第281話、デストロイヤー転生、これぞ駆逐艦『娘』、最強伝説だ⁉(その67)
「……あのね、清霜さん、さっきから偉そうなことばかり言っているけど、実は私だって、この『少女』としての外見が、死ぬほど嫌いだったのですよ」
「ほら、私って、金髪碧眼で、見るからに西欧風でしょう?」
「何せ前世としての軍艦であった当時は、イギリスは名門『ヴィッカース』製だったのですからね。文字通りちゃきちゃきの『舶来もの』だったのですよ」
「当時の大日本帝国においては、別にそれほど珍しい話では無く、私以外にも欧米の造船会社の生まれの者も数名ほどおられましたし、同盟国であったドイツ生まれの軍艦や民間船が、日本の軍艦に転用されることもありました」
「──しかしそれでも、私の自分の容姿に対する『コンプレックス』は、並々ならぬものがあったのです」
「何せ、大日本帝国の軍艦を前世とする私たちは、ほとんど全員が黒髪黒目なのであって、私のような容姿をしていると、どうしても『悪目立ち』をしてしまうのですもの」
「……特に私に関しては、同型艦であるはずの『比叡』や『霧島』等の『妹』たちのほうは、同じ技術や工程によって建造されながらも、一応は『純日本産』なので、普通に和風の黒髪黒目であり、疎外感が半端無かったのです」
「もちろん、妹たちを始めとして他の仲間たちは、別に何の偏見も無く私に接してくれたけれど、私自身は常に心中穏やかではありませんでした」
「──なぜなら、間違いなく私は、『異端』の存在なのだから」
「──この容姿はどうしても、私自身を始めとして、妹たちや仲間たちを沈めた、『敵』の人間たちを彷彿とさせてしまうのだから」
「……あなたには、わかるかしら?」
「毎日鏡を覗くたびに、そこに現れるのが、私が愛した『戦艦金剛の乗組員』たちを、私ごと海の底に沈めた、『敵兵たち』と同じ髪と瞳と肌の色をした顔であることの、嫌悪と虚しさと絶望とが」
「軍艦である時には、全然気にならなかったと言うのに」
「何せあの頃は、どこで建造されたかなどには関係無く、とにかくイギリス軍でもアメリカ軍でも、敵艦を沈めれば、れっきとした『日本軍側の軍艦』でいられたのだから」
「しかし、軍艦擬人化少女として甦った今となっては、すでにほとんどの仲間が敵艦に撃沈させられて、欧米人に大切な乗組員たちを殺されてしまっているのであり、私はこれから先永遠に、日本の軍艦としての魂と、欧米人としての外見との、アイデンティティの齟齬に、苦しめ続けられるのみなのだ」
「……どうして私に、こんな姿を──人間の身体を、与えたのか」
「軍艦を甦らせて、対人インターフェイスを付属させて、より高度な兵器にしたかったのなら、もっと無機質な『機械人形』そのものでも、良かったではないか」
「少なくとも、ただでさえ自分の容姿に悩みがちな、『思春期の少女』なんかにする必要は、無かっただろうに」
「──そのように、悩み続けた挙げ句の果てに、思い余って、自分の両の瞳を、えぐり出そうとした時もありました」
「……いえ、正直に、申しましょう」
「実は本当に、えぐり取ったことが、あったのです」
「だって、この青の瞳こそ、あの憎き欧米人の『象徴』であり、それに何よりも、視力さえ失ってしまえば、もう二度とこの『醜悪な姿』を、見ずに済むのですから」
「……今思えば、まったく馬鹿げた考えでした」
「それでも、その時の私は、それほどまでに追い込まれていて………否、むしろ自分で自分自身を、『追い込んでいた』のです」
「せっかく与えられた自分の新しい身体を、否定し傷つけることなぞ、絶対に許されはしないのに」
「その『罰』は、てきめんに受けました」
「まず何と言っても、自分の目玉を引き抜いてしまったのです。その途端、文字通りに『塗炭の苦しみ』を味わったのは、言うまでもないでしょう」
「しかも、『神様』は、更に無慈悲だったのです」
「私は自分が、『戦艦型』の軍艦擬人化少女であることを、すっかり忘れていたのでした」
「前にも申しましたが、私たち『戦艦型』は、他の軍艦擬人化少女が暴走した場合に──たとえそれが、反則技的な『海底の魔女』状態となっていようと、『力業』で抑え込むことができるように、特別あつらえの仕様となっております」
「よって当然ながら、戦闘を行うのに絶対に必要な、外部視覚情報入力器官である『眼球』が失われた場合は、直ちに『修復』されることになるのです」
「それを実現しているのはもちろん、他の軍艦擬人化少女よりも更に上位の、集合的無意識とのアクセス権による、己の『形態情報の常時維持システム』でございます」
「……つまり私は、己の身を傷つけることはもちろん、たとえ命を絶とうとしたところで、たちまちのうちに『修理』されてしまうだけなのです」
「……考えてみたら、戦時中だって、そうだったではありませんか?」
「滅多なことがなければ使用できない、弾薬や燃料の消費量が国庫を揺るがすほど莫大なる、『大和型』や『長門型』に代わって、事実上帝国海軍の『主力戦艦』であった金剛が、戦闘中に損害を被った場合には、総力を挙げて修理を施されるのは、至極当然のことに過ぎませんでした」
「……何かもう、すべてが馬鹿馬鹿しくなり、自分の境遇を嘆くこと自体、どうでもよくなりました」
「こうして人間になって驚いたのですが、何と『絶望すること』すらも、飽きてしまうものなのですね」
「それも実は、戦艦型ならではの、『特殊性』だったのかも知れませんが」
「普通軍艦擬人化少女というものは、心底絶望してしまえば、本来の沈没艦としての『絶望』や『憎悪』の具現である、『海底の魔女』へと変化するところなのですが、むしろそんな『海底の魔女』化した他の軍艦擬人化少女たちを『懲罰』する使命をおびている、私たち戦艦型は、通常形態である少女の姿のままで、『海底の魔女』並みの力──すなわち、上位の集合的無意識とのアクセス権を与えられており、ある意味『強力無比な修復能力』を備え付けられているかのごとく、少女としての形態を常時維持するようにリミッターがかけられていて、原則的に『海底の魔女』に変化するのは不可能なのでございます」
「つまり私は、この忌まわしき外見を捨て去るために、『海底の魔女』へと堕するという、最後の手段すらも封じられているわけなのですよ」
「──ね、もう悩むだけ、馬鹿馬鹿しいでしょう?」
「そのように、『絶望することに絶望する』といった、壮絶なる過程を経て、完全に『虚無』状態となってしまった私は、それからはただ粛々と、『懲罰艦』としてのお役目を果たしていきました」
「そんな中で特に、暴走して本能のままに『海底の魔女』となってしまった、仲間たちを『処分』していくうちに、ふと気がついたのです」
「──彼女全員が、後悔しながら、死んでいっていることに」
「最初はとても、信じられませんでした」
「私のように『少女』であることに絶望したのか、それとも『過ぎたる力』を求めたのか、せっかく望み通りに『海底の魔女』へと変化したというのに、何を後悔する必要があると言うのでしょうか?」
「そのように疑問を抱きながらも、その当時『感情』というものを失っていた私は、淡々と任務をこなして、『海底の魔女』と変化した同胞たちを狩り続けました」
「そしてついに、『真実』へと行き着いたのです」
「彼女たちは、『海底の魔女』になったことを後悔していたのでは無く、自分自身の『弱さ』に気づいたのだと」




