも私的にも教育係であられる、アネット先生が王子に対して、そのようなだらけきった長期休暇の過ごし方を、ご指導なさるのですか⁉」
「……だらけきったって、ああ、そういうことですか?」
「え、そういうこと、って……」
「オードリーさん、あなたって、Web小説やラノベにありがちな、少々時代錯誤でステレオタイプの『優等生』キャラでしょう?」
──な、何ですとお?
「……アネット先生、言うに事欠いて、筆頭公爵家令嬢である私のことを、時代錯誤とかステレオタイプなどと呼ばわったりなさって、いくら何でも失礼ではありませんか⁉」
「お怒りはごもっともですが、何もこれはオードリーさんだけに限った話ではないのです、何とありとあらゆる『乙女ゲーム転生』系作品の『悪役令嬢』や『第一王子』はもとより、ありとあらゆるWeb小説やラノベの『優等生』キャラのほとんど全員が、そのような文字通りの『馬鹿の一つ覚え』であり続けているのですよ?」
「ば、馬鹿の一つ覚えって⁉ …………あ、でも、Web小説やラノベの『優等生』キャラの、ほとんど全員が該当するのなら、別に問題は無いのでは?」
「──何言っているのです! そのような『赤信号、みんなで渡れば怖くない』を地で行く、事なかれ主義の現状維持的認識こそが、Web小説やラノベにとっての『真の発展』を妨げているのではないですか⁉」
「ひっ、ごめんなさい!」
男爵令嬢の鬼の形相の剣幕に、思わずビビって詫びを入れる公爵令嬢。
「……それに何よりも、『誤った考え』であれば、なおさらでしょう?」
「はあ? 誤った考え、って……」
「──ここで、すべてのWeb作家の皆様に朗報です! 何と皆様が締め切りギリギリになるまでサボり続けているのは、けして間違ったことではなく、むしろ『人間として正しい』ことなのです! なぜなら、『人間というものは、常に全力を出し続けることなぞできず』、いわゆる『火事場の馬鹿力』等の、ここぞという時のみ以外に『全力を出し続けると、死んでしまう』のですから!」
「ええっ、生物学的には、人間は全力を出すことができないなんて、そんな馬鹿な⁉」
「よって本気でGWや夏休み等の長期休暇中の宿題を成し遂げようとすれば、休みの初め頃にだらだらやるよりも、最終日ギリギリになって、『真の全力』を振り絞って取り組んだほうが、よほど能率的なのですよ」
「そ、そりゃあ、同じ宿題に取り組むとしても、短期間で集中して、ほぼ全力に近い形で行ったほうが、より望ましいのは確かでしょうけど……」
「それだけではございません、将来実社会に出て何らかの職務に就いた際には、けしてGWや夏休みの初期段階のような時間的余裕なぞあり得ず、毎日が『最終日ギリギリ』のような状態なのであって、王子個人にとっても、土壇場になって宿題を片付ける癖を付けつつ、長期休暇のほとんどにおいては、宿題のことなぞ完全に放り出して、遊びや旅行等に費やして、『社会勉強』を積み重ねていくことこそ、将来一国の指導者となった時に、非常に有益な経験となることでしょう」
「──た、確かに! むしろこっちこそ、『ド正論』じゃありませんの? 今までのWeb小説やラノベって、一体何だったのですか⁉」
「だから申したでしょう、現状維持的思想こそが、Web小説やラノベにおける『真の発展』を妨げているって? よって仮にも『小説家』を名乗ろうとする者は、むしろ常に既存の小説における『常識』を疑い続けて、小説における『真理』というものを、断じて先人の猿真似などではなく、自分自身の脳みそで考え続けることによって、探究していかねばならないのです!」
「……ううう、非常に耳の痛い御指摘でございます」
「──というわけで、私と王子はGWが始まり次第、長期のバカンスに出かけますので、オードリーさんにおかれましては、宿題のほう、どうぞ頑張ってください」
「お土産はちゃんと買ってくるから、心配しないでねえ!」
………………………え。
「ちょっと、アネット先生のみならず、王子まで一緒になって、何を輝くような笑顔でおっしゃっているのですか⁉ ──宿題は最終日ギリギリになって取り組んだほうが、よろしいんでしょう⁉ 私もそのバカンスとやらに、連れて行ってくださいよ!」
「え、でも、『やる気なった時こそやるべし』とも申しますし、せっかくのオードリーさんのご意思を無下にするのも、忍びないので……」
「うんうん、そうだよ、オードリー。僕らのことなんて構わずに、君は思いっきり独りっきりで、宿題に取り込みなよ」
「何その、いかにも私自身のためを装った、『お邪魔虫』扱いは⁉ そもそも、れっきとした婚約者がいるというのに、未婚の男女が二人っきりでバカンスに行くなんて、おかしいでしょうが⁉」
「……だって私は、王子の又従姉ですし」
「……二人っきりと言っても、一応王族の旅行なんだから、侍女さんなんかもついてくるし」
「行くったら、行くの! 私をハブろうなんて、百年早いのでございます! ──『ヤンデレ悪役令嬢』を舐めるんじゃねえ! たとえ王子自らが拒まれようと、ストーカーするのみですわ!」
「……うわっ、この公爵令嬢、ガチで『ストーカー宣言』しやがったよ」
「……仕方ありません、殿下。ストーカーされるくらいなら、一緒に同行していただきましょう」
「あ、うん、アネット姉ちゃんがそれでいいなら、僕も構わないけど……」
「うふふ、私は王子さえ一緒におられるのなら、他はどうだっていいですよ♡」
「うん、もちろん僕だって、アネット姉ちゃんが一緒なら、他に誰がいようが、我慢できるさ♡」
──そう言って、いかにも仲睦まじそうに、微笑み合う、疑似姉弟。
「──禁止! 禁止! 私の前で二人だけの世界を作って、いちゃつくのは禁止です! ──それに何ですか、人のことをあくまでも『お荷物』扱いして⁉ 覚えてらっしゃい、正式にGWが始まったら、目に物を見せて差し上げますからね!」




