第320話、【大阪万博記念】キヨの唄〜いのちの輝き編〜
「……提督、そんなにまじまじと、見つめないでください」
「恥ずかしがることは無い、これはあくまでも錬金術的な、『定期検診』のようなものなのだ。──さあ、着ているものを脱いで、おまえのすべてを僕に見せてごらん♡」
──ここは、聖レーン転生教団の教皇庁『スノウホワイト』の地下最深部の、秘匿研究施設『インキュベーター』。
まさに今ここで、僕たち主従二人っきりの、『秘密の儀式』が行われようとしていた。
あたかも集中治療室とマッドサイエンティストの研究室とが合体したかのような、カオス極まる室内のほぼ中央に鎮座している、大型の診療台の上で生まれたままの姿で寝そべっている、外見年齢は十歳ほどの、かつての大日本帝国海軍所属の一等駆逐艦、『清霜』の擬人化少女である、キヨ。
そんな彼女を、あたかも父親が愛娘を慈しむように、至近距離で文字通り穴が開くほど念入りに見つめている、大陸一の召喚術士兼錬金術師の僕こと、アミール=アルハル。
そこにあるのはあくまでも、『篤い信頼感』のみであった。
……『犯罪臭』なぞ、微塵も無かった。
「──では、始めるぞ」
「はいっ」
「……まずは、この辺から」
「あっ」
「おっ、どうした?」
「す、すみません、少し敏感になってしまって」
「……そうか、何と言っても、久し振りの『触診』だからな、無理も無いか」
「──大丈夫です! 私、我慢しますから!」
「しかしなあ……」
「どうぞ、提督のお好きなように、ご存分にお触りになってください!」
「……だったら、今度は、こっちのほうを」
「──ひゃっ⁉」
「やれやれ、これも駄目なのか?」
「……ええと、こうして人前に、何もかもさらけ出すのも、あまりにも久し振りなものですし」
「ううむ、だったら今日のところは、おまえにとって『大切な部分』だけ、重点的に検査しておくか」
「……大切な部分、とは?」
「まずは、『襞』かな?」
「──ヒダあ⁉」
「それとやはり、『粘膜』だよな」
「──ネンマクう⁉」
「……何を驚いているんだ? 両方共僕には無い器官だから、重点的に確かめるのも、当然ではないか?」
「で、でも、私は外見上は、まだ子供に過ぎないので、恥ずかしいですぅ」
「まあ確かに、この世界に転生してから、それほど日数は過ぎていないけど、あちらの『現代日本』においても、ほぼ同じ姿をしていたんだろ?」
「はい、軍艦擬人化『少女』では、ありましたけど……」
「だったら、構わないじゃないか?」
「……はあ」
「では、改めて、行くぞ?」
「優しくしてくださいね、提督。私こんなの、初めてですから」
「リラックス、リラックス、こんなの、天井の染みを数えているうちに、終わってしまうさ。──それでは、まずはここの切れ目を、ピラッとめくって、と」
「──ああっ、あっ、あっ、ああああああああああああーッ♡」
結構広大なる研究室中に響き渡る、幼い少女の艶麗なる声音。
──まさに、その時であった。
「……何を、なさっているのです?」
唐突に耳朶を打つ、若くも威厳に満ちた声。
振り向けば、清廉なる漆黒の聖衣にガッチリとした長身を包み込み、短い金髪に縁取られた彫りの深い顔も精悍な、一人の青年がたたずんでいた。
──いかにもあきれ果てたかのような色をただよわせている、青灰色の瞳。
「……あれ、ラトウィッジ司教、いつの間に?」
「いつの間にじゃ、ありませんよ! 特別にこの秘匿研究室を使用させて差し上げているというのに、こうして私が入ってきたことにまったく気づきもせず、『定期検診』だか『触診』だかに、熱中されて!」
「ああ、悪い悪い、一応教団における監視役であるあんたは、僕がいるところなら、どこでもフリーパスで入れるんだったっけ」
「──いやあああ、提督! 見られちゃう! 私のすべてが、提督以外の男性に、白日の下にさらけ出されてしまうううううう!!!」
「やかましい」
診療台の上で艶めかしい素肌を晒している美少女が、当然のように悲鳴を上げるものの、一喝のもとに斬り捨てる司教殿。
「おいおい、年端もいかない女の子の裸を目の当たりにして、失礼千万ではないか? いくら聖職者とはいえ、あんたもれっきとした男だろうが?」
「男も何も、今の状態の彼女にとって、相手の性別なんて、関係無いではありませんか⁉」
もしもSNS辺りに流せば、いろいろな意味で大問題になりかねないセリフを、平然と宣う、漆黒の聖衣の青年。
とはいえ、僕自身は、大納得であった。
何せ、現在診療台の上にいるのは、紅い大きな団子状の肉塊が多数寄り集まり、そこから無機質な青い瞳がいくつも見開いているという、何とも『名状しがたき』存在であったのだから。
「どうですこの、自由で有機的で発展的な姿は! まさしく『いのちの輝き』とでも、呼ぶべきでしょう!」
「やかましい(二回目)。あなた今回、それが言いたいだけで、さっきから『猿芝居』をやっていたんでしょうが⁉」
「さ〜て、何のことやら」
「何が、『襞』に『粘膜』ですか⁉ 変に思わせぶりなことばかり言って!」
「『名状しがたき暗黒生物』に、襞や粘膜があっても、当然じゃないか?」
「何が暗黒生物です! それってあなたご自身が、錬金術で錬成したものですよね⁉」
「たとえそうでも、『彼女』がクトゥルフ神話で高名な、不定形暗黒生物の『ショゴス』であることには、間違い無いだろう?」
「──ぐっ」
そうなのである。
元々キヨは、召喚術士兼錬金術師である僕が錬成したショゴスの肉体に、現代日本から召喚した軍艦擬人化少女の精神を憑依させることによって、生み出された存在であるのだ。
「……しかし、あなたも大したものですね。たとえご自分で錬成されたとはいえ、僕の女の子の本性が、このような異形の姿だというのに、普段とまったく変わらずに、接しておられるのですから」
「はあ? そんなの当然だろ? あんたも錬金術師だからわかると思うけど、僕たちにとってはむしろこっちの姿のほうが、研究対象として慣れ親しんでいるし、よほど愛着が湧くってものだよ」
「……まあ、提督ったら」
「いや、確かに同好の士としてわからないでも無いですけど、一般的に見て、この状況って、ものすごく異常なんですよ?」
「もちろん、そんなこと、百も承知さ。──安心しな、僕は至って『正気』だ。『あちらの世界』で高名な某エロゲみたいに、狂気に取り憑かれてしまって、世界のすべてが醜悪な肉塊に見えていながらも、本物の肉塊の化物だけが、唯一絶世の美少女に見えていたりするわけじゃ無いんだからよ」
そのように、半分冗談めかして言ったところ、目の前の聖職者が、むしろ心底哀れむような表情を浮かべたのであった。
「──何言っているのですか? 本当に正常な感覚を持っている者からすれば、名状しがたき肉塊を、ちゃんと肉塊として認識していながら、平気で愛でることのできるあなたのほうこそに、よほど『狂気』を感じることでしょうよ」




