第52話、嘘つき少女と、壊れた世界。(その3)
──それは、文字通り、炎のような少女であった。
父親が魔界最強の一角を占めるレッドドラゴンの血を引く竜人族であると言う彼女は、燃えるような赤毛と鮮血のごとき紅の瞳に、やはり赤色で統一した軽鎧にバトルドレスといった、全身まっ赤っかの、十五、六歳ほどの年頃のスレンダーな女の子であったが、『少数精鋭』と言うよりももはや『一騎当千』そのものの手勢を引き連れて、お屋敷に攻め込んできたかと思えば、一応名のある中級の魔族である御主人様を始めとして、僕以外の魔族たちを全員殺してしまったのだ。
──なぜ僕だけ生き残らせたかというと、何とそもそもお屋敷に押し入った最大の目的が、僕を略奪するためだったのである。
聞くところによると、彼女の父親はレッドドラゴンの血を引く『赤の竜人族』の王家の直系で、先代の魔王を務めていたのだが、突然原因不明の死を遂げてしまい、一人娘の彼女──アカイ=イエローズが、順当に行けばそのまま跡目を継ぐはずだったのだが、母親が大陸極東海上の弓状列島の人間王国、イエローズ一族の王家の姫であったため、半分も人間の血が流れている者を魔王にすべきではないと言う意見が最高幹部会の大勢を占めて、王家に次ぐ名門の堕天使一族の姫君が新たに魔王に立てられることになったという。
このあまりに強硬な『政変劇』に、陰謀の匂いを嗅ぎ取ったアカイは、猛抗議したところ、何と無実の罪をでっち上げられて、新たなる魔王に対する『反逆者』として投獄されてしまい、後は処刑を待つ身であったのだが、父親の腹心の部下や自身の信頼すべき仲間たちから救出してもらい、密かに新魔王に対する反抗組織を立ち上げて、いずれ王権を奪取するために力をつけていた最中に、僕が『どんな嘘でも見破れる』というただならぬ力を使って、当時の御主人様の命で暗躍していることを噂に聞き、使いようによっては大きな戦力になるのではないかと期待して、今回の『略奪劇』と相成ったそうな。
──彼女は、初めて会った時に、僕に面と向かって、こう言った。
「おまえが、欲しい」
「この腐った世の中を、一緒に変えていこう」
──と。
それを聞いて、一も二もなく、即断で承諾した。
──なぜなら、こうして他人から必要にされたことなぞ、生まれて初めてだったのだから。
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──アカイが政権奪還のために立てた策略は、非常に簡単明瞭であった。
僕を魔王城に潜入させて、『嘘を見抜く力』を存分に振るうことで、現魔王を始めとする最高幹部たちを、大混乱に陥れろと言うのだ。
──そう、『愛』ならぬ『嘘』の力で、高位の魔族たちを蹂躙しろと。
……阿呆か?
一体どこの、『即席救世主』だ?
当然僕はアカイに対して、猛然と抗議した。
しかし彼女はぬけぬけと、こう言ったのだ。
現在魔族を支配している、魔王以下の最高幹部たちは、みんな女性であり、しかも女魔族は全員『ショタコン』だから、僕はまさしく『どストライク』なんだと。
確かに僕はいまだ十歳前後の年頃であり、そういえば出会った当初から、アカイの僕を見る目が何だかおかしかったことに、今更ながらに気がついたのであった。
僕はこれまでになく身の危険を感じながらも、文字通り『野獣の群れ』に飛び込むことになった。
そしてすぐに、魔王城の女幹部たちは、みんな僕の言いなりとなったのだ。
すべてはアカイの言っていた通り、堕天使族である魔王を始め、獣人や鳥人や鬼族等の幹部たちも、一人残らず重度のショタコンで、あえて『嘘を見抜く力』を使うまでも無く、最初から僕にぞっこんとなってしまい、むしろ僕は自分の貞操の危機をどうやって防ぐかに、全力を振るわなければならないほどであった。
そして僕が、「政権を前の魔王の娘さんに返してくれる?」と頼むと、「「「うん、いいよ♡」」」と、全員あっさりと承諾してくれて、魔王城は無事に無血開城されたのであった。
こうして、アカイ=イエローズによって、新魔王政権が発足したのだが、
──本当の地獄は、ここから始まったのである。
それというのも、前魔王や最高幹部たちが、心から僕に忠誠を誓って、そのまま幹部であり続けることになり、新政権においては最高幹部会が、『アカイ』派と『僕』派との、二つに割れてしまったのだ。
しかも実は(やはりショタコンである)アカイ自身も、どうやら僕に気があるようで、旧魔王たちが僕とイチャイチャしている姿を見せつられるほどに鬱憤を溜めていき、いつしか両派閥の対立は深刻な様相を見せ始め、水面下では様々な陰謀や足の引っ張り合いが横行するようになってしまったのだ。
すべては、本来魔族にとっては『よそ者』に過ぎない、自分がいるせいだと思いついた僕は、魔王城を出て行くことを宣言したのだが、むしろこれこそが女たちの争いを更に激化させてしまい、とうとう実際の武力闘争へと発展して、ついには魔王城だけでは無く、魔族国家そのものを二つに割っての内乱へと導いてしまったのだ。
──実は、その引き金を引いたのは、まさしく他ならぬ、僕自身であったのだ。
確かに僕は、スパイとして潜入中から、前魔王を始めとする現在の自分の派閥の女魔族たちと心を通わせてきて、それなりにお互いのことを大事に思っていた。
──しかし、僕にとって最も大切なのは、何をさておき、アカイなのだ。
なぜなら彼女こそが、こんな僕のことを、最初に認めてくれた人なのだから。
そこで僕はいかにも味方のフリをして、前魔王たちに探りを入れて、『嘘を見破る力』で彼女たちの本心を見抜き、その情報をことごとくアカイに伝えることによって、彼女のほうが絶対的に有利になるように仕向けていったのだ。
しかし蓋を開けてみれば、ついに行われた最終的武力闘争で圧勝したのは、前魔王のほうだったのである。
考えてみれば、最高幹部のみならず、軍隊においても最高指導者から下っ端の一兵卒に至るまで、前魔王の時代のままの人員構成となっていたのであり、どちらの陣営に忠誠を尽くすかは火を見るより明らかで、結局王権奪還以前の手持ちの兵力のみで闘わなければならなかった、アカイ陣営のほうがあっけなく敗北して、彼女を始めとする最高幹部たちは、全員揃って処刑されてしまったのである。
その結果僕は、魔族の国においても、完全に居場所を失ってしまったのだ。
前魔王──いや、新魔王たちが、僕の策略を知らなかったとしても、僕自身が彼女たちに合わせる顔なぞないし、僕は集められるだけの金銭を集めるや、密かに魔族国を出奔したのだ。
もちろん今更人間の国家にも戻ることができず、金に飽かせて別の大陸へと落ち延びたわけだが、いくら少々お金を持っていたところで、言葉もほとんど通用しない土地で、ほんの幼子が一人で生きていけるわけが無く、僕はいつものごとく『奴隷商人』に囚われて、更に様々な遍歴を経た後に、細心の注意を払って『嘘を見抜く力』を隠したまま、今の屋敷へと落ち着くことになったという次第であった。
もちろんその間もずっと、自らアカイを死なせることになった傷が癒えることは無く、僕は自分を責め続けながら、心に誓ったのである。
もう二度と、こんな『人の嘘を見抜ける』などと言う浅ましい力なぞ、使わぬことを。




