第50話、嘘つき少女と、壊れた世界。(その1)
僕は今日、『奴隷』として、初めて会った女の子と一緒に、あるお金持ちの屋敷に売られてきた。
新しい『御主人様』となった初老の男性は、その地方指折りの名士で、情に厚い慈善家として知られていた。
こうして僕たちのような主に年端のいかない奴隷を大勢身請けしてくれるのも、『実家が貧乏なために親から口減らしのために売られてしまった』などといった、不幸な過去を持つ子供たちを、一人でも多く過酷な奴隷生活から救い出し、人並みの暮らしをさせてやるためだと言われていた。
実際僕たちも、これまでの無慈悲なる御主人様たちのように、屋敷に着くなりすぐに過酷な労働を強いられたり、憂さ晴らしに暴力を振るわれたりすることなく、十分な食事や衣服等を始め、十名前後の相部屋ながら居室内に簡素なベッドや机等も与えられるといった、奴隷上がりの少年少女たちに対しては、破格の好待遇を施されることになった。
──しかし、僕は知っている、この新しい御主人様が、善人を装った、とんでもない人非人であることを。
大勢の不幸な子供たちを善意で引き取り、十分に豊かな暮らしを与えているように装いながら、頃合いを見て男女を問わずその純潔を奪い、十分な期間を費やして『性奴隷』として仕立て上げ、遠くの領地や国外に売りさばいていることを。
なぜなら僕は生まれつき、『人の嘘を見破ることのできる』という、反則技的な異能の力を、神様から与えられていたのだから。
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もしも、『人の嘘を見破れる力』なんてものを持っていたら、人生イージーモードだし、やり方によってはどんな富でも勝利でも幸福でも手に入れられるように思えるだろう。
例えば──
恋愛等の、男と女の駆け引きの場において。
ギャンブルやテーブルゲーム等の、心理戦中心の勝負の場にいおいて。
権謀術策渦巻く王侯貴族たちの、権力闘争の場において。
弁護側と訴追側が知力の限りを尽くして対峙する、法廷の場において。
海千山千の魑魅魍魎が跋扈する、商取引の場において。
国際紛争等を解決するための、国家間の交渉の場において。
すでに戦争状態下での軍師や参謀としての、戦略立案の場において。
──対立する相手の言葉の中に混ぜ込まれている、絶妙なる『駆け引きのための虚言』をすべて見破ることができるとしたら、絶対的に優位に立つことができて、必ずや勝利の栄冠を手にすることができるであろう。
ただしこれは別に、上記のような特殊な状況下だけではなく、家庭や職場や学校や地域社会等の、極日常的な場面でも同様であった。
──なぜなら、人間というものは、日常的に嘘をつかなければ生きていくことのできない、哀しい存在なのだから。空気を吐くとともに嘘を吐き続けている、醜い生き物でしかないのだから。
そもそも『嘘』とは、他の獣たちのような鋭い牙や爪を持たない、我々人間にとっての、この弱肉強食の世の中において生き延びていくための、唯一の『武器』なのだ。
もしも嘘をつくことができなかったら、個人はもとより、家族や地域社会、村や街、貴族領、国家、民族等といった、集団としての『規模』にかかわらず、他よりも立場の弱い個人や集団は、より強い個人や集団によって淘汰されてしまったであろう。
言わば嘘とは『交渉術』そのものであり、基本的に腕力や富や協力者の少ない弱者においては、たとえ知力において劣っていようと、無い頭をひねりにひねって、交渉の言葉の中に数々の嘘をためらわずに織り込むことによって、相手を常に翻弄しつつ巧みに誘導し、自分のために少しでも有利に事を進める以外は無いのだ。
まさに、『舌先三寸』であり、『妄言』であり、『事実無根』であり、『偽り』であり、『ごまかし』であり、『インチキ』であり、『その場逃れ』であり、『騙り』であり、『謀』であり、『陥穽』であり、『詐欺』であり、『ペテン』であるという、あらゆる『卑怯な手段』の結晶なのであった。
そこまで惨めにこすからく知力の限りを尽くさなければ、弱者は生きていけないのだ。
──いや、これは何も、一般的に言われる『弱者』だけに留まらず、一般的に言われる『強者』についても、当てはまるであろう。
なぜなら、『強者』もまた『弱者』なのだから。
例えば『この世で一番の強者は誰であろうか?』なんて、不毛な論議がなされることがままあるが、一口に『最強』と言っても、「武力的に最強なのか?」、はたまた「知力的に最強なのか?」、という区別だけで、大きく二つに分かれることからもわかるように、この世に数多存在する『分野』において、『最強』の定義もまた変わってくるからして、武力で最強の者が、知力の勝負においてはけして最強にはなり得ず、あくまでも『弱者』として勝つためには、『嘘』を弄しなければならなくなるのだ。
つまりこれは、「どのような強者でも、ある場面においては弱者ともなり得る」という当たり前のことを言っているだけだが、その結果全人類が──否、剣と魔法のファンタジーワールドであるこの世界において普通に存在している、人類同様の知性を有する、いわゆる『魔族』すらも含めて、すべての知的生命体が、『嘘』こそを自分より優位な者との『生存競争』における、『唯一絶対の武器』にして、生き延びていかなければならないのであった。
──それなのに、『人の嘘を必ず見破れる力』を有する者なぞが、存在しているとしたら、どうであろうか?
人類や魔族にとって唯一の生き残る手段である『嘘』を見破る力は、まさしく人類や魔族そのものを無力化するも同然で、そんな自分たちの『存在基盤』を揺るがしかねない、文字通り『悪魔の力』を持った存在なぞを、果たして周囲の者たちは見逃してくれるであろうか?
──否、おそらくは、地域社会どころか、国家どころか、人間とか魔物とかの種族すらも超えて、世界全体において、全力で根絶やしにしようとしてくるであろう。
たかが『人の嘘を見破る能力』程度で、大げさすぎるって? そんなことはありません!
皆様におかれても、一度我が身に置き換えて考えてみてください。
自分のほんの身近にいる、家族が、恋人が、友人が、学友が、職場の同僚が、常に自分の嘘を見抜けるというのに、果たして心安らかに生活していくことができますか?
おそらく疑心暗鬼のあまり、まともな精神状態を維持することができなくなり、ノイローゼ等の異状を来すか、
『諸悪の根源』である、『人の嘘を見破れる力』を有する存在を、排除しようとすることでしょう。
それも、『自分の身辺から一時的』、などといった可愛いものではなく、『この世界から永遠に』といったふうに。
──なぜなら、僕自身のこれまでの人生が、実際にそうだったのだから。




