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第56話、『悪役メイド令嬢』夢の中で……。

「──あなた、お茶が入りましたわ」


「……ああ、ありがとう」


 うららかな休日の午後、妻の入れた紅茶の馥郁たる香りが、リビングを包み込んでいく。




 ──幸せだ。




 まさに、怖いほどに。




 ──だから僕は、いけないことだと思いつつも、最愛の妻に向かって、試すようなことをささやきかけた。




「……ねえ、タマモは、僕なんかと結婚して、本当に良かったの?」


「まあ、あなた、何を突然おっしゃるの?」


 おそらくは、僕が冗談でも言っているかと思って、笑顔で聞き返してくる、つやめく長い銀髪も麗しき、絶世の美女。


 しかし僕のほうは、結構本気で悩んでいたのだ。


「だってタマモは、十分に大人なのに、王族同士の結婚としてはよくあることとはいえ、こんないまだ年端もいかない僕なんかを夫にして、不満に思っているんじゃないの?」


 そんな自虐的な()()の言葉を聞くや、血相を変えて迫ってくる、トパーズみたいな黄金きん色の瞳。


「ななな何をいきなりおっしゃるのです⁉ まさか、こんなオバサンが妻であることが、お嫌になられたとか⁉」


「え、いや、タマモは十分若いでしょ? まだ二十歳はたち前後だし。それに比べて僕のほうは、ようやく十歳になったばかりの、ガキンチョだし……」


「十歳のガキンチョだから、いいのではありませんか⁉…………じゃなかった、ヒットシー様には、年齢なんか、関係ありません! 事実誰よりも聡明で、度胸も人並み以上にあられるではありませんか⁉」


「──今ちょっと、本音が漏れていたよね⁉」


「……さあて、何のことですやら?」


 そのわざとらしいとぼけようときたら、何だか『誰かさん』を彷彿とさせるものの、その『誰かさん』のことは、どうしても思い出せないんだけど、なぜなんだろう?


「いや、そもそも、どうして十歳以上も歳の離れている僕たちが、こうして当たり前の顔をして、夫婦なんかやっているの⁉」


「さっきご自身でも、おっしゃっていたではありませんか? この程度の歳の差カップルくらい、王族の政略結婚では、別に珍しいことではございませんよ」


「えっ、僕たち、政略結婚だったの? その割には仲がいいね!」


「おほほほほ、お陰様で」




 ……おかしい。


 なぜか、ほんの今し方まで、全然気にならなかったけど、考えてみれば、違和感がありすぎる。


 そもそも僕らって、いつの間に結婚したんだ?


 だって、今僕の目の前で、いかにも『若奥さん』そのままに、かいがいしく世話を焼いてくれている美人さんて、極東の島国の超軍事国家ヤマトン王国の、タマモ=クミホ=メツボシ女王陛下だよね。




 あの残虐非道で、魔王よりも魔王らしいとさえ噂されている、霊獣九尾の狐の末裔の。




 ──って、『狐』?


 狐って、あの、いろんなものに化けて、()()()()()()()()()()()するやつ?


 ……まさか、この状況って。




 僕が疑いのまなこで睨みつければ、わざとらしく視線をそらす妙齢の美女。


 ──怪しい!




「……あ〜あ、もうバレてやんの。やっぱりあなたごときでは、無理があったのですよ、ヒットシー様の妻になりすますなんて、身の程知らずな真似は」




 その時まるで、僕の心中を代弁するように響き渡る、第三の声。

 思わず振り返れば、そこにいたのは、


「──へ、メイドさん?」


 そうなのである、濃紺のワンピースと純白のエプロンドレスとで、十五、六歳くらいのほっそりとしながらも出るところは出ている、十分に女らしい肢体を包み込み、ヘッドドレスを載せた輝くようなブロンドヘアを後ろで一本に結んだ、メイドと呼ぶにはなんともゴージャスな雰囲気の美少女が、自信満々な笑みを湛えて仁王立ちしていたのだ。


 彫りが深く端麗な小顔の中で、神秘的に煌めいている、翠玉色エメラルドグリーンの瞳。


「──なっ、『悪役令嬢』⁉ 何であなたが、この世界の中に、侵入することができたの⁉」


 なぜかこれまでの余裕を完全に失い、意味不明なことを口走り始める、銀髪美人。


「もちろんあなたと御同様に、集合的無意識を介して、この『夢の世界』とアクセス回路を開いたからですわ」


 それに対して、とても聞き捨てならないことを言い出す、『悪役メイド』(?)さん。


「夢の世界って、これが⁉」


「ええ、ヒットシー様、あなたはかれこれ一週間以上も、昏睡状態にあられるのですよ? ──その女の秘術で、この夢の世界の中に閉じ込められることによって」


「人を夢の中に閉じ込めるって、九尾の狐の子孫て、そんな『夢魔』みたいなこともまでできるの⁉」


「別に夢魔や九尾の狐でなくても、集合的無意識に自分や他人をアクセスさせる力さえ持っていれば、十分に可能なんですよ。──このわたくしのようにね」


「どうして僕の周りには、そんな文字通り神懸かりな力を持った、化物みたいな輩ばかりが集まってくるの⁉ ──というか、何で集合的無意識に自分や他人をアクセスさせれば、夢の世界を自分の思い通りに構築して、他人を閉じ込めたりできるんだよ⁉」




「以前も申しましたが、多世界解釈量子論に則れば、現実世界以外に無限に存在し得る『別の可能性の世界』は、まさしく無限に存在し得るゆえに、文字通り『すべて』の世界が存在しております。そして『すべて』と言うことは、素人が作成したWeb小説そっくりそのままの異世界さえも存在しているわけで、元々趣味でWeb小説を作成して、集合的無意識を介して現代日本のネット上で公開していたタマモ陛下は、一方的に見初めたショタ美少年であられる、ヒットシー様とご自分とが夫婦となっている作品を作成することによって、理論上それとそっくりそのままの異世界を存在していることを『確定』させて、その世界に存在している、自作のWeb小説で言えば『登場人物』に当たる、自分とヒットシー様に、元々の世界のオリジナルの自分たちの『記憶と知識』をインストールして、擬似的な『自作の小説内への転生』を実現し、作者の力を使って好き放題していたって次第なんですよ」




「……ええと、それって夢の世界の中に、自作の小説の世界を構築して、自分や特定の人物を『登場人物アバター』として、転移ダイブさせるってこと?」


「ええ、大体そんな感じですわね」


「すごいじゃん! これってもしかしなくても、集合的無意識に特定の多数の人物をアクセスさせる力さえ有していれば、物理法則に矛盾することなく、『SA○』に代表されるような『VRMMO』を実現できるってことじゃないか⁉」


「おお、そこに気づかれるとは、さすがはヒットシー様。──いやむしろ、この『集合的無意識へのアクセス方式』以外には、現実的に『VRMMO』を実現することは不可能でしょう」


「ええっ、そうなの? じゃあこれってもしかして、Web小説やライトノベル的にも、革命的な話なんじゃないの⁉」


「まあ、そうはおっしゃっても、いつものごとくこの作品ならではに、少々理屈っぽすぎて、理解なされる方がほとんどおられないのではないでしょうか?」


「それは、また残念な…………いや、ちょっと待って⁉ 何でそんな、九尾の狐の力をもって実現された、人工的な夢の世界に、君が──僕の婚約者である、ヨシュモンド王国の筆頭公爵家令嬢である、オードリー=ケイスキーが、突然現れたりするんだよ⁉」


 そうなのである。彼女といつものように熱い論議を交わしているうちに、僕はすっかり自分自身の『現実世界の記憶』を取り戻したのだ。




「うふふふふ、それは当然『悪役令嬢』であるわたくしにも、集合的無意識に自分や他人をアクセスさせることのできる力があるからですよ」




 ええっ、ということは……。


「ひょっとしてオードリーも、僕のことを、自分の夢の中に閉じ込めることができるとか?」


「ええ、もちろんいつでもできるのですが、あまりにもヤンデレ作品では『ありがちなパターン』なので、自粛しておりましたの。──それがまさか、臆面もなく実行なさるお方がおられるとは。しかも『氷の女王』とさえ讃えられている、もうとっくに分別をわきまえているはずのいい歳した大人であられる、どこぞの島国のクーデレ女王様が! ……ぷぷぷ」


 ……うわあ、すっげえ、悪い笑顔で煽ってやがるよ、この『悪役メイド』。


 当然名指しで揶揄された、『クーデレ女王様』自身としても、とても黙ってはおられないようであった。


「な、何よ! 私だって、女王や独裁者である前に、一人の女性なのよ! 恋をしたり、ちょっとした悪戯心で、気になる他国のショタ王子を、夢の世界の中に閉じ込めたっていいじゃない!」


 いや、駄目だろう、他国の王子を閉じ込めたりしては。立派な国際問題だぞ⁉


 ……つうか、やっぱりこいつも、『ショタコン』だったわけえ?


 すっかりあきれ果ててしまう僕であったのだが、我が婚約者のほうは、それ以上にご立腹のご様子であった。




「……あなたが冷血極まる独裁者の仮面の裏側で、人並みに恋心を隠していようが、殿方を夢の世界に閉じ込めようが、少しも構いませんが、事もあろうにこのわたくし婚約者エモノに手を出すなんて、身の程知らずもいいところですわ。──今度やったら、尻尾を九本とも引き抜きますからね?」




 笑顔のようでいて目だけが笑っていないという、絵に描いたような『ヤンデレスマイル』で睨みつけられて、「ひいっ」と可愛い悲鳴を上げる、恐怖の女王様(笑)。


「えっ、タマモって、本当に尻尾が九本もあるの?」


「何で、そこに食いつく、このエロガキ王子が⁉」


「……ええ、見ます?(ちらっ)」


「おまえも脱ごうとするんじゃないよ、エロ女王! ──つうか、王子、相手が『九尾の狐』であることを聞いて、平気なのかよ⁉」


「うん、幸か不幸か、『悪役令嬢』の婚約者や、『竜神の末裔』を名乗るホモ王子とかが、常に周囲にいるからね」


「しまった、あまりに異常な環境に居続けたために、完全に感覚が麻痺していやがる!」


「それにそもそも、タマモくらいの年頃のひとって、僕の好みのどストライクだしね♡」


「…………え(ポッ)」


「ああっ、そうだった! この『ババ専』ショタ王子が⁉ ──狐は狐で、まんざらそうな顔をするんじゃねえ! あんた『オバサン』扱いされているんだぞ⁉」


「……王子がそれで良ければ、私は別に」


「こいつ、全然懲りてねえ、大概にしないと、尻尾以外も引っこ抜くぞ?」


「尻尾以外って、何を引っこ抜くつもり?」


「それは、まあ、『しりだま』とか?………………………って、女の子に、何を言わせるのですか⁉」


「あっ、ようやく、いつもの口調に戻った。なんか今回、オードリーが完全にツッコミ役を担っちゃって、珍しいこともあるもんだね」


「何を悠長なことを、おっしゃっているのですか? あなた一週間以上も眠り続けて、すっかり衰弱してしまって、今にも()()()()なんですよ⁉」




 ………………………………………へ? 死にそう、って。




「いいから、早く、目覚めなさい!」


「──ひでぶっ⁉」




 その時、悪役メイドの渾身の蹴りが僕のお尻に極まって、あっけなく夢の世界をたたき出されて、ようやく現実世界へと目覚めることができたのであった。

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