第306話、デストロイヤー転生、これぞ駆逐艦『娘』、最強伝説だ⁉(その86)
「……一体何が、どうなっているんだ?」
世界宗教聖レーン転生教団が誇る、教皇庁『スノウホワイト』を臨む大運河網より、おもむろに天を衝くかのようにゆっくりと立ち上がった、一糸まとわぬ少女の巨体。
指先から髪の毛まで全身白一色に染め上げられている中にあって、端整なる顔のうちで唯一鮮血のごとく鈍く煌めいている、禍々しくも真摯なる真紅の瞳。
──そして、ギガサイズなれどほっそりと均整の取れた肢体の周囲を埋め尽くすように宙に浮いている、多数の武骨なる大砲や機関砲等の、軍艦の兵装。
さも、ありなん。
『彼女』こそは、僕ことこの魔導大陸きっての召喚術士兼錬金術師であるアミール=アルハルが、異世界『日本』から僕にするために召喚した、かつての大日本帝国海軍一等駆逐艦夕雲型19番艦、『清霜』の擬人化少女キヨであり、
たった今し方、以前の同僚の戦艦型擬人化少女の『金剛型四姉妹』から、圧倒的な火力による集中砲火を食らい、仲間の大勢の人魚共々、バラバラの肉片となり果ててしまったかと思われたところ、そのすべてが合体して変化して生み出された、巨大なる自称『大戦艦型』の軍艦擬人化少女なのだから。
──ただし、何と彼女は己のことを、『キヨ』でも『清霜』でも無く、かつての大日本を代表した名戦艦、大和型二番艦の『武蔵』と名乗ったのであるが。
「……『武蔵』って言えば、あれだよな? 清霜がずっと憧れていた、『戦艦中の戦艦』とか言うやつ」
それがなぜ、こんなところに何の脈略も無しに、急に現れるんだ?
いやもちろん、金剛たちの砲撃によって木っ端微塵にされた、キヨや人魚たちの肉片が集まって生み出されたのは、わかるけど、
何で、あれほど徹底的にダメージを受けたというのに、むしろそれを利用するようにして、これまで以上に圧倒的に強そうな存在になれるんだ?
確かにキヨはこれまでずっと、自分自身が戦艦になることを夢見ていたし、何らかの理由でその願いが叶ったとしても、どうしてそれがまったく別の軍艦である、『武蔵』になってしまうんだ?
そこはやはり、『大駆逐艦清霜』とか、『大戦艦清霜』とかいったふうに、あくまでも『清霜』自身であるべきじゃないのか?
……わからない、一体何が何やら、まったくわからない。
──そのように僕が、運河網全体を見渡せる、教皇庁高層部のバルコニーで懊悩していると、突然かけられる、この場にそぐわない穏やかなる声音。
「別に驚くことは無いでしょう、あれこそが清霜さんの願望の具現化そのものであり、そのための、人魚たちと示し合わせた、『肉片化及び合体』だったのですから」
………………………は?
あまりにも予想外なことを耳にして、思わず振り向けば、そこには漆黒の聖衣にスマートな長身を包み込んだ聖職者が、にこやかな笑みを浮かべながらたたずんでいた。
短い髪の毛に縁取られた彫りの深い顔の中で清廉に煌めいている、青灰色の瞳。
──もはやすっかりお馴染みの、聖レーン転生教団において最も恐れられている、異端審問第二部所属の、ルイス=ラトウィッジ特務司教殿であった。
「……あれが、清霜の願望が具現化したものだと? それに、まるでそのためにこそ、キヨ自身の意思で、人魚たちと共にバラバラの肉片となって、それから改めて合体したような言い方は、一体何なんだ?」
「言葉通りですよ、すべては清霜さんにとっては、『計画通り』だったのです」
「なっ⁉」
「彼女は先だって、最愛の『提督』であるあなたに主従の契約を反故にされて、大変ショックを受けて『初期化』してしまいましたが、なにがしかの経緯を経て、見事立ち直り、その結果集合的無意識とのアクセス権が向上されたかと思われます。──しかし、彼女がその身に秘めている集合的無意識とのアクセス回路である、『心の宝石』も、ショゴスによって構成されている肉体も、その両方共が『駆逐艦型の軍艦擬人化少女』であることを前提にして構築されており、少々アクセス権が強化されたところで、遙か格上の『戦艦型』になることなぞ、夢のまた夢でしかないでしょう。そこで彼女は考えたのです、『だったら、心の宝石と肉体との両方を、本来の「駆逐艦型」以上に、増強すればいいのだ』、と」
「──‼」
……そ、それって⁉
「いやいやいや、たくさんの屍体を繋ぎ合わせて、一つの巨大なオブジェを作り上げるって、どんだけサイコなアーティストなんだよ⁉」
「ふふふ、知らなかったのですか? 『恋する乙女』よりも恐ろしいものなんて、存在しやしないのですよ?」
「──この場合の『恐ろしい』は、『恋する乙女』なんかとは絶対に、カップリングしては駄目なやつだろうが⁉」
「……あれ? どうしたのです、アミール=アルハルさんともあろうお方が、やけに常識的なことをおっしゃったりして?」
「え、何で僕、極当たり前なことを言っただけなのに、呆れられているの?」
「だって、違法召喚術士兼錬金術師であるあなたこそが、己の探究心を満足させるためだけに、屍体を数えきれないほど利用して、異界の禍々しき存在を召喚し続けるといった、邪法に身を染めることすらも厭わない、自他共に認める『人間のクズ』の筆頭ではありませんか?」
……あ。
そういえば、そうでした☆(てへっ)
「それに清霜さんご自身にしても、軍艦の力を少女の身の内に秘めた、超常なる存在であられるのですから、ほんと、『何を今更』の一言に尽きますよ」
「……お、お説、ごもっともであります!」
「つまり清霜さんが、ご自分の集合的無意識とのアクセス権の向上分を、人魚たちに分け与えられたのは、何も『味方』を増やすためでは無く、最初から『戦艦型』──それも長年の憧れの対象であった、『大戦艦武蔵』に変化することこそを、最初から目論んでおられたのですよ」
「……単なる軍艦としての性能の向上だけでは無く、『自分自身を自分以外のものにしてしまう』なんてことが、本当に可能なのか?」
「それこそ希代の召喚術士であられる、あなたのほうが良くご存じでしょう? 『何よりも人一倍願望が強く、そしてその願望の実現のために人一倍努力してきた者こそに、集合的無意識の扉は開かれる』ことは。あれ程憧れの『戦艦武蔵』になることを熱望して、そのために自分の身をバラバラにすることすら厭わなかった彼女が、その願望を叶えられないなんてことが、あり得るわけ無いでしょうが? それに集合的無意識には、ありとあらゆる世界のありとあらゆる存在の情報が、すべて存在しているのですからね。『大戦艦武蔵』であろうが、『それ以上の存在』であろうが、何にでも変化することが可能となるわけなのですよ」
「へ? 『それ以上の存在』、って……」
「まあ、見ていてごらんなさい」
そのような司教殿の言葉に促されるようにして、運河のほうを見やれば、件の『大戦艦武蔵』に、何やら動きが認められた。
『──集合的無意識と、アクセス。大日本帝国海軍「ヤマト型戦艦」における、「最大攻撃」を可能とするための、必要情報をダウンロード!』
途端に熱を帯びて真っ赤に染め上がる、武蔵ご自慢の特大主砲、45口径46サンチ3連装3基9門、すべての砲門。
『──魔導力充填、10%』
は?
『──20%──30%──40%──50%』
ちょ、ちょっと待て、そ、それって⁉
『──100%──110%──120%‼』
おい、ヤメロ!
『──「量子魔導波動砲」、発射あああああああ!!!』
……ほ、ほんとに、やりやがったぞ、こいつッ⁉
──そして、本当の地獄が、始まった。




