第58話、『悪役令嬢×ショタ王子』それは僕のお稲荷さんだ。(その2)
「……それで、一体何なんですか、この状況は?」
あれよあれよと、意味不明の怒濤のような事態の連続の末に、ようやく人心地つくや否や、僕ことマツモンド王国の第一王子である、ヒットシー=マツモンド=ヨシュモンドは、今回の一連の騒動の『首謀者』と思われる女性に向かって、至極当然の疑問を呈した。
──しかし、
「本当に、ごめんなさいねえ♡ 急な長旅、さぞやお疲れでしょう♡ ゆっくり休んでくださいねえ♡ 今、お茶のご用意しますから♡ それともお食事のほうがよろしいですかあ♡」
そう言いながら、かいがいしくお茶の用意をしようとする、大陸極東部の海上にて弓状に連なる超軍事国家、ヤマトン王国の支配者、女王タマモ=クミホ=メツボシ。
月の雫のごとき銀白色の長い髪の毛に縁取られた、彫りが深く端麗なる小顔の中で煌めいている、夜空の満月そのままの黄金色の瞳に、年の頃二十歳ほどのほっそりとした白磁の肌の肢体を包み込む、漆黒の以外にシンプルなワンピースドレスといった出で立ちは、噂に聞く恐怖の独裁者というよりも、いかにも可憐なお姫様といった感じであったが、
何でその上更に、メイドさんみたいに純白のエプロンドレスを着込んで、メイドさんみたいに『虜囚』であるはずの僕に対して、嬉々としてご奉仕しているのですか⁉
……ううっ、ツッコミどころが多すぎて、処理できねえ〜〜〜。
とりあえずは、台詞内のセンテンスの語尾に、いちいち『♡マーク』を付けるのをやめろ!
「……ええと、クミホ陛下?」
「はい?」
「ここは、ヤマトン王国首都ナデシコに所在する、王国のシンボルであり女王であるあなたの居城でもある、『エドワード・ベランメ城』で、間違いないんですよね?」
「ええ、その通りです」
「ということは、ヨシュモンド王国の王城の自分の部屋でくつろいでいた僕を、いきなり特殊部隊に攫わせて、大陸中央部から極東部の海上に浮かぶこの弓状列島まで、飛空艇に乗せて延々と空の旅を満喫させて、現在はこの国の女王陛下のプライベートルームの隣の部屋にて、軟禁状態にさせている張本人は、あなたということなんですね?」
「はい、もちろんです!」
「──もちろんじゃ、ねええええええええええええっ!!!」
「お、王子、どうなさったのです? お気を確かに!」
「『どうなさったの』も『お気を確かに』も、こっちの台詞だよ⁉ 何で一国の王子を拉致監禁して、平気な顔をしているの? これってもはや『外交問題』とかのレベルではなく、『開戦理由』として十分だよね⁉」
至極当然のようにして、猛烈な勢いで食ってかかっていく、囚われの王子様。
しかしその誘拐犯の女王様は、少しも動じず、ニッコリと微笑んだ。
「むしろ、戦になったほうが、望むところですわ。──お忘れですか? この国は大陸一の軍事国家であり、私自身は恐れるものなぞ何も無い、冷酷無比で大評判の独裁者なのですよ?」
「──っ」
……そうだ、僕は何を勘違いしていたのだ。
僕の前ではいつも、『優しく綺麗なお姉さん』として振る舞われているものだから、すっかり気を許していたけれど、この女はあくまでも仮想敵国の最高権力者なのである。
「──で、でも、うちの国の軍隊だって、精強であることは大陸中に知れ渡っており、たとえヤマトン軍を相手にしようが、むざむざと一方的に敗れたりはしませんよ⁉」
「あら、うちの特務部隊にあっさりと、何よりも大切な次期国王後継者であられる、あなた様を奪取されてしまった軍隊なぞ、いかほどのものでしょうか?」
「うぐっ…………そ、それは、普段はオードリーが常に僕の側にいるものだから、近衛等の軍部のほうも安心して任せていたからであり、今回はたまたま、オードリーが数日前から何も言わずに姿を消してしまって、今回の件には対応できなかっただけであって……」
「こんな肝心な時に役に立たない、『悪役令嬢』などに、何の価値がありましょうや?」
「ぐううっ!」
完全にやり込められて、僕が言葉を失ってしまった、まさにその時、
「──失礼いたします」
数回のノックとともに扉が開いて、ワゴンにティーセットやお茶請けのクッキー等を載せた、メイドさんが──って⁉
「ぬっ、確かにちょうど今、王子にお茶をおもてなししようとしたところだが、別に人を呼んだ覚えはないぞ? …………うん、貴様、どこかで見たような?」
確かにそこに現れた、一五、六歳ほどの年頃の少女は、すでに凹凸の目立つ女性らしい肢体をメイド衣装に包み込んではいるものの、後ろで一つに結ばれた長いブロンドヘアに縁取られた、彫りの深く端麗な小顔の中では翠玉色の瞳が、あたかも目の前の女王や王子すらも見下すかのように、さも尊大に煌めいていたのである。
そして更に、瞳と同じ色のスマートフォンをこちらへと見せつけるようにして掲げ上げるや、とんでもないことを言い放つ、『悪役メイド令嬢』。
「──あら、それは失礼いたしました、女王陛下。何せこの『量子魔導スマートフォン』の未来予測機能によって、陛下がお茶をご所望になられていることを感知いたしましたので、取り急ぎお茶請け共々ご用意してまかり越しました次第ですの♡」
「──っ。そのスマホは⁉ き、貴様まさか、オードリー=ケイスキー! なぜ貴様がメイドの格好をして、我が城にいるのだ⁉」
「なぜって、ただ単に、先頃この王城で臨時で募集なされた、王族付きの侍女として、この国の去る大貴族の方のつてを頼って、特別に採用していただいただけですわ」
「何で他国の筆頭公爵家の令嬢である貴様が、我が王城のメイドなんかになろうとするんだ? これが拉致監禁する予定だったヒットシー王子の、専用のお世話係であることについては、完全に秘していたはずだぞ⁉」
驚愕のあまり声を荒げる、この部屋の──否──この王城の──否否、この超軍事国家の主殿。
それに対して、あくまでも余裕綽々の笑顔のままで、重ねて珍妙なることを言ってのけるエセメイド。
「だ・か・ら、真に理想的な未来予測──すなわち、『リスク回避』機能を有するこのスマホによって、ヒットシー王子が貴国の手で拉致監禁される怖れがあることを察知して、先回りしてこの王城に身分を偽り潜伏していたわけですわ♡」
「………………………は? 何だその、『リスク回避機能』というのは? ──ていうか、たとえ未来予測能力を有していようが、今回の『拉致監禁計画』を、ピンポイントで的中させたりできるわけがないだろうが⁉ それともその量子魔導スマートフォンとやらは、未来の出来事を望むがままにただ一つだけ、必ずズバリと的中させることができるとでも言うのか⁉」
「まさか、そんな。未来の出来事をただ一つだけピタリと予知することなんて、たとえ神様であろうが、できるわけがありませんわ」
「だったら、どうして貴様は、こちらの策謀に対して、何から何まで事前に察知することができたのだ⁉」
「だから申しているではありませんか? このスマホには、『唯一絶対の的中能力』は無いものの、真に理想的な未来予測である『リスク回避能力』を備えていると」
「だから何で、リスクを回避することが、理想的な未来予測になるのか、聞いているんだよ⁉」
あくまでも謎めいた言葉を弄し続けるばかりのオードリーに業を煮やす女王陛下であったが、ここで唐突にこれまでなく真摯な表情となる、『悪役メイド令嬢』。
「なぜに、たとえ神様同然の『全知』の力を有していようとも、『絶対に的中する未来予測』を為し得ないのか? それは人というものは誰しも、『幸福になる未来』を知ることばかりを欲しているからです。──しかし、大変残念なことにも、我々の人生のすべての場面において、必ず『不幸になる可能性』が潜んでおり、たとえSF小説に出てくるような真に理想的な量子コンピュータに、『幸せになる未来』を予測計算させたところで、そこには同時に、たとえほんのわずかであろうとも、『不幸になる可能性』も潜んでおり、予測結果に従って行動したところで、手放しに幸福になれるとは限りません。──なぜならご存じのように未来には無限の可能性がありますゆえに、必ずしも量子コンピュータが弾き出した未来予測通りにいくとは限らないわけですし。──だったらあえて、量子コンピュータと同等の計算処理能力を有するこの量子魔導スマートフォンに、『不幸になる未来の可能性』をすべて算出させて、それを踏まえて細心の注意を払って行動することで、すべてのリスクを事前に回避することができたならば、当然『不幸になることは無くなり』、結果的に『幸福な未来』を手にできるとは思われませんか?」
「「──‼」」
目の前のエセメイド少女の、あまりにも突飛な──それでいて、確かに頷ける『超論理』を聞かされて、唖然となり完全に言葉を失う、女王様&王子様の二人。
「そう。あらゆる未来を予測計算できるゆえに、『唯一絶対の幸福な未来』を導き出すことができないでいる、真に理想的な未来予測マシンを、あえて『あらゆる不幸な未来』を予測計算させることで、逆説的に『幸福な未来』を手に入れるというわけなのですよ♡」




