第33話、『作者』という呪い。(兄の場合)
「──何と言われようが、もう無理じゃ! 我々のできることは、すでに手を尽くした、これ以上、どうしろと言うのじゃ⁉」
王城の最上階に位置する、広大なる玉座の間にて響き渡る、壮年の男の悲痛なる叫び声。
何とそれは、この大陸随一の富国強兵国家ゴリアテ王国の、国王陛下その人の声音であったのだ。
「……手を尽くしただと、あれでか?」
しかし、俺こと、デイビッド=カリオテは、王様本人や、その他の王侯貴族や上級官僚はもちろん、強面の重装甲騎士団の威嚇すらも、何ら気にすることなく、不遜にも不満げな声を上げた。
──それも、そのはずである。
俺のすぐ後ろであたかも忠実な僕のようにして控えて、周囲に睨みを効かせているのは、少々小型とはいえ間違いなく、飛龍であったのだ。
……それに俺の懐には、更なる『切り札』すらも、忍ばせてあるからな。
「『あれで』じゃと⁉ 国内の名だたる医術者はもちろんのこと、大陸一の名医を招聘したり、国交のない国に研究を依頼したり、前人未到の深山に薬草を取りに行かせたりと、一国の王の権限以上のことをやらせておいて、そんな言い草があるか! 図に乗りおって、この場でその素っ首、刎ねてやろうか⁉」
俺のあまりの横柄な態度に、ついに堪忍袋の緒が切れたかのように、いきり立つ王様。
それに合わせて、こちらのほうへと一斉に剣を構える、騎士の面々。
しかし俺は慌てず騒がず、懐からタブレットPCタイプの魔導書を取り出すや、現代日本のWebサイトから『なろうの女神が支配する』という作品を開き、まさにこの現在の『謁見シーン』が描かれている箇所に、ソフトキーボードでほんの数文字ほど加筆する。
「──き、貴様ら、何の真似じゃ⁉」
本来己を守るべき重装甲騎士たちから、いきなり剣を突き付けられて狼狽する、国王陛下。
あたかも人形かロボットでもあるかのように、すべての感情が抜け落ちてしまっている、騎士団の面々。
「くっ、貴様! またしても、『作者』の力を使ったな⁉」
ようやく気づいた王様が、俺のほうへとまくし立てる。
「ご名答、俺がこの魔導書に、後一言だけ書き加えると、あんたの首と胴体とが、『永遠のお別れ』というわけだ。──試してみるかい?」
「──わかった、わかったから! 引き続き、貴様の妹御の病状快復のためになることは無いか、調査してみるから、今日のところは勘弁してくれ!」
「……その言葉、けして違えるなよ? ──行くぞ、シュピーゲル」
『──くぁッ!』
一応用は済んだことだし、長居は無用とばかりに、俺は飛龍の背に飛び乗り、そのまま大きく開け広げられたバルコニーから、王城を飛び立った。
──その際、こちらをさも憎々しげに睨みつけている国王陛下の巌のような顔が、一瞬だけ垣間見えたのであった。
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俺がかつて現代日本において、不治の病の妹のために自分の人生のすべてをなげうって、最新鋭の治療を施したりやったり、そのためにがむしゃらに働いたりしたために、若くして過労死した際に、ありとあらゆる世界のありとあらゆる異世界転生を司っているという、『なろうの女神』なる超常なる存在が哀れんで、俺を別の世界に転生させてくれるとともに、一つだけどんな願いでも叶えてやるなどと言い出したから、遠慮無く、「次の世でも妹と兄妹にしてくれ」と申し出たところ、「それについては最初から、そのように設定されているので、他の願いを言いなさい」と言われたので、いっそのことこういったパターンの話におけるお約束として、「だったら、『どんな願いでも叶えることのできる力』を与えてくれと言ったのであった。
そんな俺のこざかしい願い出に対して、予想外にも女神は二つ返事で了承してくれて、こういった『異世界転生』においては最大級のチートである、『作者としてのスキル』を与えてくれたのだ。
これまで無数のWeb小説において異世界転生が行われてきたために、すでに多くの異世界においては現代日本の最新の科学技術が伝えられていて、普通にスマホやタブレットPCが存在して、魔法の力で現代日本のインターネットと接続することすらもできる、魔法技術と科学技術とのハイブリッド異世界も少なくはなく、俺が転生させられるのもそんな異世界の一つとのことで、そこでスマホやタブレットPCの形をした魔導書で、現代日本のインターネット上の『小説家になろう』と言うサイトにおいて、『兄野妹子』という謎のWeb作家の手による、俺がこれから転生する異世界の有り様をそっくりそのまま書きつづっている、『なろうの女神が支配する』と言う作品を開いて、加筆修正を行えば、何と記述通りに異世界そのものが改変されると言うのだ。
──まさにこれぞ、異世界における最大級のチートスキルであり、文字撮り『何でも願いを叶えることのできる』能力と言えよう。
ただし、いくら『作者』といえども、何でもかんでも実現できたりしたら、世界観そのものが崩壊しかねないので、そこには常識的な制限が設けられていた。
具体的に言うと、『作者』にできるのは、『精神的な改変』のみで、『物理的な改変』のほうは、一切不可能とのことであった。
『精神的な改変』とは、一体どういったものかと言うと、例えば『戦争を無かったことにする』場合、世界中の人々から戦争に関する記憶をすべて抹消して、戦争が存在した事実を無理やりもみ消すわけだが、もちろんこんな付け焼き刃なやり方では、戦争によって死んだ人々を甦らせたり、荒廃した国土を元通りにしたりといった、物理的事象に影響を及ぼすことなぞは、一切できなかった。
このように言うと、何も意味が無いようにも思えるが、要はやり方次第で、例えば、自分に襲いかかってきた魔物の大群を退ける場合、『作者』の力を笠に着て、『なろうの女神が支配する』のうちの該当する記述を削除するとともに、魔物の存在自体を抹消するなどといった、下手したら世界観を崩壊させかねない、けして赦されざる反則技に手を染めるまでもなく、あくまでも『精神的な改変』能力によって、魔物たち全員から自分に対する『敵意』を消し去り、何もしないでこの場を立ち去るように仕向ければ、『物理的改変』を一切行うことなく、自分の願いをすべて叶えることができるのだ。
実際俺も異世界に転生してからは、この『作者としての精神的改変スキル』を最大限に活用して、幼い時に森の中で襲いかかってきた飛龍を、その場で絶対服従の僕にしたし、年を経て狡猾な知恵をつけてからは、この超常なる力を完全に使いこなせるようになるとともに、あらゆる場面でうまく立ち回ることによって、今や自分の国の王様すらも、顎で使えるようになっていた。
……考えてみれば、本当の意味で『何でもアリ』の『物理的改変能力』までとは行かないまでも、この『精神的改変能力』にしたって、やり方次第では世界そのものを変え得る、とんでもない反則技であることには違いなく、いざ異世界転生するに及んで、『なろうの女神』にその仕組みを詳しく解説してもらったのだが、何でもユング心理学とやらによると、ありとあらゆる世界のありとあらゆる時代のありとあらゆる存在の『記憶と知識』が集まってきているという、『集合的無意識』なる超自我的領域が存在しているそうなのであるが、俺の『作者としての精神的改変能力』は、他人を強制的に集合的無意識にアクセスさせることができるらしくて、その脳みそに、俺がWeb小説『なろうの女神』の記述を書き換えた通りの『記憶や知識』を刷り込むことによって、結果的に俺の意のままに操ることができるようになるとのことであった。
まさにこの『神業』そのものの力を使って、俺はすでに述べた通りに、こちらの世界においても生まれついて以来不治の病で苦しんでいる最愛の妹のために、この国の王様やその周囲の者たちをマインドコントロールして、最高の医療を受けさせたり、本来なら身分不相応の贅沢な暮らしをさせたりするといったふうに、何の因果か新たなる世界においても、両親が早世したために前世同様に二人っきりの肉親となった、哀れなる妹のために、文字通り天から授かった超常の力を、惜しげも無く使い尽くしていったのだ。
──しかし、しょせんは『精神面のみ』の改変能力、そこには当然限界というものがあった。
そう。どんなに治療を尽くそうが、十分なる栄養や快適な暮らしを与えようが、妹の病自体を、反則技かつ物理的に、根本から『無かったもの』にすることなぞ、けしてできやしなかったのだ。




