第305話、デストロイヤー転生、これぞ駆逐艦『娘』、最強伝説だ⁉(その85)
いわゆる『最初の人魚姫』が、王子様の『真実の愛』をつかみ取ることができず、虚しく海の泡と成り果てた時、せっかく『最初の海底の魔女』から創ってもらった、『心の宝石』も粉々に砕け散り、広大な海のあちこちへとばらまかれてしまいました。
まさにその、神話時代の海底には、無数の暗黒生物『ショゴス』が定まった形を持たぬまま、ただよっておりましたが、『最初の人魚姫の心の宝石』を体内に取り込んだ個体だけが、彼女そっくりな人魚へと変化しました。
──ただし、心の宝石がちゃんと起動するためには、最初の海底の魔女から集合的無意識と接続してもらうか、自分自身で接続できる権利をもらう必要があり、ほとんどの人魚たちが、事実上『魂の無い人魚』として、海の中をたださまよい続けるばかりでありました。
その中で何かの拍子に、人間の男性──すなわち、『王子様』と出会うことによって、『恋心』等の『感情エネルギー』を有することができるようになった個体のみが、それを原動力として集合的無意識とのアクセスを果たして、『海底の魔女』から人間の身体に変化するための形態情報のダウンロードを許されて、幾たびも『人魚姫の物語』を繰り返していきました。
──ちなみに、本来は単なる轟沈した大日本帝国海軍の軍艦の化身に過ぎない、『軍艦擬人化少女』たちにも、まさにこの『人魚姫の魂の欠片』が収められており、これこそが彼女たちの『少女としての自我の源』であるとともに、集合的無意識とのアクセスのためのインターフェースとなっていたのです。
ただし、それぞれの心の宝石には、戦艦や空母や巡洋艦や駆逐艦といった軍艦のレベルごとに、集合的無意識へのアクセス権も差異が設けられていて、少々アクセス権が向上したとしても、駆逐艦型は駆逐艦としての性能を超えることができず、せいぜい向上したアクセス権を他者に割り振ることによって、『味方』を増やすと言った、少々反則技的なやり方以外は、攻撃力や防御力を向上させることは不可能でした。
──だがしかし、大本の心の宝石を何らかの手段で増量させることさえ可能ならば、たとえ駆逐艦型であろうとも、原理的には、戦艦型同等の力を得ることができたのです。
もちろん、本来それぞれの個体の体内に秘められている心の宝石を、一つの個体に集積させることなんて、とても不可能でしょう。
──現在のように、一体の駆逐艦型の擬人化少女と、無数の人魚たちが、バラバラの肉片と化して、運河の水中をただよっていたりしない限りは。
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「──諸君、時は来たぞ!」
「今こそ、我ら聖レーン転生教団の真の御本尊たる、『原初の人魚姫』の復活の時だ!」
「いやあ、めでたい、めでたい」
「しかし、さすがは教皇聖下、考えられましたなあ」
「原初の人魚姫から分離した、心の宝石をすべて集めることなぞ、現実的には到底適わぬが、『容れ物』のほうを小さくして、できるだけ多くの心の宝石を押し込めれば、『擬似的な復活』もけして不可能では無いからな」
「なあに、これで失敗したところで、心の宝石自体が損失するわけでも無く、人魚もまだまだ腐るほどいるから、何も問題は無かろうて」
「むしろ、今回の『実験』で、どれ程の成果が得られるかが、見物だな」
「──そう言った意味では、『駆逐艦型の軍艦擬人化少女』は、格好なサンプルと言えよう」
「うむ、うむ、個体としてのサイズが小さい割に、集合的無意識とのアクセス権は、デフォルトでも十分高く、それに元々軍艦であっただけに耐久性も抜群だから、基準容量以上の心の宝石にも、何とか堪えることができるであろう」
「くくく、最初は今回の実験の実行に対して、拙速過ぎると危ぶんだものだが、他の世界から心の宝石に適合する存在──軍艦擬人化少女を召喚するというアイディアは、非常に秀逸だったな」
「ラトウィッジ司教の労には、十分報いてやらねばなるまいて」
「そうじゃ、かの者の働きにより、今こそ我が教団の宿願が、果たされようとしておるのだ!」
「神よ──『原初の海底の魔女』よ! どうぞ我らに、御加護を!」
「──ハレルヤ!」
「──ハレルヤ!」
「──ハレルヤ!」
「──ハレルヤ!」
「──ハレルヤ!」
「──ハレルヤ!」
「──ハレルヤ!」
「──ハレルヤ!」
「──ハレルヤ!」
「「「──すべての、人魚と軍艦擬人化少女を愛する同志に、祝福を!!!」」」
世界宗教聖レーン転生教団の総本山たる、聖都『ユニセクス』の中央部にそそり立っている、教皇庁『スノウホワイト』の最上階の会議場にて、現在の運河網における激戦を映し出している立体映像を囲んで座している、枢機卿からなる最高幹部会のメンバーたちの歓喜の唱和が、広大なる部屋中に響き渡っていく。
そのように、全員が信心深き聖職者ならではに、文字通り何かに取り憑かれたかのような、恍惚とした心持ちに浸っていた、まさにその時、
「……うん?」
「おかしいぞ?」
「どうして、人魚の肉片が、駆逐艦娘を中心にして、どんどんと集結しているのだ?」
「『原初の人魚姫』の復活のためには、心の宝石だけが一つに集まれば、いいはずだぞ?」
「むしろ、『器』のほうが大きくなればなるほど、心の宝石の効力が薄まってしまうではないか?」
「──おい、観測班、何が起こっているのだ? 報告しろ!」
『……そ、それが、集合的無意識からのアクセス経路に、何か余計な情報が、混入しているみたいでして』
「『原初の人魚姫』の、形態情報以外にか⁉」
「一体、何者によるものなのだ? 人魚はもちろん、駆逐艦娘すらも、今や無数の肉片と化していると言うのに」
『──わかりません! ただし、かなり強力な「思念波」であることは、確かです。もはや「怨念」とも、呼び得るほどに!』
「「「お、怨念、だと⁉」」」
☀ ◑ ☀ ◑ ☀ ◑
──ウフ、
──ウフフフ、
──ウフフフフフフ、
……アア、
待ッテイタワ、
──コノ時、ヲ。
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『──集合的無意識とのアクセス権、完全に乗っ取られました!』
『──人魚の肉片がすべて集結して、運河の水底で合体を完了!』
『──強大な、「感情エネルギー」と「熱反応」とを、感知!』
『──集合的無意識からの、正体不明の形態情報の、ダウンロード、完了!』
『──「実験体」、浮上します!』
「……あ、あれは?」
「ま、まさか⁉」
運河の水面から、ゆっくりと立ち上がっていく、全身白一色の、女性の姿をした巨体。
それはまさしく、つい先程まで教皇庁の周囲を取り囲んでいた、支塔『セブンリトルズ』と勝るとも劣らない背丈を誇っていた。
そして、全身の肌の色と同様の初雪のごとき長い髪の毛に縁取られた、端整なる顔の中で、ゆっくりと見開かれていく両のまぶた。
──あたかも鮮血のごとく、深紅に煌めく、二つの瞳。
「まさか、人魚では無く、『海底の魔女』に成り果てたのか⁉」
「いや、違う、あれは、あれは──」
あまりの驚愕のためにただうわごとのようにうめくばかりの、枢機卿たちを尻目に、巨大な白い少女の一糸まとわぬ豊満な肢体の周囲に、海の鬼火である不知火が数え切れないほど灯ったかと思えば、巨大な大砲や機関砲へと変化していった。
そしてここでようやく、『少女』の柘榴のごとく艶めく唇が、大音声で名乗りを上げた。
『──大日本帝国海軍所属、戦艦「武蔵」、ここに見参!』




