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第54話、嘘つき少女と、壊れた世界。(その5)

「……うふふ、そんなに怖がらなくてもいいじゃない? 失礼しちゃうわ、これでも年頃の女の子だというのに。──あのねえ、私は君と、『同じ』だけなのよ?」




 ………………………………………は?




 その時突然、すぐ隣に座っている少女の真珠のごとき小ぶりの唇からこぼれ出た、まるでこちらの心の内を読み取ったかのような言葉。




「……え、何、君が僕と、『同じ』って?」


 その思いがけない言葉に、つい問い返してみれば、


 ──更に意表を突く答えが、返ってきた。




「君は自分の能力スキルが、『人の嘘を見抜く力』()()()()()()()()だろう? それで、私がまったく『嘘をつかない』ものだから、不審に思っている──と言ったところではないのかい?」




 ──‼

「……ど、どうして、それを⁉」

「だから言っているではないか? 『君と同じ』だって」

「………………つまり、君も、『人の嘘を見抜く力』を持っているってことか?」

 それだったら確かに、僕の力に気づいたことにも納得できるし、僕の力を警戒して、自分の嘘を見抜かれないように振る舞うことで、いかにも『嘘をつかない完全なる正直者』を演じきることだって成し得るかも知れない。


 だけどその時、彼女が返してきたのは──




「いいえ、違うわ。──ていうかそもそも、君のスキル自体が、『人の嘘を見抜く力』なんかじゃ無いんだし」




 ──なっ⁉

「僕のこの能力が、『人の嘘を見抜く力』では無いだってえ⁉」


 今更何言っているの、この人⁉

 だったら今までの僕の一人語りって、一体何だったの?

 ……まさか、『嘘を見破れる』という、当の僕自身の言っていたこと自体が、『真っ赤の嘘』に過ぎなかったという、臭いオチにしようとしているんじゃないだろうな?


「──ねえ、君がこれまで人の嘘を見破ることができたのは、『実際の声』と同時に、『心の声』が聞こえてきたからだよね?」


「う、うん……」


「その『心の声』って、いつも、()()()()()()だった?」


()()()、ほとんど場合、同時にいくつも聞こえてきたよ」


「それでよく、聞き分けられたわね?」


「それが、実際に『聞こえる』という感じでは無く、いくつもの言葉が、同時に『頭の中に入ってくる』って感じだったんだ」


「そんなにいっぱい同時に認識させられて、どうやって実際の言葉が嘘だって判断したの?」


「これもあくまでも僕の『感覚』だけど、同時に聞こえるって言っても、何となく『強弱』があって、より聞こえやすい言葉に限って、実際の台詞と矛盾したものばかりだったからさ」


「ふうん、やっぱりそうじゃん」


「や、やっぱりって……」




「君のスキルは、『人の嘘を見抜く力』なんかじゃ無くて、相手の考えている思考パターンを()()()()()()()()、『読心能力』なわけなのよ」




 ……………………へ?

「──って、いやいや、何だって? 僕のこの力が、読心能力だって⁉」


「そもそも原理的には、同じ仕組みでできているんだしね」


「同じ仕組みって、『人の嘘を見抜く力』と『読心能力』が?」


「だって、どちらも、『人が心の中で思っていること』を、見抜く力でしょう?」


 あ。




「つまりねえ、君の力って、あちらの世界──『現代日本』で言うところの、ありとあらゆる世界のありとあらゆる時代のありとあらゆる存在の『記憶と知識』が集まってきているとされる、いわゆる『集合的無意識』とアクセスを果たして、目の前等の周囲にいる人物の、その時点であり得る『記憶と知識』──すなわち、『思考パターン』を読み取ることができて、真に理想的な『読心』を実現しているわけなの」


「え、理想的って、一度にとりとめも無く、たくさんの『思考』が聞こえているのに? 理想的って言うのなら、唯一絶対の『正しい思考』だけが、ズバリ聞こえてくるべきじゃ無いの?」


「ふっ、浅はかな、それが素人考えというものよ」


 ──むっ、何だよその、上から目線の言い方は?


「……あのねえ、実は真に理想的な『読心』能力というものは、けして唯一絶対の『正しい思考』を読み取るものなんかではなく、むしろ『未来予測』能力の一種のようなものとも言えるの。そもそもまったく何の根拠もなしに、目の前の人物が現在心の中で考えていることなんかがわかるはずがなく、ほんの一瞬後とはいえ、『これからどんなことを考えるパターンがあり得るか?』を予測計算シミュレーションし、その全パターンを表示するという、『コペンハーゲン量子論型未来予測』を具象化したのが、まさに集合的無意識そのものなのであり、そのうちのどれが現時点での『本心』かを判断するのは、あくまでも君のような『能力者』自身なのであって、実は君のように実際の台詞と内心の声とを比較することによって、むしろ『本心』では無く『嘘』のほうを確定するのは、非常に正しいやり方だったりするのよ」


 ……あー、確かに。


 あれだけ数え切れないほど聞こえてくる『心の声』のうち、どれが正しいかを突き止めようとするよりも、せっかく同時に『本物の声』が実際に聞こえてきているんだから、むしろそちらのほうが『嘘かまことか』を判別したほうが確実だよな。


「──ちょっと待って! 『現代日本』とか、『集合的無意識』とか、『量子論』とか、どうして君は、そんなことをやけに詳しく知っているの⁉」


 今更ながらに、けして『スルーしてはならないこと』に気づいて、慌てて問いただせば、あっさりと答えを寄越してくる、すぐ隣の少女。




「──そりゃそうでしょう、実は私はまさにその、『現代日本からの転生者』であり、この世界の女神様から、反則技チート的なスキルをもらっているんですもの」




 ……え、ええと。

 言うまでもなく、『転生者』とか『女神様』とか言い始めたら、人間おしまいである。


「ちょっと、何を『退いた』顔をしているのよ⁉」


「い、いえ、ちょっと僕、『生まれ変わり』とか『女神様』とか言った、宗教関係は、少々苦手でして。……ええと、もう行っても、よろしいでしょうか?」


「いいわけあるか! まだ話の途中だというのに、叩き切るわよ⁉ ──ていうか、そもそも自分だって、『他人の嘘を見抜く力』とか、中二病全開のスキルを持っているくせに!」


 ……そういえば、そうでした。

「と言うことは、君もその女神様とやらから、『嘘を見抜く力』をもらったわけ?」


「ううん、違うわ。私がもらったのは、集合的無意識を介して、いつでも思うがままに、『他人の思考パターン』をインストールして、まったく別人になることなの」


「え? 他人の思考を取り入れて、別人になるって……」




「つまり、ここ最近は──特に君の前においては、『真正直な人物の思考パターン』をインストールしておくことで、『まったく嘘をつかない純真無垢な女の子』になりすましていたってわけなの」




 ──!

 確かにそれだと、僕の力をいくら行使しても、『嘘をついていない』としか判断できないけど、そんなことよりも…………ッ。


「……ということは君は、出会った当初から、僕の『嘘を見抜く力』に気づいていたってわけか?」

「いいえ、違うわ」

「え?」




「私は最初から、君を探していたんだよ、だって今の私は、『アカイ=イエローズ』の思考パターンと、完全に同化しているんだから。




 ……何……だっ……てえ……。

「君が、あの、アカイ、だと?」


「完全に『彼女』というわけじゃ無いよ? このようなある意味『誰にでもなれる』という、むちゃくちゃ強力なスキルを授かったのだから、いっそのことこの世界を支配してやろうと、それを成し遂げるにふさわしい人物の思考パターンを、集合的無意識から読み込もうとしたら、『アカイ=イエローズの記憶と知識』がヒットしてね、私自身非常に共感して、今や一心同体の間柄になってしまっているんだけど、『彼女』ったら、常に強くあくことなく求め続けているだよ、他ならぬ『君』のことをね」


「なっ、アカイが、僕のことを⁉」


「話を聞いてみると、どうやら君は『他人の嘘を見抜く力』──というか、『他人の考えていることをすべて見抜く力』を持っているようじゃないか? これは戦力として申し分ないと思って、私自らスカウトしに来たんだよ」


「……戦力って、本当にこの世界の支配者になる気なのかよ?」


「ええ、私だけでなく、同じような転生者や、この世界の生粋の人間だけど、君同様に非常に強い超常の力を有している人なんかが、すでに仲間になっていて、各地で虎視眈々と、立ち上がる時を待ち構えているわ。──君は思ったことはない? 『この世界は間違っている、絶対に変えなくてはならない』って?」


「──そ、それって⁉」


「ええ、『彼女』の口癖よねえ。──さて、君はどうかな?」


 そう言って、こちらへと右手を差し出す、かつての僕の『想い人』と、まったく同じ輝きを宿した瞳をした少女。




 ……考えるまでもなく、こんな胡散臭い話に、乗るやつなんていないだろう。


 しかも彼女は、たった今、大量殺人事件を起こしたばかりなのである。




 ──しかし気がつけば、僕は何のためらいもなく、彼女の手を握りしめていた。




 名実共に、アカイの意志を引き継いでいると言われて、これ以外の選択があるものか。




「……()()()、この手を取らなければ、君の人生は、もっと穏やかで幸福なものになれたかも知れないのに」


 思わず、吹き出してしまった。




 だって目の前の少女が、いかにも照れくさそうに真っ赤になって、目を反らしながら──




 僕の前で、初めて『嘘』を、口にしたのだから。

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