第324話、【日ソ戦終結75周年記念】ユウレイ=レッシャ=ホウ(後編)
「……まったく、小娘一人にいいように翻弄されて、それでも栄えある赤軍の兵士なのですか? 情けない、ああ、情けない。──しっかりと、『自己批判』しなさい!」
「「「──はっ、申し訳ございません、豚神様!!!」」」
……豚神様、って。
おいおい、何ソレ?
──おっと、いけない。
あまりにも衝撃的な(作者自身、本来予定していなかった)展開のために、地の文でありながら、乱れた文章になってしまった。
それほど目の前の状況は、一気にとても信じられない有り様と変わり果てたのだ。
──最初はまあ、戦勝直後の専制的共産主義国家には、よくある光景でしか無かった。
シベリア鉄道のウラジオストク駅に、日本軍の敗残兵たちを満載した貨物列車が到着するのは、至極当然のことであろう。
それを、戦車部隊を含む大勢の赤軍兵士が出迎えるというのは、少々オーバーではあるが、けしてあり得ないことでは無いだろう。
──しかし、その貨物列車に乗っていたのが、何の前触れも無く突然爆散四散するソ連兵士と、紅い肉塊に青い瞳の生えた粘着状の化物であったのは、どういうことなのだ?
しかも、その『いのちの輝き』が無駄に強力そうな化物どもときたら、赤軍の歩兵たちをその身に取り込み、同じく紅い肉塊に変化させて同化してしまったのである。
おまけに、いくら85ミリの戦車砲を撃ち込んでも、まったくダメージを生じないという無敵ぶりで、もはや部隊は全滅するものと思われた、その矢先、
何と今度はいきなり猪豚の頭部を有する怪人物が現れて、あっけなくも肉塊をすべて、特殊な漆黒の戦車の火炎放射で火だるまにして消滅させるという、カオスっぷり。
さすがの地の文ですら、もう「何が何だか、わけがわからないよ」状態となってしまった…………ものの、
──どうやら、紅い肉塊をこの地のもたらした張本人と思われる、貨物列車に同乗していた謎の白い水兵服の幼い少女だけは、すべてを理解しているようであった。
「……ふうん、この世界では自分のことを、『豚神様』なんて呼ばせているんだ、カヲル=マルクス=ゲッベルスさん?」
「これはこれは、『響』嬢ではないですか? ──あ、いや、このソ連邦では、『ヴェールヌイ』と名乗っていたんですっけ? まさかこの『次元』まで追いかけてこられるとは、『境界線の守護者』殿も、大変ですなあ」
何と、オークと幼い少女が、(一応表面上は)親しげに会話を始めたではないですか⁉
この現実世界ではもちろん、剣と魔法のファンタジー異世界においても、『孕○袋事案』待ったなしの展開かと思われたのに、一体どういったご関係なんでしょうね?
「別に大変でも無いよ、これが僕たち『ナデシコ』の仕事だからね。それよりもあんたのほうは、また性懲りもなく、この国で『実験』かい? どうせ数十年後には、『ペレストロイカ』によって崩壊することが、全次元的に決定していると言うのにね」
「ははははは、何せこれは、『失敗することを最初から織り込み済み』の実験なのですからねえ。この世界で成功しそうなのは、マルクス=エンゲルスの出生国であるドイツぐらいのもので、『スラブ民族』などと言った文字通りの劣等種の治める国なぞ、使い捨てのサンプルに過ぎませんよ。むしろ我々の『本命』は、次の『中つ国』のほうなのです」
「……中つ国って、あんたの故郷のか?」
「いえいえ、こちらの世界の『中つ国』のほうですよ。この国での戦後処理が一段落したら、早速赤化革命に取り組んで、最初はそうですねえ…………試しに、一億人ほど、人民を粛正してみましょうか?」
「──ッ。な、何だって⁉」
「ああ、大丈夫ですよ? こちらの『中つ国』は、総人口が十億人を超えていますからね、一億人くらい、『実験上の誤差』に過ぎないのです。──いやあ、これほど大規模な『人口変動実験』が行えるとは、餓鬼を増やすことしか能が無い、劣等民族様々ですよ!」
「……つまり、共産主義と言っても、この国で言えば、『スターリン型専制体制』を目指すわけかい?」
「──いや実は、むしろその反省のもとに、大々的な『改革開放路線』を目指すつもりなのです」
「は? 『改革開放』って、『ペレストロイカ』みたいな? それだと、共産主義自体が、終わってしまうじゃないか?」
「普通だったら、この国の二の舞でしょうが、中つ国のほうには、ちゃんと心強い『協力者』がおりますからな」
「……ソ連すらも崩壊してしまう運命である、この資本主義絶対優位の世界において、共産主義の中つ国に、協力者がいるだって?」
「何をおっしゃっているのです、あなたたち『ナデシコ』の実験場である、『日本』のことですよ」
「──‼」
「明治政府による文明開化以降の、国を挙げての『富国強兵』政策の結果、日本人全体の教養レベルは、すでに白人顔負けの領域に達しており、たとえ今回のように世界大戦において大敗を喫しようが、必ずや焼け跡から復活してみせることでしょう。しかし、それには当然、それなりの『材料』が必要です。その一つが他でも無く、先ほど申しました中つ国や朝鮮半島における、赤化革命とその反抗勢力との内戦による『戦争特需』です。そのお陰で、日本では景気回復と技術革新とが急激に進み、戦後復興を成し遂げることも十分可能でしょう。──では、その時点で稼いだ『資本』を活用して、更なる発展を目指すためには、何が必要か? そうです、資本の投下対象である『市場』です。──さて、実は日本のすぐ近くに、十数億人もの人口を抱える巨大市場があるのですが、それってどこの国のことでしょうねえ?」
「……中華人民、共和国」
「ははは、どうです、驚きましたか? 我々はこれまでのこの世界における、『共産化実験』の失敗を心から反省して、自分たちの『実験』だけで成功を目指すのでは無く、あなたたちの日本における『実験』をも、ちゃっかりと利用することにしたのですよ!」
「つまり、一見日本の経済成長に役に立つように見せかけて、日本の資本どころか技術すらも奪い取って、中つ国だけを発展させるってわけか?」
「気がついた時は、すべて後の祭りなのです。日本国内の大企業はすべて、中つ国資本に支配されて、政治家は右も左も中つ国の傀儡となり、全国民も中つ国の情報工作部隊による、ネット上での似非人道主義活動や中つ国仕込みのネットバンキングやソーシャルゲーム等によって、個人情報を完全に把握されるとともに、中つ国の奴隷として洗脳されてしまうって次第ですよ」
「……何と、中つ国の資本主義的発展を目指して、国外から資本投下をしていたはずが、逆に日本のほうが、完全に国外の共産主義の支配下に置かれてしまっていたわけか?」
「どうです、中つ国、大勝利でしょう?」
「──いや、待て! 確かに中つ国の共産党の幹部たちは大勝利だし、下手すると、日本の『中つ国の自治省化』すらも、達成されるかも知れないが──」
「しれないが?」
「肝心の、中つ国の『やり口』自体が、もはや共産主義国のものでは無く、『資本主義国のやり口』じゃないか⁉」
「──ええ、そうですよ? それが何か、不都合でも?」
「なっ⁉」
「あのですねえ、国家体制においては、本当の意味では、『イデオロギーの違い』なぞ無いのです。何よりも、『支配者がどう効率よく下々の者たちを治めることができるか』が肝要であり、極論すれば、すべては『奴隷制度の効率化の追求』でしか無いのですよ」
「………………………………………はあ?」
「そもそも、『共産主義』を最初に理論づけて、実際に具体的な実験を行ったのは、かの高名なる『マルクスとエンゲルス』ですが、エンゲルスが企業経営者であったことからわかるように、あくまでも彼らは『資本側』の人間であり、ただ単に、『より効率的な企業運営』を実現するために、物は試しに『一番下っ端の労働者に、企業を経営させてみたら、どのような結果をもたらすのか?』を、検証しただけに過ぎないのですよ」
「え、まさか、それって……」
「そう、『実験』ですよ。この世界における『共産主義』とは、あくまでも資本家側である『マルクス=エンゲルス』による、世界を丸ごと舞台にして、世界戦争まで引き起こして、億を超える犠牲者すら出した、盛大なる『実験』だったわけなのです」
「そ、それじゃ、つまり」
「はい、我々異世界人が、あくまでも『他人事』としてやっていたことを、この世界の一部の英邁なる方々は、数億の『同胞』を対象として、平気で行っていたのですわ」
「そ、そんな『人でなし』そのもののことを、同じ世界の人間同士で、行っていただってえ⁉」
「ほんと、我々のような、あくまでも『よその世界の人間』のみを実験材料にしている、『異世界人』が、聖人君子に思えてきますよねえ?」
「──ぐっ、そうか、僕たちも、人のことは言えないか。むしろ自分の世界を実験場にしている分だけ、この世界の人たちのほうが、マシかもな」
「だから申しているではないですか? あくまでもすべては、『支配者が、奴隷たちを、どれだけ効率的に支配できるか』こそが、重要なんだと。そういう意味ではやはり、この世界の中つ国における、『改革開放型共産主義』こそが、全次元において、最も最良の社会システム──つまりは、最も効率的な『奴隷制度』というわけですなあ!」
「……果たして、それはどうかな?」
そのように、純白のセーラー服の少女が、あまりに唐突にも、意味深な言葉をつぶやいた、
まさに、その刹那であった。
「「「──うわあああああああああっ⁉」」」
突然鳴り響く、激しい爆音に、辺り一面を包み込む、盛大なる爆炎。
次々に爆裂四散する、Tー34戦車部隊。
阿鼻叫喚の地獄絵図と化す、ソビエト軍の戦車兵たち。
──それも、そのはずであった。
何と、駅のプラットフォームに鎮座していた貨物列車の至る所から、いきなり巨大な砲門が無数に生え出すとともに、周囲の戦車群に向かって、一斉に砲撃し始めたのだ。
軍艦の駆逐艦の主砲並みに、100ミリを超える砲門の前には、85ミリ程度の戦車砲では、手も足も出ないまま、一方的に屠られるばかりであった。
──そして気がつけば、広大なるウラジオストク駅に存在しているのは、多数の戦車の残骸以外には、異世界中つ国のオークの乗った漆黒の戦車と、ほとんど無傷の貨物列車の屋根の上でたたずんでいる、セーラー服の少女のみとなっていたのだ。
「……ぬう、その青い目の生えた紅い肉塊の砲門は、間違いなく『ショゴス』か。──と言うことは、その貨物列車自体が、ソ連兵に虐殺された、日本兵や民間人の死骸でできていると言うことか⁉」
「うん、そうだけど? それが何か、不都合でも?」
「不都合も何も、何ソレ? 百歩譲って、敵の死骸で列車を造るとかならわかるけど、自分の守るべき実験の対象の国民を使うなんて、完全に正気の沙汰では無いだろうが⁉ おまえは俺たち『中つ国』に比べれば、比較的『常識的』であり、『人道主義者』じゃなかったのか⁉」
「一つの世界を実験場にして、そこに住んでいる人たちをモルモット扱いしている異世界人が、クレイジーな非人道主義者で無くて、一体何だと言うのかい?」
「──ッ」
「それにそもそも、この名付けて『幽霊列車砲』の材料となることは、日本人の皆様が、自ら望んで行ったことなのだよ?」
「はあ? 死んだ後まで、自分の死骸を兵器として使われることを望むなんて、そんな馬鹿な⁉」
「いや、この時代の日本人が、神国大日本帝国の臣民として、自ら嬉々として『戦争のための道具』となって国家に尽くすように、徹底的に『洗脳教育』されているのは、ご存じの通りじゃん? ──まるで、すべては、『自分の意思で行っている』かのようにね♫」
「…………あ」
「あんたは間違っていたんだよ。別に中つ国の『改革開放路線』は、理想的で効率的な奴隷制度なんかじゃ無い。真の奴隷制度とは、『奴隷に自分のことを奴隷とは思わせずに、むしろ自由で資本主義的な人間として、あくまでも自分の意思で、国家や資本家に奴隷として滅私奉公させる』、いわゆる『生かさず殺さず』のシステムのことなのさ。有史以来、それを実現している唯一の国家があるんだけど、それってどこだと思う?」
「……に、っぽん」
「そう、その通り、実はこれから75年後の、21世紀の日本こそが、真に理想的な『共産主義の成功例』であり、『奴隷制度』としての究極的なシステムなのさ」




