第39話、「僕、ショタ王子様ですけど、何か?」学園がテロリストに襲撃される、例のやつ。
「──貴様ら、腐敗しきった王侯貴族のガキ共めが! この銃はけして飾りじゃないんだから、妙な真似をしやがると、容赦なく撃つからな⁉」
我がヨシュモンド王国が誇る、王侯貴族の子女御用達の王立魔法学園の、高等部1年8組の教室にて響き渡る、妙齢の女性にしてはやけに野太い声。
──完全武装の覆面姿にて、当クラスの担任であり魔法学の教諭である、アネット=ハーマン=チャン男爵令嬢を羽交い締めにして、その首元に無骨なサバイバルナイフを押し当てながら。
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……ええと、毎度お馴染みの、『この世で最も不幸なショタ美少年』こと、ヨシュモンド王国第一王子の、ヒットシー=マツモンド=ヨシュモンドです。
せっかくこうして無事に王都に帰り着いたというのに、何ですか一体、前回の『吹雪の山荘』における【ミステリィ編】に引き続いて、今回は『テロ組織による突然の校舎の占拠』という、【学園パニック編】でも繰り広げようとでも言うのですか?
何かもう、ありきたりというか、お約束というか、もしかしてこの作品の作者って、三作品連日投稿なんて身の程知らずのことをやり続けて、ついに限界を迎えて、ストーリーとかイベントの舞台設定とかを、ちゃんと考えるのが面倒臭くなってしまったんじゃないだろうね?(当たりです)
……しかしそれにしても、テロリストの人たちも、よりによってこの学園を選んでしまうなんて、ほんと運が無いよね。
何でも、一応王政を布いているこのヨシュモンド王国において、平民──中でも特に、女性の地位向上のために闘い続けているそうなんだけど、うちってそんなに身分制度にうるさくなかったと思うけどなあ。
あえて現代日本の基準で言えば、現在の英国あたりが似たような感じかな? 王室は文字通り『君臨すれど統治せず』だし、貴族制度はあっても別に身分によってあからさまな差別なんて無いし、むしろやり手の商人のほうが、財力はもちろん権力すらも、そこいらの下級貴族よりもあるし、更には本場英国よろしく、ロックスターなんかの国民的人気者に対しては、一代限りの『サー』の称号が与えられたりするしね♡ 例えば、『つっぱりジョン』とか『気取り屋ポール』とかにね。
彼女たちが問題にしている、女性の地位向上についても、自治権が与えられている大都市の選挙権等においては、すでに男女平等だし、セクハラやパワハラ等についても、現代日本の腐った『お題目主義』や『マスコミによる歪曲化』や『女が非モテの男を更に疎外するために悪用する逆差別』なんてあり得ず、ちゃんと女性自身が闘って女性の権利を獲得しているという、むしろ『現代アメリカ』方式の理想的な形で解決が図られているし、個々の男女関係においても、恋人でも夫婦でも、現状では圧倒的に女性のほうが強いし…………って、あれ? 何だかこうして地の文において語り続けているうちに、かえって王侯貴族や男性のほうが、地位の向上のために立ち上がらなければならないんじゃないのかといった、けして気づいてはいけなかった、虚しすぎる『世界の真理』に気づいてしまいかけたので、この辺でやめようと思います。
というか、まさにその、『強き女性』の代表格と目されている人物が、このクラスにいるんだよね。──それこそ、たった十数名程度のテロ集団くらいなら、片手でひねり潰せるほどの。
だから彼女たちにとっては、この教室に足を踏み入れた時点で、すでに年貢の納め時………………………………………………って、あれ?
なぜだか、僕のすぐ隣の席に座っている、まさにその『強き女性の代表格』──実は親が定めた僕の婚約者でもある、オードリー=ケースキー公爵令嬢ときたら、テロリストの皆さんが教壇に陣取って必死にアジ演説をしているというに、一切構う事無く、いつものように僕のほうをニコニコ笑顔で見つめられていたのである。
上級貴族のお嬢様に似つかわしい、縦ロールの長い金髪に縁取られた、端麗なる小顔の中でどこか期待感に満ちて煌めいている、翠玉色の瞳。
「……あの、オードリーさん?」
「何ですの、ヒットシー様♡」
「今の状況って、ちゃんとわかっていらっしゃいます?」
「──ええ、もちろん、まさに大ピンチってところですわね!」
おや、ちゃんとわかっているようd…………いやいや、待て待て、何でいかにも嬉しそうに、満面に笑みをたたえているんだ⁉
この前の吹雪の山荘で連続殺人事件が起こった時は、僕との逢瀬を邪魔したとかで、犯人を問答無用で殺そうとしたくせに!(本当に殺したとは言っていない)
……うわっ、周りのクラスメイトの皆さんが、「早くどうにかしろ!」と言わんばかりの目つきで、僕のほうを睨みつけているじゃないか⁉
「ね、ねえ、オードリー、僕はこの学園生活においても、もっと君と楽しく朗らかに触れ合いたいと思っているんだけど、もしも僕たちの学園を脅かすようなやつらがいたとしたら、絶対に許せないよね⁉」
「──まあ、奇遇ですわね! まさに私も、そう思っておりましたの!」
へ?
「だから、文字通り『私の王子様』であるヒットシー様が、あの不埒者どもを、全員成敗なされるのを、今か今かとお待ちしておりますのよ♡」
──なっ⁉
「……ああ、テロリストに突然占拠される、平和な学園。愛する者同士は引き裂かれて、ヒロインのほうはあえなく、敵の手の内に落ちてしまうのですわ。──だがしかし、一度はテロリストに屈したかとも思われたヒーローが、隠し持っていた『傭兵』としての戦闘技術を最大限に駆使して、テロリストを殲滅し、ヒロインを無事救い出して、晴れて二人は結ばれるの!」
そう言って、両手を合わせて恍惚の表情で、天へと祈りを捧げる、(一応今のところ僕への夜這い等が未遂に終わっていることから、たぶん)純潔なる乙女。
──いやいやいやいやいやいやいやいやいや、ちょっと待って⁉
何その、ベッタベタな、妄想ストーリーは?
僕はあくまでも『王子様』なのであって、『傭兵としての戦闘技術』なんて、微塵も持ち合わせていないんですけど⁉
…………え? クラスメイトの皆さん、何でオードリーではなく、僕のほうを、いかにも『責めるような目』で見ているのですか?
──っ。もし僕が無謀にもオードリーが望むように、テロリストに挑んでいって、あえなく返り討ちに遭いかけたとしても、どうせいざという時にはオードリーが助けてくれるから、「とにかくおまえは、テロリストに特攻しとけや?」とか、思っているのではないでしょうね⁉
ちょっ、そんな御無体な? 僕がしゃしゃり出た瞬間に、テロリストの皆さんが問答無用で、銃を乱射なさったりしたら、どうするんですか⁉
……というかこの作品、今更だけど、銃器で武装したテロリストとか、立憲君主制とか、男女平等参政権とか、平気で登場してくるけど、時代設定はどうなっているの? もはや『中世ヨーロッパ』じゃないよね? 近世? 近代?
「──おいっ、そこの高等部の教室には似つかわしくない、JDの年格好のちびっ子! 何をさっきから、キョロキョロ周囲を見回したり、百面相をしたりしているんだ⁉ 貴様、我ら『憂国の士』のことを馬鹿にしているのか!」
──うわっ⁉
あまりに挙動不審すぎたせいか、ついにテロリストのリーダー格の女性に見咎められて、大声で怒鳴りつけられたために、ついビビってしまってその場で立ち上がる。
「……ほう」
途端にテロリストの皆さんの視線が、僕へと集中する。
オードリーに強制されて渋々着用している、半ズボンの改造制服からむき出しになっている、いまだ女の子みたいになよなよとしている生足を中心に、全身を舐めるように見回している、好色な視線。
こ、こいつら、本当は男女平等の実現とかいった『義のために立ち上がった憂国の士』などではなくて、ブラック企業でこき使われて、彼氏もおらず独り寂しく『美青年やショタ美少年の王子様ばかりが登場してくる乙女ゲーム』をやることだけを生きがいにしている、オタク系のアラサーOLに過ぎず、それがついに不満を爆発させて、破れかぶれで無謀にもテロ行為に走っただけじゃないのか⁉(相変わらず時代設定ガン無視発言)
……道理で、うちのようないかにも乙女ゲームの舞台になりそうな、王侯貴族の子女専門の魔法学園なんかに乗り込んできたわけだ。
──くっ、もしも僕が『王子様』であることが知られてしまったら、このいかにも『乙女ゲー厨』っぽいオバサンたちに、どんな(貞操の危機的な)目に遭うかわかったものじゃないぞ?
……仕方ない、この手だけは使いたくはなかったんだが、背に腹は代えられぬ。
そして僕はおもむろに、婚約者である公爵令嬢のほうへと向き直った。
「……オードリー」
「何ですの、ヒットシー様♡」
「この国の次期国王である僕を、こんな目に遭わせるなんて、甚だ不愉快だ。──よって君との『婚約』については、僕の独断により、今この場において、『破棄』させてもらう!」
──その瞬間、教室内に激震が走った。
突然の王子様の奇行に、わけがわからず戸惑うばかりの、クラスメイトたち。
いきなり『乙女ゲー最大の見せ場』を目の当たりにして、大興奮のテロリストたち。
そして、当の『彼女』の、反応はと、言うと──
「……コンヤク……ハキ……?」
真珠のごとき艶めく小ぶりの唇から、漏れいずる、つぶやき声。
「……コンヤクハキ……コンヤクハキ……コンヤクハキ……コンヤクハキ……コンヤクハキ……コンヤクハキ……コンヤクハキ……コンヤクハキ……コンヤクハキ……コンヤクハキ……コンヤクハキ……コンヤクハキ……コンヤクハキ……コンヤクハキ……コンヤクハキ……コンヤクハキ……コンヤクハキ……コンヤクハキ……コンヤクハキ……コンヤクハキ……コンヤクハキ……コンヤクハキ……コンヤクハキ……コンヤクハキ……コンヤクハキ……コンヤクハキ……コンヤクハキ……コンヤクハキ……コンヤクハキ……コンヤクハキ……コンヤクハキ……コンヤクハキ……コンヤクハキ……コンヤクハキ……コンヤクハキ……コンヤクハキ……コンヤクハキ……コンヤクハキ……コンヤクハキ……コンヤクハキ……コンヤクハキ……コンヤクハキ……コンヤクハキ……コンヤクハキ……コンヤクハキ……コンヤクハキ……コンヤクハキ……コンヤクハキ……コンヤクハキ……コンヤクハキ……コンヤクハキ……コンヤクハキ……コンヤクハキ……コンヤクハキ
──婚約、破棄?」
「──うぎゃあああああああああああああああああああああっ⁉」
突然腹部から鮮血をほとばしらせながら倒れ込む、テロリストの一人。
完全武装の防弾防刃服すら、何の意味もなさず、ぱっくりと開いた傷口。
──それに対して、今まさに『かまいたち』を放ったばかりの右手に、風の精霊をまとわりつかせている、公爵令嬢────否、
『王子様からの婚約破棄』をトリガーとして覚醒を果たした、第二形態『悪役令嬢』。
「……うぬらのせいだ、うぬらが、我が学園に、やって来なければ、こんなことには……。ぐぬぬぬぬ、こうなれば、うぬらを一片の肉片すらも残らず消し飛ばせば、きっと王子様も、考えを改めてくださるはず!」
そのようにあらぬことを口走りながら、一歩、また一歩と、テロリストたちのほうへと歩み寄っていく、もはや悪鬼のごとく成り果てた『悪役令嬢』。
──その白桃のごとき両頬を、止めどなく流れ落ちている、血の涙。
「くっ、化物めが⁉ 撃てっ、撃つんだ! これ以上、近寄せるんじゃない!」
もはや半狂乱となって、闇雲に銃火器を乱射するばかりの、テロリストたち。
しかし、風の精霊による『突風のバリア』が、いかなる弾丸も、一つたりとて通すことは無かった。
「──やつの弱点は、アンビリカルケーブ…………じゃなかった、あのショタ美少年と、小指と小指で結びついている、『赤い糸(実体)』だ! あれこそが、やつの尋常ならざる活力の素に違いない! あれに的を絞れ!」
リーダー格の命令一下、無数の銃弾にさらされ、あっけなくちぎれ飛ぶ、(オードリー自作の)赤い糸。
しかし、今や無敵の『悪役令嬢』は、歯牙にもかけなかった。
「無駄だ無駄だ、たとえ赤い糸がちぎれようと、何度でも(王子様の意思を無視して)結び直せばいいだけだ! ──貴様らの鮮血で、真っ赤に染め直してな⁉」
そう言って、彼女が右手をぞんざいに一振りするだけで、無数の空気の刃が、テロリストたち目掛けて殺到する。
「「「ぎゃああああああああああああああああああああっ!!!」」」
その後にはただ、哀れな襲撃者たちの断末魔が、虚しく響く渡るだけであった。
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「──こらっ、殿下ったら、駄目じゃないですか? オードリーさんに対して、考えなしに『婚約破棄』なんて言ったりしたら。女心は、傷つきやすいんですよ? しかも、テロリストを殲滅させるために、第二形態の『悪役令嬢』にさせてしまうなんて。私に彼女の『悪役令嬢』状態を無効化する力が無かったら、この学園はもちろん、王都自体が、崩壊するところだったんですよ?」
事件解決後、テロリストから解放された、意中のアラサー女教師のアネット=ハーマン=チャン男爵令嬢から、しこたま怒られちゃった………………なぜだ。
「この馬鹿もん! 公爵家令嬢との婚約を勝手に破棄するとは、何事か⁉ これは我が王家と公爵家との千年来の約定に基づくものなのであり、たとえ婚約者本人であろうと、軽々しく破棄する権利なぞ無いんだぞ⁉」
当然、事の次第をお聞き及びになった、国王陛下であられる父上からも、問答無用で雷を落とされて、三ヶ月間もお小遣いを減額されてしまった…………おいおい、殺生な。
「大丈夫、私はわかっておりますわ。ヒットシー様は、試されただけなんですよね? あのような極限的状況下にあって、あえて婚約破棄を言い渡してもなお、私が王子様の愛を信じられることができるかどうかを。もちろんあれしきのことで、私のあなた様への愛は、微塵も揺るぎはいたしませんことよ♡」
そして、一番愛想を尽かして欲しかった人物に至っては、なぜか『雨降って地固まる』よろしく、以前よりも僕にラブラブにまとわりついてくるようになってしまったのであった。
……例の『赤い糸』のほうも、更に固く(本当に物理的に)結びつけてしまうし。
何で、こんなことに……。
──これじゃむしろ、テロリストなんかよりも僕のほうが、文字通りの『踏んだり蹴ったり』ではないか?




