第293話、デストロイヤー転生、これぞ駆逐艦『娘』、最強伝説だ⁉(その75)
──『真実の愛』とは実は、『略奪愛』って、いくら何でも、そんな⁉
おいおい、一応『人魚姫』は、良い子のみんな御用達の、『おとぎ話』なんだぞ?
そのように、あまりと言えばあんまりな、自称『海底の魔女』である謎の幼女の、とんでもない台詞に、思わず胸中で悪態をついていると、
──更にとんでも無いことを、突きつけてきたのであった。
『ここにおられる魂の無い「人魚」と、人間の肉体を与えられた「人魚姫」であるあなたとの、最大の違いは何かと申しますと、「女としての欲望」の有無なのです。──すなわち、魂とは欲望そのものなのであり、そのことはまさしく王子様の「真実の愛」を欲しがった、おとぎ話の人魚姫自身が、如実に証明しているではありませんか?』
──ぬなっ⁉
『更には、海底の魔女が人魚姫に人間の身体を与えるのと引き換えに、彼女の『声』を奪ったのも、「王子をモノにするために必要な人間の身体(主に下半身)も手に入ったんだから、もはや四の五の言わずに、文字通り『体当たり』で勝負せんかい!」という意味だったのであり、あえて「失敗すれば海の泡と成り果てるのみ」という背水の陣を敷くことによって、むしろ人魚姫のことを叱咤激励していたのですよ』
おまっ、自分も海底の魔女だからって、おとぎ話の魔女を、勝手に美化するんじゃないよ⁉
『だって、言葉が使えず、ぼやぼやしていると隣国のお姫様に、最愛の王子様を奪われかねない状況にあるのなら、身体でも何でも使って、無理やり略奪するほうが大正義でしょうが?』
だ・か・ら、おとぎ話ってことを忘れるなよ⁉ しかも何度も何度も言うように、私は見かけ上十歳ほどでしかないんだから、そんなことをしたら、いろいろとマズいってば!
『──わかった、もういい。女であることをあきらめているやつに、これ以上何を言っても無駄だ。勝手にここで朽ち果てるがいい!』
──ッ。
これまでのいかにも温和な表情を消し去り、まさしく『魔女』の名にふさわしき冷酷な声音で言い放つ、目の前の白一色の幼い少女。
あたかもつくりもののごとく整い過ぎている小顔の中で絶対零度の輝きを発している、鮮血のごとき深紅の瞳。
『……おとぎ話だろうが、幼かろうが、何だと言うのですか? ここは剣と魔法のファンジーワールドなのですよ? 現代日本の尺度で考えること自体が、間違いなのです』
あ。
『それに、こちらこそ何度も何度も申していますが、あなた方軍艦擬人化少女は、己が提督と定めたお方との「永遠の契り」を交わすことができなければ、真の力を発揮することができないのです。そのように己の存在意義すらも問われかねないと言うのに、年齢や社会的規範ごときが、何の意味があると言うのですか?』
うっ。
『そして、あなたや金剛さんがおられた現代日本とは違って、現状としては「提督」の資格をお持ちの方が、あなたの主様以外おられないのであれば、他の軍艦擬人化少女と「奪い合う」のは当然のことでしょうが? 一体どこに、「略奪愛」こそが「真実の愛」であることを、否定する要素があると言うのです?」
ううっ。
『それにこれは、元々のあなた自身の「目標」の成就とも、一致しているのですよ?』
……私の、目標?
『もちろん、旧帝国海軍を代表する「武蔵」さん同様に、「大戦艦」となることですよ』
ええっ、略奪愛が、私の最大の望みである、武蔵さんみたいな大戦艦になることと同じですって⁉
『だから、何度も言っているではありませんか? 提督さんと「永遠の契り」さえ結ぶことができれば、軍艦擬人化少女としての真の攻撃力や防御力等の、最大級のポテンシャルを発揮できるようになると。──これってまさしく、「大戦艦化」そのものではありませんか?』
──‼
王子様の──提督の、『真実の愛』を手に入れることこそが、私の最大の願望である、『大戦艦化』そのものですって⁉
──そんな、馬鹿な!
私の純然たる願望を、どこかの艦隊ゲームの『ボーナスステージ』か何かみたいに、言うんじゃないわよ⁉
私はあくまでも、武蔵さんの『強さ』と『気高さ』こそに、憧れているんですからね!
……でも、武蔵さんの──私たち、軍艦擬人化少女の『強さ』って、一体何だろう。
やはり軍艦という強大なる兵器ならではの、圧倒的な破壊力?
──いや、それは力は力でも『暴力』に過ぎず、憧れの対象になるようなものでは無い。
そもそも駆逐艦の私だって、『海底の魔女』に変化すれば、戦艦並みの攻撃力や防御力を発揮することができるのだ。
だったら、どんな局面でも闘志を失うことの無い、みんなのリーダーとしてふさわしい、『意志の力』であろうか?
確かにこれぞ私の憧れの対象とも言えなくもないが、別にこれは軍艦擬人化少女──特に『戦艦型』特有なものというわけでは無く、あくまでも武蔵さん個人の性格によるものであり、いくら憧れてみたところで、私には私の個性があり、完全に自分のものとすることは不可能であろう。
──では私は一体、武蔵さんの『何』に、憧れているのだろう?
それはやはり、武蔵さんに有って、私には無いものであろうが、戦艦としての物理的力や意志の力以外だったら、何があるであろうか?
……う〜ん、やはり、『大人であること』、かな。
もちろん、私たちは外見上の年齢差が著しく、それが自分にとっての『コンプレックス』になっていることは、けして否定できないであろう。
しかし、私の武蔵さんへの憧れは、そんな表象的なものでは無いのだ。
何せ大人っぽいと言っても、それは特に幼い駆逐艦である私から見ての話であり、武蔵さんだって、外見年齢は十七、八歳ほどの、れっきとした『少女』なのである。
よって、歳相応と言うよりも、年齢以上に「大人びている」と言うほうが、正しかった。
私が現代日本にいた時分においても、外見上はおそらく十歳ほどの差があるものと思われる、名実共に『大人の男性』である、我らが鎮守府の提督と、艦隊運営等に関して、まったく対等にやり取りしている姿は、眩しいほどに煌めいて見えたものであった。
……もちろん、遙か昔の第二次世界大戦時に建造された主力戦艦なので、むしろ現代人の提督のほうが『小僧』のようなものかも知れないけれど。
しかし、私のような駆逐艦型や、それよりも小型な海防艦型となると、その精神までも外見に引きずられてしまうのか、どうしても言動が幼くなりがちで、提督のほうもあたかも父親が娘に接するような感じとなってしまうのは、否めないところであった。
──だからこそ私は殊更に、新たに与えられた軍艦擬人化少女としての己の外見に囚われることなく、提督に対して『大人の対応』を行う武蔵さんに憧れたのであろう。
……そうか、私は『大戦艦』になりたかったのでは無く、武蔵さんそのものに──すなわち、『大人の女』になりたかったんだ。
『……うふふ、どうやらおわかりになられたようですね。──さあ、「人魚姫」さん、今こそ「女」としての意地を見せて、見事「永遠の契り」を成し遂げて、提督さんを屈服させて差し上げましょう!』
私の内心の変化を的確に読み取ったかのように、力強く檄を飛ばしてくる、自称『海底の魔女』。
しかし、今更そんなこと、関係無かった。
なぜならすでに、私の意志は決していたのだから。
さあ、教団や金剛さんたちに──そして何よりも、提督に対して、『落とし前』をつけに行きましょう。
──もはや迷いなど、微塵も無かった。
『ウフフフフフフフ』
『アハハハハハハハ』
『クスクスクスクス』
ほんの先程まで、あれ程不気味に思えていた人魚たちの笑声すらも、今や私のことを激励しているかのようにも、聞こえたのであった。




