第32話、『妖女ちゃん♡戦記』ショゴスの陰謀。
「──さて、本日の会議における、語るべきすべての議事も予定通り済んだことですし、現在ここに集いし幹部を代表して、不肖この私から、陛下にお伺いしたいことがあるのですが?」
「……うん? 何だい、宰相、いきなりそんな、予定に無いことを言い出したりして」
魔王城大会議室での定例首脳会議も、すでに数十回を数えて、いまだ若輩者とはいえ、一応は当代の魔王として、ようやく議長役も板についてきたものと自負するところであったが、海千山千の最高幹部たちときたら、こうして時たま僕を試すようなことを言ってくるから、油断ならないのであった。
……さて、今回は、どのような難問が、飛び出すことやら。
人間国との交易に関する、関税率の引き下げについてか? 北の紛争地域における、抜本的解決案の最終的絞り込みか? それとも、経済優先路線と軍縮との、適正なるバランスの取り方に関してか?
「──何をおとぼけを、決まっているではないですか⁉ 例のショゴスのことですよ! 何でも、ヤミ殿下に擬態しおったと言うではありませんか⁉」
………………………………………………は?
「そうですよ、何で我々に黙っておられたのですか⁉」
「我々最高幹部会こそがイコール、『ヤミ殿下♡ラブラブファンクラブ』創設メンバーだと言うことは、すでに魔王陛下もご存じのはずではございませんか!」
「それなのに、こんなヤミ殿下に関する一大事を、我々に知らせてくださらないなんて⁉」
「左様、時と場合によれば、立派な『いじめ』や『嫌がらせ』とも、受け取られかねませんぞ?」
「何せ、オリジナルのヤミ殿下は、ご自分だけで独占されているのだから、せめて『複製品』くらいは、我々にもお分けくだされてもよろしいではありませんか?」
「しかもショゴスと言うことは、分裂だってできるわけで、下手すると、人数分の『量産型ヤミ殿下』が、我々最高幹部全員に行き渡るやも知れないというのに!」
「──おお、何と素晴らしい! それが実現した暁には、魔族国挙げての、『ヤミ殿下』祭りだ!」
「いずれは、国民一人一人に、『量産型ヤミ殿下』を!」
「よし、みんな、いつものように『ヤミ殿下コール』をぶちかまして、我らの心意気を、国中に示そうぞ!」
「「「異議無ーし!!!」」」
「「「──ヤミ殿下、ヤミ殿下、ラブラブ、ヤミ殿下、ウーアー♡♡♡」」」
「──やめい! やめやめ! 『ヤミ殿下コール』、やめ────!!!」
大会議場中に響き渡る、魔王自らの本気の怒声。
さすがに静まり返る、イカれ最高幹部ども。
「……何ですか、陛下、いきなり大声など出されて?」
「いくらお年頃とはいえ、抑えきれない性衝動を、唐突に発散なされたりすると、周囲に迷惑ですよ?」
「何が、迷惑だ、そもそも性衝動の発散なんかじゃねえよ⁉ おまえらこそ、何を言っているんだ? 確かにショゴスはヤミに擬態したけど、それはあくまでも形を真似ただけであり、ショゴスはショゴスでしかなく、けしてヤミ本人じゃないだろうが? そんなものを欲しがるなんて、おまえらのヤミへの愛や崇拝は、その程度のものだったのか⁉」
そのように、僕が至極もっともな意見をまくし立てた、
──まさに、その刹那。
「……ひどい、お兄ちゃん、私のこと、そんなふうに思っていたの?」
「──っ。ヤミ………?」
唐突に背中へと突き刺さるかのように聞こえてきた、いかにもか細い非難の声。
振り向けば、会議室の入り口の手前にたたずんでいたのは、年の頃四、五歳ほどのいまだ少女とも言えない幼く小さな肢体を、ネオゴシック調のシックな漆黒のワンピースドレスに包み込み、艶やかな烏の濡れ羽色の長い髪の毛に縁取られた、まさしく人形そのものの端整で小作りの顔の中で、黒水晶のごとき双眸をいかにも哀しげに涙で潤ませている、その名の通り『闇』が凝って人形を成したかのような、一人の女の子であった。
……どういうことなんだ、一体?
こいつは、ヤミなんかじゃない。
間違いなく、ショゴスのはずだ。
魔王としての、相手が何物であろうとその本質を見抜くことのできる魔眼と、何よりもヤミの兄としての本能が、目の前の『モノ』が、妹とはまったくの別物だと、訴えている。
──しかし、なぜだろうか。
実際に、今この時目の当たりにしている、『彼女』と、妹との差異が、どうしても見つからないのだ。
「──お兄ちゃん、いくら私を否定しようとしても、無駄よ? だって私は、文字通り『身も心も』、『ヤミ』そのものなのですもの」
「……何だと?」
「実は現在の私めは、すでに先日ヤミ様ご本人の下着を摂取することで、その体細胞を取り込み、ショゴスとして完全に彼女の肉体を再現できるようになるとともに、ありとあらゆる世界のありとあらゆる時代のありとあらゆる存在の『記憶と知識』が集まってきているという、いわゆる『集合的無意識』とアクセスすることで、本物のヤミ様の『記憶と知識』を脳内にインストールすることによって、まさしく『身も心も』、ヤミ様そのものとなることをなし得ているのでございます♡」
──‼
……確かに、肉体も、記憶や知識さえも、『ヤミ』そのものだとしたら、それはもう、『ヤミ自身』とも、言えるんじゃないのか⁉
そのように、まんまと暗黒不定形生物の口車に乗ってしまい、懊悩する魔王様。
それを見てすかさず追撃を加えてくる、妹の姿をした『宇宙的恐怖の眷属』。
「「「そして私たちは、ショゴスだからこそ、こういうこともできるのです!!!」」」
「「「──なっ⁉」」」
幹部たちの足下の影から、次々に飛び出してくる、まさに影が凝って生み出されたかのような、漆黒の幼女たち。
「ヤミ…………いや、ショゴスの、分身体か⁉」
「──あなたたちって、いい歳して本当に、こんな小さな女の子に、興味があるの?」
「──みんなで悪ノリする振りをすれば、自分の性癖をごまかせると思っているの?」
「──分身体を、一人ずつ連れ帰れるとしたら、私に何をするつもり?」
「──みんなで騒いでいるうちは、シャレで済むけど、一線を越えたら、もう後戻りはできないわ」
「──それでもあなたは、私が欲しい?」
「──私を崇め奉りたい?」
「──私の足元に跪きたい?」
「──足蹴にされたい?」
「──平手打ちを食らいたい?」
「──鞭で打たれたい?」
「──刃物で刺されたい?」
「──釘を突き立てられたい?」
「──針で刺されたい?」
「──鋏で切られたい?」
「──それとも、『精神攻撃』のほうがお好き?」
「──口汚く罵られたい?」
「──蔑みの視線で見下されたい?」
「──鼻で笑われたい?」
「──いっそ無視されたい?」
「──さあ、お望みのままに、好きなのを選んで?」
「「「──どんなことであろうが、あなた願いを、すべて叶えてあげるわ♡」」」
幹部たちの膝の上に座ったり、完全に身体を預けるようにして抱きついたりしながら、妖艶に話しかけ続ける、大勢の『ヤミたち』。
それに対する、おっさん幹部連中の、反応はと言うと、
「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!」」」
「ヤミ様!」
「姫様!」
「女王様!」
「女神様!」
「どうぞ、僕とお呼びください!」
「家畜とお呼びください!」
「犬とお呼びください!」
「豚とお呼びください!」
「チキンとお呼びください!」
「ゴミとお呼びください!」
「カスとお呼びください!」
「クズとお呼びください!」
「「「私たちを、あなた様の、奴隷にしてください!!!」」」
そう叫ぶや、幹部たちの全員が、おのおの『ヤミ』の足元に、額をこすりつけんばかりに、いわゆる『土下座』の体勢となっていく。
それに対して、いかにも勝ち誇ったかのように満足げな笑みを浮かべながら、魔王城最高幹部たちの頭を、何のためらいもなく踏みつける、黒衣の幼女たち。
──い、いかん!
ショゴスのやつ、幹部たちの身も心も完全に虜にして、この魔王城を乗っ取って、ゆくゆくは魔族国全体を、支配するつもりなのでは⁉
「「「ふふふ、魔族の最高幹部と言っても、チョロいものよね。──さあ、見るがいい、おまえたち愚かな豚どもに、とどめの一撃を与えてやる!」」」
「「「おおっ! これ以上まだ何か、ご褒美があるのですか⁉」」」
ヤミ軍団の最終通告に対して、むしろ喜色を隠そうとはしない、幹部連中。
……もはやこの魔王城は、(いろいろな意味で)駄目なのかも知れない。
そのように僕が心底げっそりとしていると、何と今度はすべての『ヤミ』が、一つに結合し始めたではないか⁉
そして、ショゴスならではの、おぞましき変身過程を経て、そこに現れたのは──
「うふふふふ、ボウヤたち、存分にかわいがって、ア・ゲ・ル♡」
「「「⁉」」」
な、何と、そこに現れたのは、年の頃は二十歳絡みと思われる、細身でありながらも出るところは出ている、女の色香にあふれた身体を、漆黒のエナメルのボンデージルックに包み込み、艶めく長い黒髪に縁取られた端整な小顔の中で、闇色の瞳を蠱惑に煌めかせている、いかにも『女王様』とでも呼びたくなるような、サディスティックな絶世の美女であったのだ。
──そう、まさしく、ヤミをそのまま、大人にしたかのような。
ううっ、確かこれは、生粋のM豚どもである、幹部連中には、垂涎の的であるはずなのだが──
「……さて、会議も終わったことだし、帰りますか?」
「どうです、駅前の居酒屋で一杯?」
「おお、いいですな!」
「そういうことなら、是非私も、ご一緒させてください!」
「ああ、申し訳ない、今日は孫とちょっと、先約がありますので、私はこれで」
「おやおや、死神将軍殿の、孫バカが出ましたよ?」
「今が一番、可愛い盛りでしょうからなあ」
「いやあ、『私大きくなったら、おじいちゃんのお嫁さんになるう♡』なんて、申しましてなあ」
「それは、うらやましい」
「うちの孫なんか、すでに反抗期ですよ」
「そうそう、昔はあんなに、可愛かったというのになあ」
「将軍殿も、せいぜい今のうち、可愛がって差し上げなさいな」
「「「あはははははははははは!!!」」」
朗らかな笑声を全員で上げながら、大会議室を後にしていく、最高幹部たち。
「──ちょ、ちょっと、これって一体、どういうことよ⁉ さっきまであんなに、私のことを崇め奉っていたくせに!」
何が何だかわけがわからず、もはやただわめき立てるばかりの、『ショゴスの女王様』。
一応は、ヤミそっくりな姿をしているモノが、これ以上恥をさらす姿を見るのが忍びなくなった僕は、お節介とは思いつつも、決定的な言葉を突き付ける。
「……いや、敗因は、隠しようもなく、はっきりしているじゃないか? ──調子に乗って、『大人』になったりするから悪いんだよ。何せヤミの魅力の最たるものは、何はさておき、『幼女であること』なんだからね」




