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第57話、『悪役令嬢×ショタ王子』それは僕のお稲荷さんだ。(その1)

 大陸極東部の海上にて弓状に連なる超軍事国家、ヤマトン王国の首都ナデシコ中央部にそびえ立つ、王国のシンボルであり女王タマモ=クミホ=メツボシの居城でもある、『エドワード・ベランメ』。


 現在その最上階の最高幹部会議室においては、これまでにない緊張感に包まれていた。


 ──それも、そのはずである。


 世界一の軍事国家でありながら諸般の理由にて、ここ最近においては悲願の『大陸侵攻作戦』がすっかり棚上げされていたところに、いきなりの女王御自らの、軍関係者を中心にした最高幹部会議の招集なのである、




 軍事的に重要な命令が下されるのは、火を見るより明らかであった。




「──諸君、多忙な折に急な招集に応じてくれて、感謝する」


「「「ははっ! 我らこそ、陛下のご尊顔を拝し、恐悦至極にございます!」」」


 直立不動で己を出迎えた海千山千の最高首脳陣に対して、軽く口上を述べるや、大円卓の上座の席に着く、漆黒のドレスをまとった弱冠二十歳(はたち)ほどの、見るからに華奢でか弱そうな女性。


 しかしこの場には、彼女のことを侮るような不心得者は、一人もいなかった。




 なぜならまさにこの、月の雫のごとく長い銀白色の髪に縁取られた彫りの深い端整な小顔の中で、夜空の満月そのままの黄金きん色の瞳を煌めかせている、いまだ年若き女性こそが、尚武の国として名高いこのヤマトン王国の、現女王陛下その人であったのだから。




「……して、陛下、此度はどのような議題について、朝議を行われるおつもりでございましょうか?」


 幹部衆を代表して、宰相を務めるロマンスグレーの美丈夫がお伺いを立てるや、わずかのよどみもなく答えを返す、若き女王。




「うむ、他でもない、そろそろヨシュモンド王国に対して、次の一手を打とうかと思うのだ」




 ──その途端、会議室に、衝撃が走った。


 ざわつく同僚たちを代弁するかのように、懐疑の声を上げる宰相。


「ヨシュモンド王国ですと⁉ し、しかし、あの国には──」


「ああ、問題は『悪役令嬢』だ。大陸最強かつ最凶のあの化物がいる限り、軍事的侵攻を始め、あらゆる手立てが意味をなし得ないだろう」


「だ、だったら、何ゆえ、今更かの国を、相手取ろうなどと?」


「だから、何か妙案は無いものかと、貴君らを招聘したのだ。何でもいい、奇策搦め手謀略等々、手段は問わぬ、遠慮なく意見を述べてくれ」


「はあ、そ、そういうことで、ございましたら……」


 そのように一応は納得の意を示しつつも、周囲の大臣や将軍たちと目配せ合って、お互いの困り顔を確認し合い、こっそりとため息をつく幹部たち。


 それも無理からぬ話で、何と言っても相手はかの、『悪役』令嬢なのである。


 その莫大なる魔導力や強大なる戦闘力は言うに及ばず、悪巧みや鬼謀そのものの戦術や戦略の才においても、この大陸には追随できる者などいなかったのだ。


 ──しかしそこは謀略の専門家として、これ以上沈黙を続けるのは沽券にかかわるのか、この王国において謀略と暗殺を司る、諜報及び工作担当の特務大臣が、おずおずと口を開いた。


「……あの、よろしいでしょうか?」


「む、貴殿か、さすがは本職、何か思いついたか?」


「え、ええ、実は我が配下が掴んだ情報によりますと、かの『悪役令嬢』──オードリー=ケイスキー公爵令嬢は、殊の外婚約者のヒットシー第一王子にご執心とのことでして」


「……むう、確かに、忌々しいことにな」


「え? 忌々しい、ですと?」


「いいから、続けろ」


「あ、はい。それで、いっそのこと、王子を我が手の者を使って、亡き者にしてしまえば、平常心を失った『悪役令嬢』めは、もはや使い物にならなくなるものと思われ、その間隙を縫って、大軍をもって一気呵成に攻め込めば、十分に勝機はあるものと──」




「──衛兵! この者を直ちに捕らえて、投獄せよ!」




「えっ、えっ、ちょっ、陛下⁉」


「貴様は即刻銃殺だ、口答えは許さん。それ以上その不快な口を開けば、処罰は一族郎党にも及ぶと思え!」


「そ、そんなあ⁉ お慈悲を! 陛下、どうか、お慈悲をををををを!!!」


 屈強な衛兵たちに引っ立てられていく特務大臣から、あえて視線をそらし、真っ青になってうつむく最高幹部たち。


 久々に目の当たりにした、若き女王の冷酷無比な独裁者の顔に、数々の修羅場をかいくぐってきた大貴族たちの誰もが、心底震え上がっていた。


 ……いや、待てよ?


 これって、いくら独裁者や女王といえども、ちょっとおかしんじゃね?


「(おずおず)あ、あの、陛下?」


「(イラッ)何だ、宰相⁉」


「(ビクッ)い、いえっ、そのっ、今の特務大臣殿の発言は、確かにいささか突飛ではありましたものの、一応考慮すべき点もあるかと思いまして……」


「……ほう、貴様も銃殺をご所望か? それとも、我が自ら、首をはねてやろうか?」


「ど、どうか、落ち着いて、最後まで話をお聞きください! 陛下が危惧なされるように、いきなり一国の世継ぎの王子を暗殺したりすれば、将来にわたり遺恨が残り、たとえいくさに勝利してかの国を支配しようとも、臣民たちはけして我らに従おうとはせず、軍事的反乱はもちろん、日常的な抵抗運動レジスタンス等も絶えることはないでしょう。まさにその意味では『愚策中の愚策』であり、陛下の厳しい処断も、理に適っていると申せます」


「──そ、そうなのよねえ! 私はあくまでも今宰相が言ったように、為政者としての政治的判断によって、特務大臣を処罰したのであって、そこには私の個人的感情なんて、微塵も無いんだよねえ!」


「……陛下?」


「い、いや、何でもない、続けろ」


「それでですねえ、暗殺は論外とはいえ、特務大臣配下の腕利きの工作員を派遣し、いまだ幼いヒットシー殿下を『暗殺』でなく『誘拐』して、この王城へと軟禁し『人質』に取れば、悪役令嬢はおろかヨシュモンド国軍自体すらもうかつに手出しできなくなり、いくさにしろ外交交渉にしろ、すべてはこちらのペースで進めることができて、殿下との交換として領地の一部を割譲させて、我が王国の悲願である、大陸における橋頭堡の確立をも成し得るかと存じますが?」




「ヒットシーたんを、誘拐してこの城に軟禁するだと? ──いいね、それ! 特に幼い男の子を監禁するとか、犯罪チックなところが♡」




「……は? ヒットシー()()て。それに、監禁ではなく軟禁であって、けして一国の王子を、粗略に扱うものではございませぬぞ?」


「当然だ! 王子にかすり傷一つ付けてみろ、一族郎党縛り首だからな⁉ ……ぐふふふふ、そうかそうか、これでヒットシーたんを、大手を振って我が城にお招きできるわけだ。うんうん、宰相、よくぞ申した! 元々のアイディアを出してくれた特務大臣にも、特別に恩赦を与えて、銃殺は中止すると共に、良き意見に対する褒賞を与えようぞ!」


「か、寛大なるご処置、誠にありがとうございまする。──これ、衛兵、すぐさま大臣を解放しろ!」


「「「はっ」」」


「あ、それから、侍従長と施設管理大臣は、即刻王子を迎え入れる準備に取りかかれ。くれぐれもヒットシーたんに不便無きよう、侍従及び侍女の再教育と、お泊まりいただく()()()()()()()特別貴賓室の改修を、急ぎ執り行わせろ!」


「「「は、はあ…………(隣の貴賓室って、あそこは普通、陛下の近親者の方専用だったのでは?)」」」


 魔王よりも恐ろしいと大好評の、女王陛下の突然の豹変(つうか乱心?)に、呆気にとられるばかりの、最高幹部や侍従たち。




 ──だから、気がつかなかったのである、その時銀髪の麗人の口元が、不気味に笑み歪んだことに。




「……くくく、楽しみじゃて。今度こそヒットシーたんを、我が物にしてみせるからな!」

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