第30話、『妖女ちゃん♡戦記』ショゴたんキャラ付け完了⁉(前編)
「……ヤミ」
「なあに、お兄ちゃん」
「この所ずっと、おまえに後ろにべったりと張り付いている、その執事姿のやつは、一体何なんだ?」
そうなのである。
漆黒のネオゴシックのワンピースドレスに年の頃四、五歳ほどの華奢な矮躯を包み込み、烏の濡れ羽色の長い髪の毛に縁取られた端整なる小顔の中で黒水晶の瞳を煌めかせているという、あたかも夜闇を凝らせたかのような黒一色の幼女、当代の魔王である僕こと、ユージン=アカシア=ルナティックの妹、ヤミ=アカシア=ルナティックは、年齢不相応に大人びていて、常日頃はこの魔王城の最上階に所在する、王族専用のプライベートスペースの長大なる回廊を歩き回る際においても、基本的に一人で行動しているはずなのだが、ここ最近はずっと、兄である僕にも見覚えのない従者を、まるで影であるかように付き添わせていたのだ。
「うふふ、おかしなお兄ちゃん、執事服を着ているんだから、執事に決まっているでしょう?」
「……いや、そうことを言っているのではなくてね、一応この城の主をやっている身としては、自分の見覚えのない人物が、知らぬ間に自分の妹──つまりは当代魔王の実の妹という重要人物の、文字通り『側仕え』としてずっと張り付いていたりすると困るんだよ?」
しかもこいつ、執事服なんか着ているけど、中身のほうは間違いなく女であり、その点からも非常に怪しかった。
「……あれ、お兄ちゃん、ほんとにわからないの? この子は例の『ショゴス』だよ」
………………………………………は?
思わず女性執事のほうを見やれば、確かにさっきからずっと微塵も揺るがぬ同じ微笑みを浮かべ続けている、整ってはいるもののどこか冷たい画一性を感じさせる小顔は、いかにも『作り物』じみていた。
「えっ、もしかして、この前まで、主にメイドのかっこをしていて、時には名探偵になったり孫悟空になったりサトリになったりしていた、あのショゴス? それがどうして今度は、こんな格好をしているんだい?」
「もうっ、お兄ちゃんが言ったんじゃないの? 『不定形で分裂したりするショゴスは、メイドだけはヤバい』って! それで私の側に置いておく場合に限っては、メイドではなく執事にすることにしたのよお?」
「──ああ、うん、確かに、『不定型なメイド』はヤバいよね? でもその子、中身は『女性体』なんだろう? 何で執事なのに、わざわざ女性にしたの?」
「「何を言う! 執事といえば、当然、女執事だろうが⁉」」
……えー?
どうして僕、魔王なのに、いきなり妹から怒鳴られているわけ?
しかも今のって間違いなく、ショゴスの声も混じっていたし。
こういった場合、最後までミステリアスに微笑み続けて、沈黙を守るってのが、お約束じゃないの?
何でいきなり、キャラを崩壊させてまで、どうでもいいことに口を突っ込んでくるの?
「……うん、それについては、まあこの際(どうでも)いいとして、どうして魔王である僕が、その子の正体がわからなかったんだろう? 以前現代日本の『蜘蛛の記憶と知識』をインストールしていた時には、ちゃんと感知できたのに」
「ああ、それはこの子がもはや、単なる『ショゴス』や『異世界転生者の受け皿』なんかでは無く、『女執事』として完成されているからよ」
「『女執事』として完成している? それにもはや、『ショゴス』でも『異世界転生者』でも無いって……」
「現在この子にインストールされているのは、単なる『ある特定の個人としての現代日本の女執事さん』なんかではなく、言うなれば、ありとあらゆる世界のありとあらゆる時代のありとあらゆる『女執事』という、概念の集合体であり、それが元々『奉仕種族』として創られたショゴスと一体化することによって、まさしく『究極の奉仕者』と相成ったという次第なのよ」
「……究極のサーヴァントって、この子が?」
思わず当の『男装の麗人』のほうをまじまじと見つめ直せば、いかにも慇懃に胸に手を当てて一礼してから、
──非常にヤバい目つきとなって、言い放つ。
「私は、ヤミお嬢様のためでしたら、いつでも死ねます!」
「──いや、ショゴスは死なないだろ⁉」
あ、いけね、つい無粋なツッコミをしてしまった。
女執事のみならず、あのブラコンのヤミまでが、「おまえ少しは空気読めよ?」と言いたげな目つきで睨みつけているし。
「……ったく、お兄ちゃんたら。確かに、非常に生命力が高く、不定形で、いくらでも分裂できて、更にはいつでも再結合すらできる、ショゴスはほとんど不老不死と言えるけど、ショゴスに対する特殊な手法を講じれば、殺そうと思えば殺せないこともなく、特に現在においてはこの子は自分のことを、ショゴスではなく『女執事』として、確固として認識しているので、一応ショゴスならではの変身や分身能力等の、人並みならぬ超常の力は有しているけど、純粋なショゴスよりははるかに生命力が低く、例えば自分から分裂するのではなく、現在のように一個の人間の形を取っている際に、頭部を胴体から切断されてしまえば、普通に死亡してしまうの」
「……え、じゃあ、さっきの『宣言』は」
「──はい、この身に変えましても、お嬢様のことは必ずお守りするという、決意の誓言でございます!」
うん、彼女の様子を見る限り、確かに嘘偽り無く、本気のようであった。
……ていうか、本気すぎるから、ヤバいんだけど。
「まあ、一応のところは、納得したよ。でも、そういったかなり手の込んだ『実験』を行う場合は、事前に僕に知らせてくれよ?」
「──わかった、これからは、ちゃんと注意するね!」
そう言って、いかにも元気いっぱいに踵を返して、僕とは反対方向に、魔王城の長大な廊下を進んでいく、最愛の妹。
その後を、僕のほうへ一度深々と頭を下げてから、しずしずと追いかけていく女執事。
その時一瞬垣間見た、『彼女』の瞳の冷たい煌めきに、背筋が凍る思いがした。
──なぜならそれは、いつも鏡の中で見ている、他の誰よりも慣れ親しんでいる、この世界最狂の人物の瞳と、まったく同じであったのだから。




