第47話、これぞ『いつかは消える定めの記憶喪失中の仮人格憐憫物語』だ⁉(その7)
……今や、すべては、この僕の選択に委ねられた。
現在目の前にいる『純真無垢なる乙女であるオードリー』を選べば、『傲岸不遜でヤンデレな悪役令嬢としてのオードリー』が消えて無くなり、
反対に、『悪役令嬢の彼女』を選べば、『純真無垢な彼女』が消えて無くなると言う。
──だったら、最初から、『答え』は、一つであろう。
僕は何の躊躇も無く、世界をあるべき形に戻す、『魔法の呪文』を唱えた。
「──公爵令嬢、オードリー=ケースキー、第一王子ヒットシー=マツモンド=ヨシュモンドの名において、ここにその方との、婚約を解消する!」
一瞬にして、あたかも惑星そのものが静止したかのように、完全なる沈黙に包み込まれる、お嬢様の寝室。
まるで鳩が88ミリ対航空機砲でも食らったかのように、茫然自失の表情で立ちつくす、『綺麗なオードリーさん』。
「……ほう?」
そんな中でいち早く立ち直ったのは、意外なことにも、完全なる部外者の、フージン=3K=ブロードキャッスル王子であった。
……しかもニヤニヤと、いかにも訳知り顔で笑っているし。
もしかしなくても、こいつ最初から、僕がどう反応するかを、あらかた予想していたな?
──さて、それに対して、今や完全に力なく頭をうつむけている、当の公爵令嬢はと言うと、
「……くっ」
「くく」
「くくくく」
「くくくくくくくく」
「くくくくくくくくくくくくくくくく」
「くくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくく」
「くくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくくく」
「──くははははははははははははははははははははは!!!」
自らの寝室に哄笑を高らかに響き渡らせる、自他共に認める生粋のお嬢様。
しかし再びあらわにしたその表情は、あたかも魔王でもあるかのように、傲岸不遜そのものと化していた。
「……悪役、令嬢」
「いやあ、まさか、こうもあっさりと、我を甦らせるとはな。──どうした? ひょっとして、すでに我に情を移していたわけなのか?」
こちらもさもニヤニヤと、僕の気持ちなぞとうに見破っているくせに、わざとらしく当てつけてくる、御令嬢にあるまじき『禁忌の第二形態』。
「……とぼけるんじゃない、これが一番、理に適っていることは、おまえだって、わかっているだろうが?」
「ふむ?」
僕の本来なら『予想外な言葉』であるはずの台詞を聞いても、さも面白そうに目を輝かせるばかりの『悪役令嬢』。
……けっ、つまりはこいつも、『確信犯』か。
「あんまり人を、馬鹿にするんじゃ無いぞ? この期に及んで僕が、まったく理解に及んでいなかったら、『綺麗なオードリーさん』やフージン王子が、これまで延々と述べてきたことが、まったく無駄だったことになるじゃないか。──そう、それが同一の肉体である限り、どんなに中身が──いわゆる、『人格』とか『性格』とかが様変わりして、深窓の令嬢が『魔王』みたいになってしまおうが、あくまでも同一人物に過ぎず、むしろ歪な形で自らの記憶を封印して、いかにも『何も知らない純真無垢な乙女』になってしまうことのほうが、異状な状態とも言えるのさ」
「おや、さっきのフージン王子の話だと、先程までの『純真無垢なる乙女』である我こそが、『本来の我』と言うことではなかったのか? 少なくとも、我のように『悪役令嬢』であったり、ヤンデレストーカー気質であったりするよりも、公爵令嬢としてふさわしいし、貴様にとっても望ましいのではないのか?」
「……だから、さっきまでの『設定解説』が、まるで『ひっかけ問題』みたいに、わざとオーバーに騙っていただけだろうが? 『なろうの女神』という超常の存在の力を借りて、『悪役令嬢』という怪物に変身するなどと言うと、いかにも本来の自分とはまったく別の存在になっているかのようだけど、何のことはない、これまで散々話に出て来たように、『なろうの女神』はただ単に、集合的無意識へのアクセス権を与えただけで、『悪役令嬢』になると言っても、集合的無意識の中に存在する、『悪役令嬢』(を形成するため)の『記憶と知識』を、己の脳みそに刷り込んでいるだけで、肉体的には何ら変わらず、しかも『悪役令嬢』としての超常の力を発動する際も、元々己の身の内に秘めていた膨大なる魔導力を利用しているだけで、『悪役令嬢の記憶と知識』とはただ単に、本来そういったオカルト的なことに不案内な公爵令嬢にとっての、『魔法の使用マニュアル』としての役割を果たしているだけで、結局『悪役令嬢』としてのすべての行動や思考や魔法の発動等は、オードリー自身が、自分の脳みそで考えて自分の魔導力を使って自分で行動しているに過ぎないんだよ」
「ほう、この『悪役令嬢』である我が、『オードリー』本人に過ぎないと言うのか? では、こうして『悪役令嬢』になる以前の、ヤンデレで粘着気質そのものの、『我』についてはどうだ?」
「同じことさ、そっちも間違いなく、オードリー自身でしかないよ。しかも『なろうの女神』の力を借りたわけでもなく、実の両親の『素直でよい子でしかない自分の不要論』を直接耳にして、その衝撃のあまり、自ら変容を来したんだからな。むしろ『正常な変化』とも言えるのであり、『悪役令嬢』でもなく、『純真無垢な乙女』でもなく、『このオードリー』こそが、現在における自然に到達した『デフォルトのオードリー』とも言えて、そう言った意味からは、いくら間違った形で記憶を封印して、『昔の純真無垢な状態』に戻ったとしても、『悪役令嬢』であることを自らやめたために、ご両親からまたしても辛く当たられたり、僕との婚約を破棄されたりすることで、当然のように『己の欲望のままに生きる、悪い子のヤンデレちゃん』に復帰する可能性は非常に高く、よってさっきの『究極の選択』において、僕が『綺麗なオードリーさん』を選ぶ意味なんて、まったくなかったっていうわけさ」
「「──パーフェクト!!!」」
「すごい、すごいぞ、小童! さすがは、我の見込んだ『契約者』♡」
「まさか、これほどまでに物の本質を見抜く力があったとは、驚きですね!」
「確かに貴様や『綺麗なオードリー』が、懇切丁寧に事の次第を説明したとはいえ、それをすべて完全に理解するだけでなく、ちゃんと自分の判断に基づいて、真の『真実』をつかみ取るとは!」
「中でも、初めて耳にしたはずの集合的無意識に関して、完璧に理解しているところが、秀逸過ぎるでしょう」
「こうして完全に『悪役令嬢』として『第二形態化』しているというのに、それが実は集合的無意識にアクセスして、『悪役令嬢を形成する記憶と知識を脳みそにインストールしているだけ』だなんて、普通だったら気がつかないだろう?」
「これってある意味、『異世界転生』の最も現実的な実現方法そのものですから、下手したら現在現代日本のネット上にごまんと存在している、異世界系のWeb小説が、まったく意味の無いものとなりかねませんよ」
「いや、聡い聡いと思っていたが、まさかここまでとはな!」
「ええ、外見だけでも、プリティキュートな超絶ショタコン美少年だというのに、中身まで備わっているんじゃ、もはや無敵ですな!」
肝心の当人である僕を置き去りにして、勝手に盛り上がっていく、『悪役令嬢』と部外者の王子様。
……何か仲がいいな、こいつらって。
そんな僕の内心の声が聞こえたわけでもなかろうが、おもむろにこちらへと振り向く、『悪役令嬢』。
「ところで、さっきの選択肢で『綺麗なオードリー』を切り捨てたと言うことは、当然、この我のことを受け容れたと理解してもいいんだな?」
「──ブッ、ば、馬鹿を言うな! たとえ大陸最強の『人間戦略兵器』であるおまえが、どんなに我が王国にとって必要であろうと、オードリーが人身御供になることなんて、けして認める気はないんだから、いつか絶対に彼女から、おまえのことを追い出してみせるつもりなんだからな⁉ 今回僕が『綺麗なオードリーさん』のことを拒んだのは、あのような自分の記憶を奪うなんていう、ある意味『逃げ』のやり方が許せなかっただけで、けして『悪役令嬢』であることや『ヤンデレストーカー』であることを認めているわけではなく、むしろこの手で矯正せんと決意していることを、忘れるんじゃないぞ⁉」
「ということは、少なくとも、『婚約者としてのオードリー』は、受け容れているわけなのだな?」
「──うっ…………あ、いや、そうじゃなくてですねえ、僕はオードリーがヤンデレであり続けるつもりなら、王太子を廃嫡されようとも、彼女のことを拒むつもりだし、逆に彼女自身が、今回みたいに自ら記憶を失わせるような反則技を用いずに、真に心を入れ替えてヤンデレであることのみならず、『悪役令嬢』であることすらもやめる決意をしたのなら、たとえこの身をなげうってでも、彼女の意思を尊重するつもりなのであって……ええと、つまりは、少なくとも、『現在のおまえ』に関しては、受け容れる気なんて、これっぽっちも無いってことなんだよ!」
途中から、自分でも何を言いたいのかわからなくなり、下手すると、オードリーに対する愛の宣言になりかねなかったので、強引に言葉を締めくくる、ヘタレ王子様。
「くくく、良かろう、今はそれで十分だ。こっちだって、別に手加減をするつもりなぞなく、全力でおまえを堕とさせてもらうからな。まあ、せいぜい、正々堂々と闘おうではないか?」
「うぐっ…………あ、ああ、そうだな、『悪役令嬢』ならば、相手にとって不足はない! 絶対におまえを改心させてみせるからな⁉」
「おやおや、お二人さん、僕のことを忘れてもらっちゃ、困りますよ? どうやら王子様は『来る者は拒まず』のご精神のようですから、これよりは僕も、本気で攻めさせていただきましょうかねえ♡」
「──確かに僕は、『来る者』は拒まないかも知れないけど、『来るホモ』は全力で拒ませていただきます!」
そんな馬鹿げたことを言い合いながらも、確かに僕はその時、心の中で安堵していたのだ。
これで、これまで通りに、オードリーと関わり合っていけると。
それもけして『純真無垢な乙女』なんかではなく、本当は迷惑千万であるはずの、『ヤンデレストーカー』である彼女と。
──なぜなら、たとえどんな過去があろうが、どんな超常の力を秘めていようが、今ここに現に存在している『彼女』こそが、現在における唯一本物の、『オードリー=ケースキー』であるのだから。




