第35話、『作者』という呪い。(妹の場合)
……また、失敗してしまった。
どうしてなんだ?
どうして、何度トライしても、うまく行かないんだ?
──どうして俺は、世界そのものを意のままにできるはずの、『作者』の力を持っていながら、自分の愛する妹一人すらも、助けることができないんだ?
……結局今回の『俺』も、不甲斐なくも、自分の僕であった翼竜になぶり殺されてしまった。
しかしけして、すべてが終わったわけでは無かったのだ。
気がつけば俺は、また違う世界の中で、新生児として、産声を上げていた。
しかも、やはり精神的にのみ世界を改変できる、『作者』の力を有して。
──そう、毎回ほとんど同時期に死ぬことになる、俺と最愛の妹とは、これまで無限とも言える、異世界転生を繰り返してきたのだ。
……考えてみれば、一度転生できたのだから、別にその一度っきりではなく、何度転生してしまおうが、別におかしくはないだろう。
よって俺は何度失敗して、妹を失ってしまおうが、それこそ何度でも再トライすることができた。
──しかしこれはけして『福音』などではなく、むしろ『呪い』であったのだ。
なぜなら、いくら転生を繰り返して、以前の失敗を教訓として、今度こそ妹のことを救おうとしようとも、必ず失敗をして、また転生を繰り返すことになるだけだったのだから。
……結局、現実においては、Web小説のテンプレの異世界転生なぞ、けしてあり得ないと言うことか。
そもそもほとんどの転生系Web作品においては、一回転生したらそれっきりで、主人公の異世界大冒険物語が続いていくのみであり、極論すれば異世界転生なんて、主人公を世知辛い現実世界から夢と希望あふれるファンタジーワールドへと、『物語の舞台』を移動させるための、『口実』として使われているようなものであった。
だったら、現在におけるWeb小説界きっての人気トレンドの一つである、『死に戻り』タイプのWeb作品なら、どうだろうか?
『死に戻り』も一種の『無限に繰り返される転生』と捉えることができて、そういった意味では、俺の現在置かれているこの理不尽極まる状況と、似たようなものであるとも言えなくはなかった。
しかし両者には、決定的な違いがあったのだ。
『死に戻り』があくまでも同じ世界の中で『再転生』を繰り返していて、そのため前回の失敗を効果的に活用できて、いつかは『成功』や『勝利』をもぎ取ることができるのに対して、俺のほうは死ぬたびに別の世界に転生してしまって、前回の教訓をあまり生かせず、何度転生の経験を重ねようが、妹を死なせ続けるという、虚しいループの繰り返しをするのみであったのだ。
──これを『呪い』と呼ばずして、何を『呪い』と呼べと言うのか?
それに何よりも辛いのは、自分自身が死ぬことではなく、妹を死なせてしまうことであった。
そうなのである、何度転生を繰り返そうが、彼女は必ず、俺の歳の離れた妹として、生を受けていたのだ。
──救いがたいことにも、不治の病に見舞われることも、変わらずに。
それ故に、俺がどんなに己の人生をなげうって、妹に尽くそうが、『作者』の力という反則技を駆使しようが、けして彼女を救うことはできなかったのだ。
もはや妹の存在自体が、俺にとっては『呪い』のようなものだった。
──しかしそれでも、俺の彼女に対する『愛』は、微塵も揺るぎはしなかった。
「愛とは呪いのようなものである」とは、よく言ったものである。
──果たしてこれは、『誰が』かけた、呪いなのだろうか?
この呪われた『無限転生』の世界を支配しているのは、どんな性悪な女神様なのか?
俺のみならず、妹までも、永劫の責め苦によって、苦しめ続けやがって。
けして、赦しやしない。
何度無意味な転生を繰り返されようが、心折ることなく正気を保ち続けて、いつの日かその正体を突き止めて、この手で殺してやる!
☀ ◑ ☀ ◑ ☀ ◑
「……お兄ちゃん、どうしたの、そんなにやつれきった顔をして?」
「いや、ちょっと夢見が悪かっただけだよ、おまえは何も心配する必要はないんだ、美里」
「──ッ、ご、ごめんなさいっ」
「お、おい? どうして急に、謝ったりするんだ⁉」
「……だって、だって、お兄ちゃんがそんなにお仕事ばっかりしてやつれきっているのも、何度も転生を繰り返すような変な夢を見るのも、私の病気を治そうと、こんなに立派な病院に入院させてくれたり、こうしてほんのわずかな休日さえも欠かさず見舞いに来てくれたりしているからじゃないの! もう私のことなんてどうでもいいから、お兄ちゃんはもっと、自分のことを大事にしてちょうだい!」
「──馬鹿っ! 自分のことをどうでもいいなんて、口が裂けても言うんじゃない! 俺が何のために頑張っていると思っているんだ⁉ 別に俺は、おまえの不治の病を治して、健康を取り戻させようとしているわけじゃないんだぞ!」
「……え」
「おまえの病気がけして治らないことも、長い闘病生活でおまえ自身が疲れ果てていることも、ちゃんとわかっている! しかしそれでも俺は、少しでもおまえに笑顔になってもらおうと、自分のすべてをなげうって、頑張っているんじゃないか⁉ それなのに、おまえがあきらめてしまってどうする!」
「おにい、ちゃん……」
「もう病状についても、おまえに隠し立てなんかしないし、俺が苦労していることも否定しない、むしろ存分に恩に着てくれ! そして俺におまえの『笑顔』を見せてくれ! それこそが俺にとっての、最高の『ご褒美』だから、それさえ見れたなら、また頑張ることができるから!」
「──うん、わかった! もう私、泣き言なんか言わないよ! お兄ちゃんの前では、できるだけ笑顔で、楽しい話ばかりするように努力するよ!」
「……ごめんな、無理なことばかり言って」
「ううん、これが本当はお兄ちゃんのためなんかではなく、自分のためだってわかっているから! いつもくよくよするよりも、明るく前向きでいたほうが、絶対病気にとってもいいはずだもの!」
「──ッ。……そうか、わかっていたのか」
「それよりも、お兄ちゃんのほうこそ、もっと自分のために生きてちょうだい。このまま一方的に負担になっていたんじゃ、私だって気が引けるわ」
「おいおい、見くびるなよ、俺にだって趣味ぐらいあるんだぜ? あんなおかしな夢を見たのも、たぶん俺が良く読んでいる、Web小説の影響じゃないのかな?」
「えっ、お兄ちゃん、Web小説なんか読むの⁉」
「結構面白いんだぜ? 『なろうの女神が支配する』と言って、やはりとある兄妹を主人公にした『無限再転生』の話なんだけど、その作者の『兄野妹子』ってやつが、何とおまえと同じく現役の中学生らしいんだ、ほんと、大したものだよな」
「へえ、そんなに面白いんだあ、だったら私も早く元気になって、読んでみなくちゃね!」
「──おお、その意気だ! きっとおまえも気に入ると思うぜ?」
☀ ◑ ☀ ◑ ☀ ◑
そうしてすっかり元気を取り戻した兄が帰った後で、私は隠し持っていたノートパソコンを開き、書きかけの小説の執筆を再開する。
──『兄野妹子』作、『なろうの女神が支配する』。
これは、余命幾ばくもない不治の病の少女が、あらゆる世界のあらゆる異世界転生を司っている『なろうの女神』という超常の存在から、『世界の作者』となれるチートスキルを与えられて、己の最愛の兄を自作の世界の中に閉じ込めてしまう、おぞましくも真に純粋なる『愛の物語』であった。
「──そう、お兄ちゃん、あなたを地獄のような無限再転生の世界に閉じ込めた、『残酷な女神』って、実は私のことだったの。けして逃しはしないから♡ 私たちは何度生まれ変わっても、必ず兄と妹になるの。永遠に二人っきりで、愛し合って生きていくのよ!」
もうすぐ私が、この現実世界で死ねば、物語が始まるわ。
そこで私たちは、何度も何度も、死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで死んで、
──その後に何度も生き返って、何度でも愛し合うの!
そうよ、いくら死のうが、そのつど甦られるのなら、それは『不死』と同じなのよ!
私たちはこれからずっと、私の『作者としての力』によって、私の小説の世界の中で、永遠に生き続けて、愛し合うことができるのよ!
この愛の物語を終わらせる手段は、ただ一つだけ。
お兄ちゃんが、私こそがこの悪夢の世界を支配している、『残酷なる女神』であることに気づき、その手で愛する妹を殺すことだけなの。
別にそれでも、構いやしない。
だって、私を殺してしまったお兄ちゃんは、その罪の意識ゆえに、もう二度と、私のことを忘れられなくなるから。
そして私は永遠に、お兄ちゃんの心の中で、生き続けることになるのだ。
……もうじき私の、この現実世界での命の灯火が、消えてしまう。
──さあ、お兄ちゃん、次の世界でも、兄妹になりましょうね♡




