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第40話、颯爽登場、『×××探偵』⁉

「……くくく、確かに今回の連続殺人事件の『真犯人』は、わしじゃが、それがどうした?」




「「「なっ⁉」」」




 現代日本で言うところの、ミステリィ小説的事件の最大の見せ場である、すべての事件関係者が一堂に会しての、『謎の解明と真犯人の指名シーン』にて。


 最近噂の『悪役令嬢名探偵』が登場する以前は、この大陸一の名探偵と讃えられていた、僕こと『紫の雨(プリンス)探偵』としては悔しいことだが、今回ポッと出の『小公女ロンリープリンセス探偵』に完全に後れをとってしまい、ついに最終的な『真相と真犯人』すらも突き止められてしまって、誰もが納得する懇切丁寧かつ詳細なる謎の解明を行った後で、いよいよ真犯人を名指ししたところ、当のすべての黒幕──大陸一の超武力国家『タケル軍団帝国』の誇る大貴族である、ビート=キョンシー辺境伯が、少しも動ずることなく、あっさりと容疑を認めながらも、完全に居直ってしまったのだ。


「確かに今のわしは、『え? キョンシー辺境伯? 誰それ? ビートと言えば、皇帝陛下である、ビート=タケル=キッターノ様でしょう!』といったふうに、誰からも忘れられた存在じゃが、これでもただの傭兵として大陸中を放浪していた下積み時代においては、タケル皇帝の唯一の相方だったのであり、人一倍人情に厚い陛下は、一人だけ大成功を収めた現在においても、けしてわしのことを粗雑に扱いはせず、帝国の要衝である南部国境地帯の辺境領を託すとともに、例外的な自治権と強大な権力を与えてくださっておるからして、たかがメイドや冒険者風情の平民を五、六人ほど殺したところで、何のおとがめも受けることはないのだ!」




「──くっ」


 悔しそうに、わずかにウエーブのかかった長いブロンドの髪の毛に縁取られた、いまだあどけなく可憐な小顔を歪める、年の頃十歳ほどの、幼き名探偵。




 小柄で華奢な肢体を包み込んでいる、純白のエプロンドレスを伴ったワンピースドレスとおそろいの水色の瞳に、憤りの涙を浮かべながら。




 それを見ていて堪らなくなった僕は、ついに、この絶望的状況を一気にひっくり返すことのできる、『伝家の宝刀』を抜くことにした。




 ──そう。けして切ってはならない、『切り札』を。




   ☀     ◑     ☀     ◑     ☀     ◑




 実際、その幼い少女を一目見た瞬間、僕がこれまでに抱いたことのない感慨を覚えたのは、間違いなかった。




 ……とはいえ、最初それがどういう意味を持つのかは、僕自身にも判然としなかったのではあるが。


 それというのも、最近の僕ときたら、相手の年齢に関係なく、女性というものに、あまり興味を抱かなくなっていたのだから。




 もちろん、男性として、女性に対する『欲望』の類いが、まったく無くなってしまった、というわけでもなかった。


 しかし生まれがあまりに特殊なせいで、ほんの幼い頃から『女扱い』も嗜みの一つとされていて、いまだ二十歳はたちほどの年齢に過ぎなかった行儀作法の家庭教師から、『男女の営み』の手ほどきを受けたのを始めとして、これまで数多くの女性と、何の苦労もなく関係を持ってきたのが祟ったのか、もはやそういった『作業』に、何ら興奮や快楽も感じられなくなってしまったのだ。


 ──しかし、それがどうしたことであろうか。


 年端もいかず、可愛らしいものの、どこか小生意気で、おそらく貴族階級の御令嬢で、教育も行き届いており、それなりに頭脳明晰であろうが、何かにつけて名探偵である僕を出し抜こうとする、あの小公女ロンリープリンセス探偵を一目見た瞬間に、これまで感じたことない、えも言われぬ『好奇の念』が、心の内で芽生えてしまったのだ。


 ……まさか、誇り高き高貴なる一族の出自であるこの僕が、あんな幼子に魅入られてしまうとは。


 ──これまで関係してきた女性たちが、ほとんど年上ばかりだった反動なのか?


 ──それとも、自他共に認める、大陸屈指の名探偵であり、人のうらやむ『プリンス』である僕に対して、けしてなびこうとはせず、むしろ近寄れば近寄るほど、いかにも迷惑そうに距離をとろうとすることこそが、これまで自分の周囲ではけしてあり得なかったゆえに、新鮮に思えてしまったからなのだろうか?


 そのように疑問ばかりが募るものの、当然答えを得ることなぞできず、ただ悶々と煩悩を抱えるばかりで、そのためかいつものような名推理が一つも決まらず、むしろてんで的外れな言動を繰り返して、いいところがまったく無く、当の彼女からも失笑を買う有り様であった。




 ──いや、僕のことを完全に蔑んだ冷たい目で見ていたのは、むしろ彼女に常にべったりとくっついている、女執事のほうか。




 男性用の漆黒の執事服に、華奢なれどすでに女性らしき凹凸も目立つ肢体を包み込み、後ろで一つに結んだ長いブロンドヘアに縁取られた、彫りの深い端麗な小顔の中で妖艶に輝いている翠玉色エメラルドの瞳といったふうに、一見したら年の頃十五、六歳にしては妙に大人びた美少女にしか見えないものの、その落ち着き払った物腰や、まったくそつの無い人当たりなどを見るにつけ、これまで少なからぬ『修羅場』を渡り歩いていることが、容易に見て取れた。


 そんな海千山千の曲者執事が、四六時中に御主人様である『小公女ロンリープリンセス探偵』に張り付いているものだから、こちらとしては事件に関すること以外では、私的に彼女に近づくことができず、ますます自分の正体不明の想いを持て余すばかりであったのだ。


 そんな時、僕が口惜しさのあまりほぞをかんでいると、決まって勝ち誇ったかのような笑顔を向けながら、いやがる『小公女ロンリープリンセス探偵』に対して過剰なスキンシップをして、見せつけてくる、女執事。


 その、己の主人を主人とも思わぬ不埒な様すらも、何とも似合っているところが、彼女のけして枠に囚われないスタンスを、更に印象づけるのであった。


 そうかと思えば、思わぬことにも、僕と『小公女ロンリープリンセス探偵』との間には、今回の事件中に宿泊している、有名リゾート地の一流ホテルとも見紛う、被害者の一族所有の巨大な別荘の中で、なぜだか頻繁に『ラッキースケベイベント』が発生して、着替え中や入浴中の彼女の姿を目の当たりにするたびに、その裸身をしっかりと確認する前に、幼女ならではの甲高い悲鳴を上げられて、衆目に晒されることになってしまい、いつしか僕は『ロリコン探偵』とまで、呼ばれるようになってしまったのである。




 ──いや、違うよ?


 ──年上の女性ばかりと関係してきた反動で、ちっちゃな女の子にしか興味が無くなった、とかじゃないよ?


 ──むしろ今や、全年齢的に、女性そのものに、興味が無くなているんだから。


 ──だから僕はけして、『ロリコン』なんかじゃないんだから。


 ──そこのところ、間違えちゃ、駄目だよ?




 ……まあ、このことについては、むしろ己のあるじのスケジュールを完全に管理している、あの女執事が仕組んだことであるようにも思えるところであり、気にしないことにするとして、問題は何よりも、『現在の状況』なのである。




 僕の感情の正体はともかく、何かと興味が引かれる『小公女ロンリープリンセス探偵』が、せっかく『名推理』を披露して真犯人を指摘したというのに、当の犯人が権力で握りつぶそうとしているのを見せつけられては、もはや黙っているわけにはいかない。




 ──だから僕は、これまでの探偵活動においては、けして見せることのなかった『奥の手』を、何ら躊躇無く使うことにしたのだ。




   ☀     ◑     ☀     ◑     ☀     ◑




「──なっ! き、貴様が、大陸一の経済大国、ブロードキャッスル王国の、フージン=(サン)(ケー)=ブロードキャッスル王太子──つまりは、次期国王じゃと⁉」




 ミステリィ小説的事件においての山場中の山場、『すべての謎解きシーン』にて、新たに公開された『事実』を耳にすることで、驚愕に目を見開く『すべての黒幕』の大貴族殿。




「ええ、うちの国は貴国の国債の買い入れ等、官民を問わず、かなりの額の経済援助を行っております。果たしてタケル陛下は、僕の証言を無下になされるでしょうかねえ?」

「……ぐぬぬ」

 僕のあたかも恫喝とも言える台詞に、もはや完全に言葉に窮し、ただうめくばかりのキョンシー辺境伯。

 チラリと横目で見やるや、さすがの『小公女ロンリープリンセス探偵』殿も、目をまん丸に見開いて、僕のことをまじまじと見つめていたのが、何とも小気味よかった。

 ……ただし、例の女執事のほうは、相変わらず人を小馬鹿にしたような笑みを浮かべていたのには、少々癪に障ったが。




 しかし、そんなことに気をとられたのが、『命取り』だったのだ。




「──ええい、であえであえ! この狼藉者どもを、始末せい!」




 辺境伯の命令一下、『謎解きシーン』として使われていた大宴会場へと、雪崩を打って飛び込んでくる、完全武装の私兵たち。




「……くくく、こんなこともあろうかと、別荘の近くに手の者を潜ませておいて、正解だったな? ──者ども構わぬ、王子を含めて、目撃者を一切、皆殺しにしろ! なあに、心配はいらぬ、きっとタケル皇帝が力になってくれて、今回の事件のすべてが無かったものとされるであろう」


 ──なっ⁉


 そのあまりに身勝手な言い草に、思わず戦慄を覚えた。


 この期に及んで、まだそんな世迷い言をほざくつもりか⁉




 僕はまさにそのタケル皇帝の依頼を受けて、貴様の乱行の証拠を集めていたんだぞ⁉




 おそらくは、もはや目の前の初老の男の命運は、尽きたと言っても構わないであろう。


 ……とはいえ、僕自身においても、けして命の保証があるとは言えなかった。


 王族の嗜みとして、格闘術にはそれなりの自信があるが、本職の武装集団十数名を相手にして立ち回りを演じるほど、無謀な性格はしていないつもりであった。


 ……何ということだ、むしろこちらのほうが、『万事休す』ではないか?




 すると、こんな大ピンチの状況だというのに、そんなこと歯牙にもかけずに、いつも通りの涼しい顔をして、己のあるじの前に膝をつき、胸に手を当てて申し出る、謎の女執事。




「──我があるじ、ご命令を賜りたく存じます。たった一言、申されてください、『今晩ハニーの言うことは何でも聞くから、やつらを血祭りに上げてちょうだい』と♡」




「はあ? そんなこと言えないよ⁉」




「おや、いいんですか? もちろんご下命が無くても、あなたのことは絶対お守りしますけど、この別荘の関係者や、我々以外の探偵や容疑者さんに関しては、すべて見殺しにしますよ?」


「……くっ、わ、わかった、──こ、今晩、ハニーの言うことは何でも聞くから、やつらを血祭りに上げてくれ!」


 何とも恥ずかしい台詞を言わされて、羞恥に顔を真っ赤に染め上げる、己のあるじの姿をじっくりと堪能するや、おもむろに立ち上がり最敬礼する女執事。




「仰せのお通りに、我が()()()♡」




 ………………………………………………は?




「な、何だ、女執事風情が──ぐぼっ⁉」


「て、てめえ、やりやがった──どわっ⁉」


「き、貴様──げへっ!」


「ちょっ──ぶほっ!」


「あ、あの──だわっ!」


「ご、ごめ──のおっ!」


「た、助け──ひげっ!」




「お、おのれ、辺境伯であるわしに対する、数々の無礼、絶対に許さんぞ!…………いや、許してあげるから、勘弁してちょうだい? ね、ね、ね──ねぐぅるぁすかぁ⁉」




 僕が思わぬ台詞を耳にすることで完全に呆けている間に、風魔法や水魔法を始めとする、無数の攻撃魔法が乱れ飛び、辺境伯一味は、あっさりと沈黙してしまったのであった(死んだとは言っていない)。




「さあ、王子様♡ 何でも言うことを聞いていただきますわよ♡」


「ちょっ、血だらけの身体で、抱きつくなよ⁉ それに約束は今ではなく、今晩だったはず…………あっ⁉」


「ぐふふふふ、そうですそうです、そうでした♡ ぎひひひひ、こりゃあ、今晩が楽しみじゃて♡(ゲス顔)」


「汚い! 血糊べったり的に二重の意味で、汚すぎる! とにかくこの場は放せよ⁉」


「あん♡」


 自分にむしゃぶりつく、痴女執事を力ずくで払いのけた後で、頭部から金髪のウイッグをむしり取り、同じ金髪ながらも、あくまでも少年らしい短髪をさらけ出す。


「君──いや、貴殿はまさか、ヨシュモンド王国の王太子であられる、ヒットシー殿下か⁉」


「……改めてお久し振りです、フージン殿下、こうして直接お会いするのは、かれこれ五年ぶりでしょうか?」


 そのように礼儀正しく言葉を返す姿は、確かに五年前に初めて出会った、幼き王子の姿を彷彿とさせた。

「見違えたよ、すっかり可憐な少女──げふんげふん、男らしく凜々しくなられたようですな」

「……いえ、お気遣いご無用。自分が母親譲りの女顔であることは、重々承知しておりますので」

「ああ、大陸一の名花とも謳われた、今は亡き『ナニワ姫』様ですか? ──して、そちらの執事服をまとわれた方は? 彼女もただ者ではあられないのでしょう?」

「ええ、我が王国筆頭公爵家令嬢、オードリー=ケイスキー姫──いや、『悪役令嬢』と申したほうが、お聞き覚えがお有りかも知れませんね」

「彼女が、あの⁉」

 驚愕のあまり、当の本人のほうに振り向けば、いつもよりも三割増しの侮蔑の表情が待ち構えていた。




「うひゃひゃひゃひゃ! どうです、今回のクイズ(?)の解答は、『男の探偵』でした! いやあ、すっごく、ものでございましたよ! あの噂の『紫の雨(プリンス)探偵』であり、経済大国ブロードキャッスル王国の王太子殿が、実は『男の』とも知らずに、ラッキースケベイベントの数々にドギマギしている姿ときたら! 残念ながら、殿下はあくまでも『男の』ならぬ『男の子』であり、このわたくしの婚約者であって、あなたの想いはけして成就したりは、




「──君には、心から、()()()()()()よ」




「「へ?」」




 長々と続きそうだったから、途中で口を挟んだ僕のほうを、さも訝しげな表情で見やる、ヒットシー王子主従。




「僕が、自分自身でも気づいていなかった、『本当に欲しかったもの』──すなわち、『本当に愛すべき者』に気づかせてくれて」


「……え、殿下、それって、まさか」




「うん、貴殿だよ、ヒットシー王子。……ふふ、そうだよな、このところ女性に対して、まったく興味が無くなっていたのは、別に女性に飽きていたからではなく、男性への愛に──それも特に、君のようなショタ美少年への愛に、目覚めていたからだったのだ!」




「……い、いや、そんなこと、いきなりここで、カミングアウトされても」


「そうよ! さっきも言ったでしょ⁉ 王子はこの私のものなんですからね!」


「い、いや、君のものとも、決まったわけではないんだけど? だから放してくれない? 君の自慢の胸に顔面が完全に埋もれて、今にも窒息しそうなんだけど?(腹話術を使っています)」


 まさに親猫が仔猫を庇うかのように、小柄な王子の身体をひしと抱きしめながら、こちらへと敵意に満ちた青の瞳で睨みつける、公爵令嬢──いや、大陸最強にして最凶の『悪役令嬢』。


 ──面白い、相手にとっては、不足はない。


 これからこうした探偵活動を始めとして、ヒットシー王子を賭けて、勝負をしていこうではないか?


 それに我が王家の一族は、『竜の末裔』という、隠し球を秘めているのだ。


 先ほど垣間見た、『悪役令嬢』の片鱗としての、怪物そのものの有り様にも、けして引けをとるものか。




 そのようなことを胸中で巡らせながら、まさしく『竜虎相搏つ』の図そのままに、『悪役令嬢』とにらみ合いを続ける、『竜の王子』。




 そんな中、完全に蚊帳の外に放り出されてしまったヒットシー王子が、ぽつりとこぼした。




「……いや、勝手に人のことを賭けて争われても、困るんですけど?」

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