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第36話、『妖女ちゃん♡戦記』遅れてきた魔王。

 ──私、マリエ=ゴールドは、勇者である。




 ……つい、「自分で何を言っているんだ、この勇者は?」と、突っ込みそうになったが、何でも現代日本においては最近、こういった言い回しが流行りなのだそうだ。


 おそらくは、この世界のような、剣と魔法と都市伝説の異世界ファンタジーワールド界隈で流行っている、「──あたし、マリェーさん、今魔王城にいるの」のようなものか。




 そう、何と現在私は、魔王城に──それもその最奥の『謁見の間』に、単騎で乗り込んでいたのだ。




 ……とはいえ、別に勇者の責務として、魔王討伐に訪れたわけではない。


 何せ、当の魔王様からのお招きに応じて、普通にアポイントを取って訪れているのであって、魔族領内に入ってからこの城に至るまで、軽装とはいえ鎧をまとい、神託の聖剣『ソラリス』を帯剣しているというのに、魔族の皆さんは何らとがめ立てをすることなく、笑顔で迎え入れてくれたのだ。


 そうなると逆に、勇者を魔王城の奥深くにおびき寄せるための、『罠』か何かを疑うべきところであったが、それも杞憂に過ぎなかった。




 それというのも、今は亡き先代魔王様の王妃陛下──つまりは、現魔王の御母堂様が、何を隠そう私の伯母に当たる元ゴールド王家の王女であり、魔王と私とは従兄妹同士の関係にあったのだ。




 ……しかし、いくら身内だからといって、『対決』をするでもないのに、魔王がこうも頻繁に、勇者を魔王城に呼び込んでいもいいのだろうか。


 ま、まあ、私としては、頻繁に魔王──ユージンに会えること自体は、嫌ではないと言うかやぶさかではないと言うか、有り体に言えば、嬉しくないこともないんだけどね!(きゃっ♡)




「……そこのストーカー勇者、何をさっきから身体をくねくねくねらせて、悶えているのよ? ほんとあんたって、キショいわねえ、うっとうしいから、やめてくれる?」




 唐突にすぐ傍らから聞こえてくる、あからさまに辛辣なる声。

 振り返ればそこには、まるでその名前を体現するかのように、闇そのものを凝らせたかのような、年の頃四、五歳ほどの幼い少女が所在なくたたずんでいた。




 いまだ性的に未分化な小柄で華奢な肢体を包み込む、禍々しくも可憐なる漆黒のネオゴシックのワンピースドレスに、腰元まで滝のように流れ落ちている烏の濡れ羽色の髪の毛に縁取られた、人形そのままの端整なる小顔の中で不敵に煌めいている、黒水晶の瞳。




 う〜ん、黙っておすまししていれば、天使か妖精かって感じの、超絶美少女──いや、美()女なんだけどなあ。


 何でか、私の前だと、不機嫌そうだったり、攻撃的だったり、するんだよねえ。

 ……一応こっちは年上の従姉のお姉さんなんだから、何か死にかけの虫を見るような、蔑んだ目つきで見下すのだけは、やめて欲しいんだけど。


 ……。


 …………。


 ……………………。


 …………………………………………あれ?


 何か、それほど、嫌な感じはしないぞ?


 ──いや、むしろ嫌どころか、もっとあの眼で見つめられ続けたいというか……。


 ──いっそ足蹴にされたり、馬乗りされたり、してもらいたいというか……。


 聖なる神託の勇者が、魔族の──しかも年下の少女に、断じて感じてはいけないことなのに。


 その『イケナイこと』であることこそが、これまで感じたことのない、ゾクゾクするような感覚を、身体の奥底から湧き上がらせるというか……。


 ……もしも、そう、あくまでも、『もしも』という、仮定の話だけど、


 将来私とユージンが結ばれたら、彼の妹であるこの子──ヤミ=アカシア=ルナティックは、私の妹にもなるわけだよね?




 それって、何か、いいかも♡




「──ちょっと! あんた勇者のくせに、何をさっきから邪悪なオーラをまき散らしながら、私のほうを、ねっとりとした目つきで見つめているのよ⁉」

「……ヤミちゃん、私のこと、『マリエお姉ちゃん♡』って、呼んでみて?」

「呼ばないわよ⁉ ──何、この魔族ならではの第六感による、危険レベルA以上の危機感? あんた『兄妹丼』の趣味もあったの⁉」

 そのように私たちが、楽しくじゃれ合っていた、まさにその時。




「──ごめんごめん、すっかり待たせてしまって! いやあ、作業に手間取ってしまってさあ」




 唐突に、『死の使者』が、訪れた。


 咄嗟に、聖剣を正眼に身構える。


 チラリと横目で見やれば、ヤミちゃんのほうも臨戦態勢となっていた。


「……あ、あれ?」


 入り口のほうから、何か小さな紙包みを抱えてあたふたと駆け込んできたのは、この城のあるじであり、我が親愛なる従兄殿でもある、ユージン=アカシア=ルナティックその人であった。


 あれれ? 何で私ったら、ユージンなんかを、警戒したりしたんだろう?


 ……いや、勇者が魔王を警戒するのは、ある意味正しいんだろうけど。


 ──しかし、そのような不可解な疑問を抱いたのは、私だけではなかったのだ。




「……お兄ちゃん? その手に持っている、二つほどの紙袋は、何が入っているの?」




 いまだやけに真剣な表情を保ったままで、恐る恐る尋ねる、魔族最強の幼女。

 そのあからさまな不審の念を、知ってか知らずか、玉座の上に置いた当の紙袋の中身をごそごそと漁りながら、その魔王様は、


 ──我々に向かって、『死刑宣告』を突き付けた。




「……あはは、いわゆる『ホワイトデーのお返し』さ。ほら、二人からはヴァレンタインデーに、手作りのチョコレートをもらったじゃないか、だから僕もそのお返しに、手作りのお菓子を作って、是非食べていただこうと思って、ここに呼び出したわけなんだよ」




「「──なっ⁉」」




 ……ユージンの、()()()()、お菓子だと⁉




 それを耳にするや、一瞬にして、ヤミちゃんとともに、唯一の()()経路である、出入り口のほうへと目を向けるが──




「……残念ながら、ここはお通ししませんよ?」




 ゆらりと現れて立ち塞がる、男性執事の格好をした、妙齢の美女。

「──ショゴたん? お兄ちゃん、どうしてここに、私の執事のショゴたんが⁉」

「ああ、彼女って、万能の『奉仕種族』だろう? お菓子作りを指導してもらおうと、昨日の夜から一晩かけて、実際にお手本を示してもらったり、僕の創った試作品の味見をしてもらったりしていたんだ」

「一晩中、お兄ちゃんの手作りのお菓子の、味見をさせられていたって…………本当なの、ショゴたん⁉」

「……ええ、前の御主人様亡き後、久々に味わいましたよ、『宇宙的恐怖』ってやつをね。──それで、お嬢様方にも、是非とも同じ目に遭って──もとい、同じ栄誉に与っていただこうと思いましてね」

なんかマジな目つきで、ヤバいこと言っている⁉ ──お兄ちゃん! 今日はもう3月15日よ! ホワイトデーは、昨日で終わっているじゃない⁉」

「うん、ちょっと凝りすぎて、時間がかかっちゃってさあ、1日遅れてしまったけど、別に構わないじゃない? ヴァレンタインデーに比べて、ホワイトデーの日付にこだわる人なんか、ほとんどいないよ。それよりも僕としては、是非とも二人に、僕の手作りのお菓子を食べてもらいたいんだ」

「──凝りすぎたって、今度は何を仕込んだの⁉ 去年みたいに、錬金術の研究中にひらめいた、『意思を持ったケーキに自分の身体を四等分にさせる』とかいった、公開自殺ショウじゃないでしょうね⁉」

「あはは、まさか。あれは去年で懲りたよ。今年はレシピをアレンジして、ちょっぴり独創的なお菓子作りにチャレンジしただけさ」




「──出たわよ、最大のNGワード、『独創性』! だから言っているじゃないの? お菓子作りにおいては、レシピ以外のアレンジは、すべて自殺行為だと⁉」




 魔王兄妹が(一方的に)激しく言い争っている横で、私は心を無にして、静かに瞑想をし続けていた。


 私たちに残された、選択肢は、三つだけ。


 ──このまま大人しくユージンのお菓子を受け取り、いろいろな意味で身を滅ぼすか。


 ──尋常ならざる気迫と魔導力をまき散らしている、あの女性執事さんと、絶望的な勝負に挑むか。


 ──ユージンに、「おまえの『手作り』は、()()()()()()『飯テロ』でしかないんだよ⁉」という、絶対の禁句をここでぶちまけるか──であった。




 ……そして、私たちが選んだのは、と言うと。




「ヤミちゃん、うちのお抱えの治癒士に、食中毒とかが大得意の人がいるから、心配しなくていいよ?」


「ええ、その節は、お世話になるわ」


「……仕方ないよね、私たちが犠牲になるしかないよね」


「……うん、あくまでも善意でやってるお兄ちゃんを、哀しませたくないしね」




 そのように意を決した私たちは、まるで『屠所の羊』であるかのような重い足取りでのろのろと、玉座のほうへと向かっていったのであった。

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