第330話、デストロイヤー転生、これぞ駆逐艦『娘』、最強伝説だ⁉(その100)
「──なっ⁉」
思わず僕の口をついて出る、驚嘆の声音。
それも、当然であろう。
念願叶って、最強の大戦艦『武蔵』の擬人化少女となったはずの、かつて己の僕であった駆逐艦娘のキヨの巨体が、とうとう無数の肉片となってドロドロと腐れ落ちるようにして、運河の水面へと呑み込まれていったのだから。
次々に盛大に沸き立つ水柱と水煙とによって、辺り一面の視界が完全に塞がれてしまう。
「……これが、集合的無意識との接続を絶たれることによる、『肉体のショゴス化』の、成れの果てだと言うのか」
この魔導大陸指折りの錬金術師兼召喚術士であるからこそ、『外法』のすべてを知り尽くしている、僕ことアミール=アルハルは、『対象の生き物としての形を失わせる』と言う、禁忌中の禁忌の『悪魔の所業』を見せつけられて、沈痛なるうめき声を上げた。
本来なら、こんなことが、赦されるはずは無かった。
しかも実際に手を下したのは、何とキヨと同じく、『あちらの世界』の旧大日本帝国海軍縁の、軍艦擬人化少女たちであると言う、信じられない真相付きであった。
──なぜなら、彼女たち、かつて帝国海軍の誇った高速戦艦『金剛型』の擬人化少女四姉妹こそは、己の同僚たる軍艦擬人化少女を処分することが許されている、『懲罰艦』なのだから。
『うふふふふふふふ』
『あははははははは』
『くすくすくすくす』
『ほほほほほほほほ』
その時、遙か上空から鳴り響いてくる、少女たちの朗らかなる笑声。
艶めく長いブロンドヘアに縁取られた端整なる小顔の中で煌めいている、真夏の大空のごとき碧眼に、一糸まとわぬ幼く華奢な白磁の肢体の背中で羽ばたいている、純白の大きな鳥類の翼。
一見天使か妖精そのままな、神秘さと可憐さを誇っているが、その朗らかな笑顔の中で四対の瞳だけが、真冬の氷雪のごとく冷めきっていた。
──そう、まるで地上の獲物を狙い澄ます、猛禽類でもあるかのように。
そして口々に勝ち誇るかのようにさえずり始める、『指揮艦』である金剛嬢以外の、三人の妹艦たち。
『うふふふふ、たわいないこと』
『外見だけ戦艦になったところで、所詮は駆逐艦』
『我々高速戦艦にして、懲罰艦でもある、金剛型四姉妹にかかれば、この様よ』
そのように嘲笑交じりに言いはやすや、もはや勝負はついたとばかりに、グッと高度を下げて、運河の水面ギリギリまで下降する、比叡・榛名・霧島の三姉妹。
それを見て、さすがに顔色を変える、みんなの『お姉様』こと、指揮艦の金剛嬢。
『ちょっと、みんな、まだ安心するのは、早いわよ⁉』
しかし、そんな至極妥当なる警告なぞ何のその、次々に嘯く戦艦娘たち。
『大丈夫ですよ、お姉様、問題ありません!』
『あれを倒してしまっても、構わなかったんでしょ?』
『あんなニワカ戦艦娘、我ら本物の戦艦娘の、相手にはなりませんよ♡』
それを聞いて、一斉に声を合わせて絶叫する、金剛嬢と僕とラトウィッジ司教。
『「「──それ全部、完全に、『死亡フラグ』!!!」」』
まさに、その瞬間、であった。
『『『──ッ⁉』』』
いまだ水煙に覆われた運河から、突然飛び出してくる、多数の砲弾。
『──集合的無意識と、緊急アクセス! 防御硬度をマックスにアップ!』
それに対して慌てふためきながらも早口でまくし立てた、金剛嬢の怒声が鳴り響くとともに、数発の砲弾が妹艦たちに命中する。
『『『──うぐっ!!!』』』
少なからずダメージを被ったようだが、金剛嬢の応急的な処置が功を奏したのか、何とか耐え凌いで、全速力で上空へと退避する、比叡たち三姉妹。
「──ナイス判断、ですね」
めまぐるしい状況の激変に、僕が呆然と見つめていると、すぐ側から突きつけられる、涼やかな声音。
振り向けば、漆黒の聖衣に長身を包み込んだ青年が、人好きのするを笑みを浮かべながらたたずんでいた。
「……ラトウィッジ司教」
「現在金剛型四姉妹の『集合的無意識とのインターフェース』である『魔女の魂』は、指揮艦である金剛嬢の体内で一体化しておりますので、ああして金剛嬢御自身が集合的無意識を介して己の肉体を強化なされれば、その効果が同時に妹さんたちにも及ぶことになるのですよ」
……なるほど、確かに『変化能力のシンクロ化』も、『魔女の魂』の一体化における、効果の一つだったよな。
そのように金剛嬢の機転によって事無きを得た妹さんたちであったが、当然のごとく現在この時、大混乱の真っ最中にあった。
『──な、何なの⁉』
『武蔵がいまだ、活動可動状態だった、とか?』
『それにしては、何だか、「手数」が多かったような……』
そのように彼女たちが口々に疑問を呈しているうちに、徐々に晴れ渡っていく、運河上の水煙と爆煙。
──そこに、現れたのは、
「………………キヨ?」
そうそれは、けして『大戦艦娘』である武蔵では無く、己の元僕のキヨこと『清霜』の、元々の『駆逐艦娘』としての姿であったが──
『うふふふふふふふ』
『あははははははは』
『くすくすくすくす』
まさにその時、広大なる運河中に響き渡る、無数の少女の笑声。
烏の濡れ羽色の長い髪の毛だけをまとった、小柄で華奢な裸身に、日本人形そのままな可憐な小顔の中で煌めいている、黒水晶の瞳。
それは何と、数十名にも上る、まったく同じ姿形をした、少女たちであったのだ。
──否、それだけでは、無かった。
何と今もなお、先ほどの激戦において瓦礫と化した、多数の城塞や堤防の残骸が、どんどんと駆逐艦娘へと変化し続けていたのだ。
……そして、
『『『──集合的無意識とアクセス、最終形態へとヴァージョンアップ!!!』』』
そのように、無数の少女たちが唱和するや、
またしても僕の目の前で、信じられない光景が繰り広げられたのである。
「……キヨの背中に、翼が生えた?」
な、なぜだ?
軍艦擬人化少女において、最終形態である『空戦モード』になれるのは、『懲罰艦』として『集合的無意識との最上級のアクセス権』を与えられている、金剛型四姉妹だけでは無かったのか⁉
そんな僕の、大混乱をよそに、
無数のキヨたちが、一斉に大きく翼を打つや、
──あたかもジェット機がアフターバーナーを全開にしてスクランブル発進するかのように、金剛たち四姉妹目掛けて、上空へと急上昇していったのであった。




