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第48話、これぞ『いつかは消える定めの記憶喪失中の仮人格憐憫物語』だ⁉(後日談)

「──というわけで、オードリー、だ・い・ふ・っ・か・つ、でございます!!!」


「うわっ! ちょ、ちょっと、オードリー⁉」


 例の『記憶喪失騒動』も一段落した、春爛漫な休日の昼下がり。




 いまだ学園を休み続けている、僕ことヨシュモンド王国第一王子、ヒットシー=マツモンド=ヨシュモンドの婚約者である、筆頭公爵家令嬢オードリー=ケイスキー嬢の予後の経過を慮り、見舞いがてらに訪問してみれば、いきなり寝室に連れ込まれたかと思えば、ベッドの上に押し倒されてしまったのであった。




「いきなり何をするんだよ⁉ 前から思っていたんだけど、確かに君は僕の婚約者ではあるけれど、王家の人間に対する態度がなっていないんじゃないのか⁉」

「ふふふ、またそんな、『照れ隠し』なぞ、なされて♡」

「はあ⁉ な、何だよその、照れ隠しってのは?」




「聞きましたわよ? 何でも『このわたくし』と元々の『純真無垢そのままのわたくし』との、どちらを選ぶかといった『究極の選択』を突き付けられた際に、何ら躊躇なされることなく、『このわたくし』を選んでくだされたそうではありませんか♡」




「なっ⁉」

 いきなりの思わぬ台詞に、言葉を詰まらす僕のほうを、さも愉快げに満面の笑みをたたえながら見下ろしてくる、ただ今絶好調の婚約者。

わたくし、大変感動いたしましたのよ? もしも婚約者がより自分の望む姿になったのなら、これ幸いと受け容れるか、そうでなくても、手放すのを迷われるというのが、世の道理でしょう。それなのに微塵も迷わず、これまで通りのわたくしを選ばれたと言うことは、殿下のわたくしへの愛が本物だという証しとも言えましょう♡」

「……まさか、この前の『記憶喪失』騒動は、()()()()ために仕組んだとか、言い出すんじゃないだろうな?」

「それこそ、『まさか』ですわ! そもそもヒットシー様に『選択肢』を突き付けたのは、どこかのエセ蘊蓄屋王子なのであって、わたくしはあくまでも純粋に、あなた様好みの『わたくし』になろうとしただけでございます」

「──ぐっ」

 た、確かに、そもそもオードリーが、記憶を失うことで『現在の彼女』を封印して、不自然極まる『純真無垢な彼女』になったのは、勝手な『決めつけ』とはいえ、『僕のため』であったのは間違いないよな。


「さあさあ、今日はわたくしの快気祝いとして、盛大なお食事会を催すことになっておりますので、王子も是非ともご参加を! もちろんヒットシー様のお料理は、特別に『わたくし成分』山盛りにする予定ですので♡」


「──だから、『わたくし成分』とか言って、料理の中に髪とか爪とか体液なんかの、ヤバ過ぎる物ばかり混入するなよ⁉ それに君さっきから、台詞の語尾に♡マークを入れすぎ!」

「『わたくし成分』の混入及び、台詞内での♡マークの多用こそは、わたくしから殿下への、『愛の証し』、でございますわ♡♡♡」




「そんな『愛の証し』は、御免被るよ! それに勘違いしてもらいたくないんだけど、最終的に『今の君』を選んだのは、それが最も妥当な選択だったからに他ならず、別に君の僕への、『ヤンデレ』かつ『ストーカー』かつ『粘着質』的な、度を越した行為や思考を認めたわけではなく、このままその歪んだ性格を改めない限りは、君は僕にとってはあくまでも、王子の地位を捨ててでも打倒すべき、『悪役令嬢』に過ぎないのだからな⁉」




 僕の本心からの『宣戦布告』を聞くや、いかにもショックを受けたような顔をしたかと思えば、


「あ〜れ〜」


 ──などといった、わざとらしい悲鳴を上げながら、ベッドに上に倒れ込む、公爵令嬢。


「……ええと、何しているの?」

「王子のあまりの気迫に、早速打倒されてしまったのですわ」

「はあ?」

「さあ、敗者は勝者にすべてを捧げ、勝者は敗者に対して、今後の人生において、そのすべての責任を負うのが『お約束』。さあさあ、『戦後処理』として、わたくし(の身体)に対する『占領政策』を行ってください!」

「何その、独自の新解釈⁉ ──ちょっ、いくら婚約者とはいえ、いまだ10歳の子供を、力ずくで自分のベッドに、引っ張り込もうとするんじゃない!」

「良いではないか♡ 良いではないか♡」

「とても、15歳ほどの、公爵令嬢の台詞じゃねえ⁉ やはり僕の青春センタクシは、間違っていたのか⁉」




「──ま、確かにあの最終的場面における、君の選択は、あまりにあっさりしすぎた嫌いがあるのも、事実だよね」




 まさにその時、混乱のこの場を、更なるカオスに突き落としかねない、新たなる人物の声が響きわった。

「ふ、フージン王子? なぜにあたなが、こんなところに、いきなり現れるのですか⁉」

「ふふふ、『名探偵王子』改め『怪盗紳士王子』である僕にとっては、潜入できない場所なぞ、この惑星上においてどこにも無いのさ。──とはいえ、今回は、正式にご招待にあずかっているのだがね」

「へ? 『怪盗紳士王子』って………………いや、それはともかくとして、ご招待にあずかっているって、どういうことなんです?」

わたくしがご招待、いたしたのですわ」

「オードリーが? ま、まあ、記憶喪失中には、あれだけ世話になったのだから、快気祝いにご招待するのもむしろ納得だけど、あんなに王子のことを敵視していたのに、一体どういう風の吹き回しなんだよ?」


「考えてみれば、わたくしとフージン殿下とは、それほど『具体的な欲望の対象』が、重複していないのですよね」


「必要とする、ヒットシー王子の『身体の部位』も、僕が『受け』にならない限りは、基本的に別々だからね♡」


「そもそもわたくし自らヒットシー様を女装させたくらいですので、殿方同士のアレについても、十分に理解がありますし、最終的に勝利できるのなら、『途中経過』についてはそれほど重要視する必要も無いかと、考えを改めましたの」


「それよりも、まずは頑ななまでに常識人の君を、我々の背徳の世界に引きずり下ろすほうが先決だと気がついて、いっそのこと『共同戦線』を張ることにしたんだよ」


 笑顔で仲良く、長々とした一つの説明文を、二人で分けてそらんじる、変態王侯貴族ども。

 ──そんな、いつの間に、こんなヤバ気な『同盟関係』が⁉

 それに今の二人の台詞の中に、しれっととんでもない、下ネタとか犯罪ネタとかの、『危険成分』が混ざり込んでいたぞ?


「ふざけるな! 僕を君たちの、乱れきったクレイジーワールドに引っ張り込もうとするんじゃない! たとえ何をされようが、けして屈したりしないからな!」

「ぐふふふ、さしずめ今のわたくしは、頑なで身持ちの堅い『女騎士』を前にした、『オーク』の気分ですわ♡」

「そんな公爵令嬢がいるか⁉」

「やれやれ、君のその融通性のない、頑固一徹なところは、ある意味美徳とも言えるが、大きな欠点でもあるのだよ?」

「……何ですって?」




「先日、究極の選択肢を突き付けられた際に、君は迷うことなく、せっかく自分好みになってくれた『綺麗なオードリーさん』ではなく、現在目の前におられる『ヤンデル星人☆オードリーさん』のほうを選んでしまったよね。もちろんそれは、『肉体こそ人の本質』論的にも、『結局二重人格なんてものは、集合的無意識を介してダミーの記憶をインストールされただけ』論的にも、非常に正しいのだけど、『創作物の演出』としては、あまりに味気なさ過ぎたんだよ。普通もっと『綺麗なオードリーさん』とも懇ろになって、結局記憶喪失がめでたく全快しそうになった段に至って、これから消えゆくいわゆる『記憶喪失状態時のみの仮の人格』である『綺麗なオードリーさん』との別れを、心からの涙で惜しむといった、『切ないシーン』も必要なのさ。──特に、エンターテインメント作品としての、セオリー的にはね」




 相も変わらず、いかにももっともらしいことをとうとうと騙っていく、蘊蓄大好き王子様。

 何だこの、現代日本の小説サイト界隈にありがちな、『創作論』の押し売りは?


「……馬鹿馬鹿しい。『創作物の演出』だか『エンターテインメント作品のセオリー』だか知らないけれど、そんなのはやりたいやつがやればいいだけで、僕はそのような非合理的なことなんて、御免被るよ。だって『オードリー』は、たとえどんな人格や性格をしていようが、『オードリーに他ならず』、記憶喪失になろうが二重人格化しようが、その時々の人格や性格ごとに『別人』扱いするなんて、ナンセンス以外の何物でもないだろうが?」


「──あううっ、お、王子、様?」

 なぜか僕の至極当然の台詞を聞き終えるや、あの傲岸不遜な『ヤンデレラ姫』が、顔を真っ赤にして言葉を詰まらせた。

「……すごいね、君、まるで『愛の告白』を、聞いているようだったよ。まさに『天然の女ったらし(ジゴロ)』じゃないか? オードリー嬢がヤンデレ化した責任の一端は、間違いなく君にあると思うな♡」

 フージン王子は王子で、何かわけのわからないことを言い出しているが、完全に無視! 変人たちをまともに相手にしていたら、キリが無いからな。

「じゃあ、変なものを食べさせられるのも嫌だから、僕はそろそろ退散させてもらうよ?」

 それを聞いた途端、婚約者殿が、僕に飛びつくようにして迫り来て、両腕を握りしめて拘束した。

「お願いします! 神に誓って、今回に限っては、『わたくし成分』を混入したりはしませんから、せめて今日の食事会くらいは、わたくしと一緒にいてください!」

 すぐ間近で必死にまくし立てるその姿は、いつもの彼女とは違って、なぜかまるっきりの『恋する乙女』に見えてしまった。

「……あ、ああ、婚約者の快気祝いに、参加しないのも何だから、今日のところは、お呼ばれさせてもらうよ」

「──! ありがとうございます! それではわたくしも、腕によりをかけて、お料理をご用意いたしますわ!」

 そう言うやいなや、厨房のほうへ走り去っていく、病み上がりの御令嬢。


「……これってひょっとして、お二人のゴールインも、意外と近いのかな?」

「──ブッ、ちょっとフージン王子、何を不吉なことを言っているんですか⁉」

「さあ、僕たちも食事会に備えて、腹ごなしに中庭でも散歩しないかい?」

「……まあ、いいですけど、ちょっとでも変な真似をしたら、この『防犯ベル』を鳴らしますからね?」

「──君何でそんなものを持っているんだい? 年齢はともかく、飛び級ですでに高校生をやっているんだろうが⁉」




「あんたやオードリーみたいな超弩級の変態が、いつも側にいて、常に身の危険にさらされているからですよ!」




 そのように不埒者(その2)である王子様を怒鳴りつけながらも、自分が元通りの日常を完全に取り戻したことを実感して、自然と頬が緩んでいくのを、気づいてしまうのであった。

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