第53話、嘘つき少女と、壊れた世界。(その4)
「──君の、『ハーレムモテモテ話』は、もう十分だ」
僕の長々と続いた、数奇極まる身の上話を聞き終えると、その年の頃十四、五歳ほどの可憐なる容姿を誇る、奴隷仲間の少女は、さもうんざりとした表情でそう言った。
片手に長剣を握りしめ、全身を返り血で真っ赤に染めながら。
「……人に無理やり話をさせたくせに、『ハーレム』は無いでしょう? どこをどう聞いていたら、そうなるんですか?」
もはやこのお屋敷で生き残っているのは、『加害者』である彼女以外は自分だけなので、せめて時間を稼ごうと相手の気まぐれな無駄話につき合っているのだが、おそらくは『殺しのプロ』であろう少女に抗う術なぞあり得ず、僕の命の灯火が保つのもあとわずかなことと思われた。
しかし、彼女のほうは僕に対して何ら警戒心を示すこと無く、いきなりすぐ隣に腰を下ろし、なおも言葉を続けようとする。
「だって君の話は要約すると、『困るわー、俺ってモテすぎて、困るわー、罪作りなまでに、モテてしまって、困るわー』ってことでしょうが?」
「──いや、誰もそんなこと、一言も言っていないですよね? 一体何を聞いていたんですか⁉」
そのように、彼女に合わせて、こちらも軽口で応じながらも、
──その時の僕は、怖くて怖くて、仕方なかったのだ。
彼女が、物騒な武器を持っているから?
彼女が、全身血だらけだから?
彼女が、いつでも自分のことを殺せるから?
彼女が、こんな異常な状況にありながら、普通に笑顔を見せているから?
──いいや、そんな『生やさしい』話では、無いのだ。
『他人のどんな嘘でも必ず見破る』ことのできる僕だからこそ、断言できるのだが、
目の前の少女は、これまで一度たりとて、『嘘をついたことがなかった』のだ!
奴隷として、奴隷商に家畜扱いされていた時も。
僕と一緒に、このお屋敷で働き始めてからも。
──そして、お屋敷の人たちを皆殺しにした、今この時においても。
それがどんなに異常なことか、おわかりであろうか?
本来『嘘』とは、自分の秘められた『本性』や『願望』を隠すためにあるのであり、今回の件で言えば、『人殺し』の本性を発揮して、お屋敷の人たちを『皆殺しにする』願望を隠すために、普段は『善人の仮面』を被ることで素顔と本心を隠しつつ、嘘をつき続けていなければおかしいのだ。
しかし彼女は、『他人のどんな嘘でも必ず見破る』ことのできる僕から見ても、これまで一切嘘をついていなかったのである。
──というか、一番の恐怖は、『一切嘘をついていなかった』、こと自体だったりする。
実は僕は長い放浪の旅の間に、いわゆる『転生者』という、独特な精神的疾患に罹った可哀想な人たちに出会ったことが、何度かあった。
彼らは、生粋のこの世界の人間であろうが、魔族であろうが、判で押したように、自分たちのことをこことは別の世界である、『現代日本』の人間の生まれ変わりだと主張していた。
……言うまでもなく、『生まれ変わり』とか『前世』とか言い始めたら、人間おしまいである。
本来なら、絶対に近づきたくない人種なのだが、何と彼らは僕が『他人の嘘を見抜く力』を持っていることを知るや、さほど驚くことも、忌み嫌うことすらもなく、むしろ興味深そうに、「へえ、君は面白いチートスキルを持っているんだねえ?」などと、わけのわからないことを言い出して、より一層まとわりついてくるようになったのだ。
……人から忌み嫌われて疎外されるのに慣れきっていた分、非常にウザかったのは、ここだけの秘密だ。
そんな彼らの前世の記憶の中の現代日本においては、『Web小説』などと呼ばれる創作物があって、その中には僕のような、『他人の嘘を見抜ける力』を持った主人公も数多く存在しているそうだが、そのような『嘘』をメインモチーフにした作品のお約束として、必ずと言っていいくらい、『生まれてからこの方、嘘など全然ついたことのない、純真無垢なヒロイン』が登場してくると言うのだ。
……阿呆か。
そういった作品を創っている人って、アマチュアとはいえ一応作家を名乗っているくせに、人間というものをまったくわかっていないんだねえ……。
前にも言ったように、『嘘』とは、野生の獣みたいに鋭い牙も爪も持たない人間が、生き馬の目も抜く現実社会の中で生き抜いていくための唯一の『武器』なのであり、「わたしぃ、生まれてからずっとぉ、嘘なんかついたことありませぇん〜」などとほざいていたら、すぐさま獲物にされて狩られるだけなのだ。
まあ、ヒキオタニートの皆さんが、『嘘などついたことのない完璧美少女』などといった御都合主義そのままな存在に、夢を見続ける気持ちもわからないでもないけど、もっと現実というものを見ようね♡
──などと、思っていた時期が、僕にもありました。
そうなのである、今現在僕のすぐ隣に座っている女の子こそは、奴隷商の館で初めて出会った時から、一緒にこのお屋敷に売られて使用人として働き始めて、そして今まさにこのような惨劇を引き起こした段階に至るまで、これまで嘘の類いをまったくついたことが無かったのだ。
他人から恐れられるばかりの存在だった僕は、この時初めて痛感したのだ。
人は『未知』なるものや『特異』なるものに対してこそ、恐怖を覚えるのだと。
『嘘を見破れる力』を有する僕自身だって、これまで数限りなく嘘をついてきたというのに、『嘘をついたことのない』人間なんて、存在自体が信じられなかった。
──そして何よりも、これまで僕を恐れてきた人たちの気持ちを、真に理解することができたのである。
なぜなら、僕が『嘘』という、人間唯一の『武器』を無効化することができるからこそ、他者から恐れられていたように、
まさにその、『他人の嘘を見抜く力』を完全に無用の長物にしまう、『そもそも嘘そのものをつくことのない』人物こそは、『脅威』以外の何物でもないのだから。




