第3話、転生者殺人事件。(その1)
「──違う、違うんだ! 俺じゃない! 殺ったのは、俺じゃないんだ!」
できたてほやほやの刺殺死体のすぐ目の前で、必死にわめき立てる、厳つい男。
血まみれのナイフを、握りしめたままで。
ここは、剣と魔法のファンタジーワールドにおいてはお馴染みの、この男と被害者との両方が所属している、冒険者ギルドの仲間たちだけの寄り合い所帯、いわゆる『ギルドハウス』と呼ばれるものであり、すでに騒ぎを聞きつけて、現在における生き残りのギルドメンバーが、全員集まっていた。
「……アーダルベルト、ついにあなたの番が、回ってきたのね?」
「だ、だから、違うって! これをやったのは、いつものように、俺じゃないんだよ⁉」
「ああ、皆まで言うな、次の犯行が起これば、必然的に、君の身の潔白が示されるだろう。──君の命を、代償にしてね」
いまだに決定的な証拠品を握りしめている、最重要容疑者に向かって、何だか意味深なことを言ってくる、ギルドの仲間たち。
そこで、初めて口を開いたのは、私こと、この場にオブザーバーとして呼ばれている唯一の部外者である、ニーベルング帝国の帝都ワーグナーに所在する、聖レーン転生教団帝都教会の首席司祭である、ヘルベルト=バイハンであった。
「……ほう、これは確かに、転生者が絡んだ殺人事件と、呼べるかも知れませんねえ」
この場において、最も『転生』というものに通じている、転生教団の司祭の鶴の一言を耳にして、一斉に押し黙る、容疑者の男をも含む、ギルドの面々であった。
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──そもそもの発端は、冒険者の間ではあまりにありふれた、小さな諍いでしかなかった。
彼ら──人呼んでエーベルバッハギルドは、いつものように、中堅ギルドである自分たちの身の丈に合ったクエストをこなすために、ダンジョンに潜っていたところ、本来彼らが狩り場にしている大都市周辺のダンジョンにはいるはずのない、高位のモンスターに出くわし、絶望的な戦闘に挑むことになったのだが、最近何かとハッスルしていた、前衛の要の剣士のハンスが獅子奮迅の活躍を見せ、まさしく奇跡的に、モンスターの討伐を成し遂げたのであった。
ここまでであったら、まさに『めでたしめでたし』で済むところだが、そうは問屋が卸さなかった。
何せ誰もが認める高位のモンスターなのである、当然のごとく、成功報酬が上乗せされることになったのだが、そこで問題が起きた。
何と、最大の貢献者のハンスが、自分こそがその上乗せ分の報酬を、すべてもらう権利があるのだと、強硬に主張してきたのだ。
そんなことを言われて、他のギルドメンバーたちが、黙っているはずがなかった。
確かにハンスは最大の貢献者であるが、他の者が何もしなかったわけがなく、それぞれが生き延びることに必死に、あらゆる手段を講じて、モンスターに立ち向かっていったのであり、間違いなくこれは、ギルドメンバー全員の勝利であった。
特にギルドリーダーのアーダルベルトは、心からこんこんと説得に当たり、ハンスの取り分だけ、他の者よりもかなり色を付けるといった、本来『平等』こそを何よりも鉄則にしている、エーベルバッハギルドでは考えられない譲歩案までも提案したというのに、ハンスのほうは聞く耳を持たず、何と最後には力尽くで報酬を奪い取ろうとまでしたために、ついに他のメンバーたちの堪忍袋の緒が切れて、あくまでもギルドのルールに則って、まさにその『ギルドルールを一方的に違反した者に対する制裁』として、ハンスをよってたかって殺害してしまったのであった。
これは、ギルド内の自治権に鑑みても、そもそも荒くれ者ばかりである冒険者たちの規律を守るという意味合いからも、十分に認められた行為であり、ハンス以外のギルドメンバーが罪に問われることは無かったが、しばらくして、とんでもない事実が発覚したのだ。
何とハンスには、難病に苦しんでいる歳の離れた妹がいて、一刻も早く手術を行わなければならないのだが、当然高額の医療費が必要となり、それ故に最近クエストに当たっては異様に張り切り、少しでも高額の報酬を得ようと、自ら危険に飛び込んでいたのであるが、まさにその最中に予想以上の高位のモンスターと出くわして、それを見事に仕留めたことで、これぞ神の思し召しと思い込み、妹の医療費に必要なだけの報酬を請求したのであった。
……こう言うと、「それだったら、ちゃんと事情を話せばよかったのに。同じギルドの仲間じゃないか?」と、考える人もいるだろうが、別にギルメンは、ゲームをやっているわけでも遊んでいるわけでもなく、『生活』のために冒険者稼業をやっているのであり、しかもその日暮らしのギルメンの中には、借金を抱えている者も多く、仲間にどのような事情があろうが、自分の取り分を減らされるのを非常に嫌がり、下手すればそれこそ殺し合いに発展しかねなかった。
結局、剣と魔法のファンタジー世界といえども、そこに暮らしている者にとっては、あくまでも『現実』なのであって、誰もが生きることだけに必死にあがいていて、それこそ異世界の出来事なぞ遊び感覚でしか捉えられない、『現代日本人』ごときでは想像だにできない、ドロドロとした人間関係が、常に横たわっているのだ。
もちろんハンスもそんなことは重々承知で、ここは強硬手段に訴えてでも、必要なだけ取り分をぶんどって、何ならギルドを抜けようとでも思っていたのだろうが、妹を助けることばかりにかまけるあまり、完全にやり過ぎてしまって、結局は自分の命を奪われことになったのである。
そんな彼の事情を知ったギルメンたちは、彼を殺してしまった後ろめたさもあり、みんなでお金を出し合って、ハンスの妹に手術を受けさせようとしたのだが、もちろん彼女自身がそんな、まさしく『自分の兄を殺して手に入れたお金』を受け取るわけがなく、そうこうしているうちに症状が悪化し、あえなく身罷ってしまったのだ。
──そして、それからすぐであった、ギルドハウスの中で、恐るべき連続殺人事件が勃発したのは。