第59話、『悪役令嬢×ショタ王子』それは僕のお稲荷さんだ。(その3)
いかにも自信満々のドヤ顔で、長々と続いた蘊蓄解説を終える、ヨシュモンド王国筆頭公爵家令嬢オードリー=ケイスキーであったが、私こと、大陸極東の超軍事国家ヤマトン王国の女王、タマモ=クミホ=メツボシとしては、とても納得できたものではなかった。
「『幸せになれる未来』か『リスク回避』かの、どちらかとか言う以前に、そのちっぽけなスマホが、量子コンピュータ同然の、無限の未来の可能性をすべて予測計算する能力を持っているということ自体が、まずもって到底信じられないのだが⁉」
しかし当の『悪役メイド令嬢』のほうは、相も変わらず余裕たっぷりに言ってのける。
「もちろんこのスマホ個体で、すべてをまかなえるわけではなく、常時集合的無意識と接続状態にあり、情報を相互にフィードバックしている必要があります。──ただし、このスマホの中に、『未来予測』や『読心』を始めとする、あらゆる超常現象を実現するために必要な、すべての『情報』が存在していることも、また事実なのですわ」
「はあ? 『読心』等のどんな異能も実現できるというのもアレだが、『未来予測』──つまりは、現段階では存在していないはずの『情報』が、あらかじめ内包されているって、どういうことだ⁉」
「この『情報』については、『アナログ』ではなく、まさに『デジタルデータ』的なものとしてお考えいただきたいのですけど、あちらの世界の『英文学』が、基本的にアルファベット26文字だけで、あらゆる作品を表現できるように、更にはコンピュータにおいては、『0』と『1』の二進法によって、文章はおろか音声や画像や動画等々、世界におけるあらゆる現象を再現できるように、この量子魔導スマートフォンの中にも、『実際には一つ一つが「一瞬のみの時点」に過ぎない世界なるもの』を表現するために必要な、『情報』がすべて内包されいますので、集合的無意識よりリアルタイムで送られてくる、その時点において『未来予測』や『読心』を行うための『ガイドライン』に従って、必要な『情報』を組み立てることよって、『未来予測』や『読心』としての適切なる解答を算出することを、成し得ているといった次第ですの」
「『情報』を組み立てることよって、あらゆる解答を算出できるって……」
「さっき述べたように、アルファベット26字のみの組み合わせの仕方によって、あらゆる英文学を作成できたり、限られた元素記号の組み合わせの仕方によって、あらゆる分子化合物が生成されたりするようなものだと、イメージしていただければよろしいかと思いますけど?」
……ああ、なるほど。
そもそもこの世の万物の物理量の最小単位は『量子』なんだから、量子こそを基本的な『情報』として、超次元的な量子ビット演算能力を誇る、量子魔導スマートフォンであれば、この世のあらゆる事象を視覚的及び聴覚的に算出することすらも、十分可能というわけか。
そのように私が何とか納得し始めたのを見て取ったのか、更にたたみかけるようにまくし立ててくる、メイド姿の悪役令嬢。
「しかも何度も申しますように、予測する未来についても、事前のリスク回避を行うための『不幸になる未来』に──それも、私にとってはこの世で我が身よりも大切な、ヒットシー王子の身に危害が及び得る未来だけに限定しておりますので、そのすべてを参照しても別に大した数にもならず、私一人でも十分に対処できて、今回はこうして、タマモ女王様の王子に対する悪巧みを事前に的確に察知して、完璧に対応できたというわけでございますの」
「いやいやいや、人一人とはいえ、その者が不幸になり得る可能性を、1年365日1日24時間常に予測計算し続けるとしたら、事前に対応しなければならない『リスク』候補も膨大なものとなり、貴様一人ではとても対応できたものではないだろうが⁉」
そんな私の相手のお株を奪う論理的追及に対して、相も変わらずにこやかな笑みをわずかに曇らせることすらもない、目の前の公爵令嬢メイド。
「いえ、それがですねえ、『王子に危害が及び得る未来の可能性』を予測計算しているはずなのに、算出される『候補』のほとんどが、これから私自身が王子に対して行おうとしていることばかりに、占められているのですよう。おかしいですわねえ、このスマホ、調子が悪いのでしょうか? ──ああ、そうそう、私が王子に何か仕掛ける場合は、できるだけ『危険日』を選んでおりますので、そこのところが『危険な未来の可能性』に、該当してしまっているのかも知れませんねえ──きゃっ、私ったら、罪な女♡」
そう言って、顔を両手で覆って腰をくねくねとくねらせて、いかにも『恥じらう乙女』をアピールする、『危険』と言うよりも『あざとい』女。
それを見て心底うんざりとなる、私とすぐ隣にいるヒットシー王子。
……あー、そう言うことかあ。
考えてみれば、ヒットシー殿下に『不幸なる未来』をもたらし得る人物筆頭と言えば、他ならぬオードリー嬢以外の何者でも無く、量子魔導スマートフォンによって予測計算される、『王子にとって不幸になり得る未来の可能性』のほとんども、オードリーがこれから行おうとしている悪巧みが大半を占めるからして、それ以外の『リスク候補』の数などたかが知れており、彼女一人で余裕で対応できるというわけだ。
特に今回彼女が、王子の側を何日も平気で離れることができたのも、その間に王子に危害を加えそうな人物が、彼女と私以外にいそうもなかったからであろう。
「うふふふふ、どうやら陛下にもご理解いただけたようですわね。──さあ、どうなさいます? 一応王子は私とともに婚前旅行を楽しんでおることにいたしておりますので、今のうちに『ごめんなさい』をなされるのであれば、今回の件はすべて不問にして差し上げますが?」
もはや自分の勝利を完全に確信し、余裕綽々の態度で、全面降伏を勧告してくる、仮想敵国の公爵令嬢にして、最大の恋敵。
もちろん、何よりも闘い続けることこそを義務づけられた、尚武の国の女王にして、最凶の神獣の化身としては、そのような屈辱的申し出なぞに、応じられるはずもなかった。
「……舐めるな、小娘、まだ勝負はついてはいないぞ!」
「いえいえ、それって完璧に、『負けフラグ』ですわよ? ──まあ、いいでしょう、そちらのお気が済むまで、お付き合いして差し上げますわ♡」
内に燃えたぎるような闘志を秘めながら、にらみ合う両雄(二人とも女の子だけど)。
「……女王陛下?」
「──ヒットシー殿下、危ないので、お下がりください」
さすがに剣呑な雰囲気を感じ取ったのか、心配げな声を上げる『愛しい人』を庇うかのように、ずずいっと前に出て、まさにその『愛しい人』には、とても見せられない姿となるための、禁忌の言葉を口にする。
「──霊弧妖弧仙弧神狐聖狐天弧瑞弧福弧王弧、皆々様方、我が身に宿りたまえ!」
一度に九つもの聖なる『狐魂』を我が身に降ろし、一気に『第九形態』へと移行する!
『ケ────ンンンンンン!!!』
「……ほう?」
さすがに音に聞こえし『悪役令嬢』すらも、思わず感嘆の声を漏らした。
──無理もない。
今彼女の目の前にいるのは、もはや弱冠二十歳ほどのか弱く儚げな麗しの女王様などではなく、
全身を輝く銀毛に覆われ、神族に等しき霊気を宿した、九本もの尻尾を誇らしげに揺らす、大妖怪にして神獣たる、九尾の狐であったのだ。




