第286話、デストロイヤー転生、これぞ駆逐艦『娘』、最強伝説だ⁉(その72)
「……これで、いいんだな?」
「はい、ありがとうございます。お約束通り、金剛嬢のほうも、直ちに攻撃を取り止めたようです」
「本当に、キヨの身の安全は、保障してくれるんだろうな?」
「その点についても、ご心配なく。我々は別に、清霜嬢を破壊するのが目的ではありませんので」
「……だったら構わない、僕のことは、好きなようにしてくれ」
己自信の現代日本からの召喚物であり、最愛の僕でもある、大日本帝国海軍所属、一等駆逐艦夕雲型19番艦『清霜』の、軍艦擬人化少女のキヨが、同じ戦艦型の軍艦擬人化少女の金剛嬢に、一方的に袋だたきにされているというのに、いくら相手が降伏を勧告しても応じようとはせず、挙げ句の果てには主である僕の撤退命令にもまったく耳を貸さないので、最後の手段として、彼女との主従契約を解除したのだが、その途端キヨからすべての感情が抜け落ちて、まさに出会った当初の『機械の人形』そのものの、初期状態となってしまったのだ。
……これもすべては、召喚主にして主である、僕が至らぬばっかりに。
──くっ、すまない、キヨ!
「……そんなに、気を落とさないでくださいよ。我々教団は、別にあなたに危害を加えるつもりは無いのですから」
僕のあまりの落胆ぶりを見かねたのか、何とすべての黒幕であるはずの、聖レーン転生教団異端審問第二部の特務司教であるところの、ルイス=ラトウィッジ氏が、恐る恐る慰めてきた。
「は? キヨだけでは無く僕にも、教団お得意の『神罰の地上における代行』を及ぼすつもりは無いだと? だったらどうして、こんなところでいきなりちょっかいをかけてきたんだよ?」
「『神罰』などとは、とんでもない! むしろあなた方こそ、我々教団にとっての、『真の願いの代行者』であられるのですから!」
……何だと?
教団にとっては『お尋ね者』であるはずの、違法召喚術士の僕と、その召喚物であるキヨとが、『真の願いの代行者』だって?
一体何を、言い出すつもりなんだ?
「まさか、ここまで理想的な『実験データ』を、採取できるとは。いやあ、まさに期待以上ですよ。──ねえ、あなたもそう思われませんか、金剛嬢?」
え。
「はあ〜い、提督さんはこちらの想像以上に、素晴らしいお方でしたわ。──是非とも、私のためだけの、『提督』になっていただきたいほどに♡」
唐突に、すぐ耳元に吐息とともに吹きかけられる、涼やかな声音。
思わず振り向けば、まるで真夏の大空のような青の瞳が、黄金色の長い髪の毛に縁取られた、彫りの深く端整なる小顔の中で、いかにもいたずらっぽく煌めいていた。
「……金剛、嬢」
「まあ、他人行儀な。これからは私のことは、どうぞご遠慮なく、金剛『サマ』とお呼びくださいませ」
「他人行儀も何も、君とは今日会ったばかり…………って、どうしていきなり『サマ』呼びなの⁉ それにそもそも、一体いつの間にこんな近くまで、忍び寄っていたんだよ?」
「オホホホホ、何せ私こう見えても、帝国海軍きっての、高速戦艦ですからね」
……いや、戦艦がちょっとばかし高速だからって、音も無く接近することなんて、到底できないと思うんですけど。
「悪いけど、僕には君と、『永遠の契り』とやらはおろか、普通に主従契約を結ぶつもりも無いからな?」
「あら、つれないお言葉ですこと。私って、そんなに魅力がございませんか?」
「──ちょっと、君⁉」
いかにもわざとらしく拗ねた表情をしながら、僕の右腕へと抱きついてくる、一応大日本帝国海軍の戦艦の擬人化少女。
──さすがは西欧生まれと頷かざるを得ない、発育のいい二つの柔らかな膨らみが、惜しげも無く押しつけられてくる。
「……何の真似だ?」
たった今キヨとの契約を破棄したばかりの僕に対して、あまりにも不謹慎な行為に、つい怒気のこもった声を漏らしてしまう。
「うふふふふ、冗談ですわよ」
それに対して、思いの外あっさりと身を離す、ミドルティーンの少女。
「提督さんには、これからじっくりと私の魅力を知ってもらって、墜とそうかと思っておりますので、どうぞご覚悟のほどを♡」
──うっ。
「……どうして君たち軍艦擬人化少女は、どいつもこいつも僕みたいなやつを、自分の『提督』にしようとするんだ? どんなに控えめに言っても、カタギとは言えない、お尋ね者の違法魔導士なんだぞ?」
「むしろ、『そう言うところ』、ですわ」
「へ? そう言うところ、って……」
「仮にも私は、あなたの愛する僕であるキヨさんを、一方的にフルボッコにして、お二人の契約状態を力ずくで解除してしまったと言うのに、こうして図々しくまとわりついてきても、少しも非難なされないのですもの」
──っ。
「……それは、仕方ないじゃないか、何せ君には、非難するところが無いんだからな」
「ほう?」
「君の言う通りだよ。僕たち主従は、お互いに信頼しきっていると思い込んでいたけど、それは文字通りに『思い込み』に過ぎず、結局のところは、完全に心を開いて相手のことを受け容れてはいなかったんだ。召喚術士であり主でありながら、そんなことにも気づけなかった僕の未熟さこそが、キヨをあそこまで追いつめてしまったのさ」
「……まったくもう、ここで単に、僕の未熟さを責めるのでは無く、あくまでもご自分の責任だとおっしゃるところこそが、あなた様の美点なのでしょうね」
「よしてくれ、未熟だったのは僕のほうだ。キヨに対してはただただ、申し訳ないことをしただけだ」
「なるほど、そこまで徹底して清霜さんのことを、お庇いになられるわけなのですね。──でも、一つだけ、ご忠告させていただきますわ」
「え、忠告って……」
突然の思わせぶりな言葉に改めて見つめ直せば、その金髪碧眼の美少女は、これまでになく真摯な表情をして、厳かに言い放った。
「あなたは少し、私たち軍艦擬人化少女というものを、甘く見過ぎておられるようですが、そんなことでは、後々手痛いしっぺ返しを食らってしまいますわよ? ──特に、あなたの愛する、僕さんとかからね♡」




