第349話、デストロイヤー転生、これぞ駆逐艦『娘』、最強伝説だ⁉(番外編その3)
「──ちょっと、一体なんですの、これの状況は⁉」
聖タイショー帝国帝都、サクラメント華族魔導学園、高等部卒業式当日。
並み居る男子生徒は皆、角帽と詰め襟の漆黒の制服にマントを凜々しく羽織っており、一方女生徒のほうは、矢絣の着物に女袴に編み上げブーツという可憐さを誇っており、金髪碧眼が多い我々タイショー人によく似合っていた。
卒業後は一人前の魔導士と認められて、身分的には帝室魔導院に所属することになるものの、同時にこの国で魔導力を有する者はほぼすべてが上級階級である『華族』の血を引いているので、実際の勤務先は魔導院だけでは無く、帝城に宮仕えしたり、軍に入隊したり、魔導医療に従事したり、実家の華族領の経営に寄与したりと、様々であった。
更には、特に高貴な家柄の女生徒たちに至っては、親に決められた許嫁の男性の許へと嫁いでいくというパターンも、けして少なくは無かったのだ。
この国の筆頭公爵家の一人娘にして、次期皇帝ヒドーイ皇子の婚約者である、この私オウカ=チェリースキーのように。
実は、同い年のヒドーイ皇子も、すでにつつがなく終了した卒業式の後で、この豪奢で広大なる学園内サロンにおいて催されている、『謝恩会』に参加されており、私と近々正式に婚姻することを発表する運びとなっていたので、皇帝陛下を始めとする皇族の方々や、筆頭公爵である私の父上を含む上級華族の皆様が参列なさっており、近衛騎士団総出での物々しい警護態勢が敷かれていた。
……いや、それにしても、少々物々し過ぎるんじゃありませんの?
近衛騎士団以外にも、ちょっと目につくだけで、皇帝親衛隊、戦術魔導部隊、騎竜特戦隊、飛竜遊撃隊、獣人傭兵隊、ゴーレム機動部隊、不死無限煉獄旅団、鬼○隊等々といったふうに、我が帝国の主力部隊のすべてが、すでに近衛騎士団全部隊によって占められているサロンを臨む中庭以外にも、学園を取り巻く広大なる丘陵地帯や上空を埋め尽くすようにして、十重二十重に展開していた。
……何なのよ、一体。
まさか、魔王軍でも、攻めてくるとでも言うの?
それにしては、皇帝陛下を始めとするこの国の重鎮のほぼ全員が、今この場にお集まりであられるし、もしもここがそれほど危険ならば、いの一番に退避させなければおかしいであろう。
しかも、どういうことなのか。
それら騎士や、魔導士や、傭兵や、ドラゴンや、ワイバーンや、ゴーレムや、
皇帝陛下や、その他の王侯華族や、婚約者であるはずのヒドーイ皇子を始めとする学園の生徒たち──等々の、全員が、
まさしく『魔王でも見る目つき』で、私のことを睨みつけているのは、なぜなのだろうか。
……どうして、
どうしてそんな、
忌々しげな視線で、
私を見られるのですか?
──ヒドーイ皇子様⁉
「……おまえもついに、年貢の納め時だな」
え。
次から次にわき起こる疑問に、何らかの説明をしてもらおうと、藁にもすがる表情で見つめ返していたら、不意につぶやかれた、まったくもって意味不明の言葉。
「……『年貢の納め時』って、さっきから不思議に思っていたのですが、そもそもこの国の【世界観】は、『洋風』なのですか? それとも『和風』なのですか?」
「──突っ込むのは、そこなのかよ⁉ 何で急に、メタっぽいこと言い出すんだ?」
……あら?
『和風』?
『洋風』?
何、この知識は。
私ったら、いきなり、何を言い出しているの?
「──王子様、お気をつけてください! 彼女はそろそろ、目覚め始めております!」
その時唐突に鳴り響く、どこか癇に障る甲高い声音。
気がつけば、王子のすぐ後ろには、寄り添うように密着しながら、女生徒が一人顔を出していた。
この大陸では珍しい、短めの黒髪に黒い瞳に彫りの浅い小顔の、年の割には幼く見える、美しさよりも可愛らしさを感じさせる下級生の女の子。
メイ=カーク=バクーシ男爵令嬢。
生まれてからずっと庶民として暮らしてきたものの、平民にはあるまじき莫大なる魔導力を秘めていることが発覚し、帝国一の魔導士であられるバクーシ男爵の養女に迎えられて、この魔導士養成学園へと編入してきた、女生徒随一の『変わり種』。
平民がやんごとなき王侯華族の子女ばかりが集う学園に入って大丈夫なのかと、危惧されたものだが、それはまったくの『杞憂』でしか無かった。
むしろ平民だからなのか、華族世界の『しきたり』はもちろん、世界や時代そのものにおけるこれまでの『既成概念』に囚われず、自由奔放に振る舞う彼女の言動は、閉鎖的な華族社会に少なからず不満を抱いていた我々若い世代の共感を呼び、更には彼女自身のまったく物怖じしない底なしの『コミュ力』もあって、アッと言う間に学園一の『人気者』へと成り上がったのだ。
……もちろんそれだけでは、ヒドーイ皇子を始めとする現在の『彼女の取り巻き』である、我が学園にあっても最上級の王侯華族に連なる男子生徒たちの、絶大なる『信奉心』を得ることはできなかったのであろう。
──彼女の最大の魅力、それは、余人の及びもつかない、『先進的な博識さ』であったのだ。
その科学的知識は、学界の権威である学園の教師陣が舌を巻くほどであり、化学的知識は最新鋭の錬金術の範疇すらも超越しており、実用面においてもこれらの理論をちゃんと活用し、農作物の改良や税制の改革等といったふうに、有益な施策を次々に提言していくといった、帝室の高級官僚や帝国各地を支配する大華族すら認めざるを得ないほどの、『実践的な』天才ぶりを誇っていた。
──このような希に見ぬ『逸材』が自分が通う学び舎に現れて、将来の国政を担うべき第一皇子であるヒドーイ王子が、黙って見過ごすはずは無かったのだ。
……最初はあくまでも、『物珍しさ』によるもの、だったかも知れない。
しかし、我が帝国の世継ぎの皇子を前にしても、けして身分差を鑑みて畏まることなぞ無く、あくまでも『学友』としてざっくばらんかつ親しげに接してくる彼女は、この上なく新鮮に映り、たちまちのうちに夢中になってしまったのであった。
──婚約者である私を、完全に蔑ろにしてしまうほどに。
……もはや、これ以上説明する必要は、無いだろう。
この学園内において、私と彼女は、ヒドーイ皇子を巡って、『犬猿の仲』──否、今やそんな生ぬるいものでは無く、まさしく『不倶戴天の敵』の間柄にあったのだ。
そんな彼女が、私との婚姻の正式なる発表の場に、肝心のお相手の皇子と一緒に現れたのである、冷静でいられるわけが無かった。
「……皇子、一体どういうことですの? どうしてこの場に、その子がいますの?」
ついいらだちが勝り、『詰問』さながらに、愛しい人に対して問いただしたところ、
少しも動じること無く、予想外のことを言い放つ、皇子様。
「──ああ、彼女には、これから発動する作戦の、『陣頭指揮』を執ってもらうつもりなのだ」
………………………………は?
「な、何ですの、作戦とか、陣頭指揮って……」
あまりにも現在の『愁嘆場』とはそぐわない意味深すぎる台詞の登場に、私が完全に戸惑っていると、
「おやおや、あなたのほうは、まだ完全には、『目覚めて』おられないようですね?」
唐突に口を開く、当の『話題の彼女』。
その視線は、いかにも『何もわからず無知極まりない』私を、あざ笑っているようであった。
「……何ですの、メイさん、私が目覚めていないとは?」
「もちろん、私と同じく、『現代日本人』として、ですよ」
「『ゲンダイニホンジン』って、何ですの、それは?」
「──実はこの世界は、『サクラメント落命〜バクーシ待ったなし!』という、『乙女ゲーム』なのです」
へ?
「な、何ですか、今度は、『サクラ』とか『落命』とか『爆死』とか『乙女ゲーム』とか、いきなりおかしなことばかり言い出されたりして⁉」
「実は私とあなたは、このゲームの世界の中に転生してきた、現代日本人なのですよ」
「いやだから、私には『ゲンダイニホンジン』とやらであった記憶なんて、まったく無いのですが?」
「そりゃそうですよ、あなたのような『悪役令嬢』キャラは、これから行われる予定の、『皇子様からの婚約破棄の宣告』のシーンにおいて、初めて『前世の記憶』に目覚めるというのが、お約束なのですからね☆」
………………………………は?
(※次回に続きます)




