第280話、デストロイヤー転生、これぞ駆逐艦『娘』、最強伝説だ⁉(その66)
「──おとぎ話の『人魚姫』においては、不実な王子様の裏切りによって、人魚姫が『真実の愛』を得ることができずに、海の泡と成り果てたことになっております」
「でも、果たしてこれは、本当に正しい解釈なのでしょうか?」
「確かに、王子様に別の国の王女様との結婚が決まったのは、人魚姫にとっては青天の霹靂そのままの致命的な誤算であり、最初に出会った時、人間との関わり合いを禁じられている人魚でありながら、あえて掟を破ってまで命を助けてあげた彼女に対する、『裏切り』とも申せましょう」
「しかも、嵐の海で身の危険を顧みず自分を助けてくれたのが、絶世の美少女の人魚だったりすれば、いわゆる特大の『吊り橋効果』が作用して、王子様のほうも俄然雰囲気に流されて、何かしら『甘い言葉』を刹那的にささやきかけて、人魚姫をその気にさせていたかも知れませんしね」
「すっかりのぼせ上がった人魚姫は、海底の魔女の警告もガン無視して、『真実の愛を得ることができなければ、海の泡と果てる』という、文字通りの『背水の陣』を敷いて、もはやなりふり構わず、たとえ人魚という人外であろうが『女』である限りは何よりも大切なはずの、『生まれつきの身体』と『言葉』とをかなぐり捨ててまで、無理やり人間の肉体を得て、王子の許に馳せ参じたというのに、思わぬ『伏兵』の存在の発覚に、一挙に奈落の底に突き落とされてしまったのです」
「人魚姫からすれば、さぞや王子を不実に感じて、自分こそが被害者であると思い込んだことでしょう」
「──そうです、『思い込み』なのです。あのおとぎ話における『悲劇性』なんてものはすべて、人魚姫自身の『思い込み』によるものに過ぎなかったのです」
「そもそも、前提条件から、おかしいのですよ」
「どうして、人間の身体を手に入れた人魚姫が、いきなり人間の国に行って、一国の王子様に受け容れられると思ったのでしょう?」
「普通は、正体不明の人物が王城の中に入り込むこと自体、不可能かと思われますが、そこは『おとぎ話』であり、人魚姫が絶世の美少女だったこともあったのでしょうが、だからといって王子の『真実の愛』を容易くゲットできるなどと、考えること自体が間違いなのでは?」
「……まあ、何と言っても元々人魚の女の子だったのだから、王子様ともなれば、下々の者を軽々しく寄せつけないこととか、生まれながらに『婚約者』がいても別におかしくはないこと等の、『人間としての一般常識』が欠けているのも、致し方ないと言えましょう」
「しかしそれでも、人魚姫の行動は、あまりにも腑に落ちないことが多過ぎるのです」
「もしかしたら王子様は、自分を助けてくれた人魚姫を心の底から愛して、場合によっては婚約者のほうを捨てて、彼女と添い遂げる可能性もけしてあり得ないとは言えず、万に一つの可能性を信じて、再び人魚姫が自分の目の前に現れることを待ち続けていたかも知れません」
「それに対して、事もあろうに人魚姫のほうは、人魚の身体を捨てて、人間の姿となって、王子の前に現れたのです」
「もしかして、このことこそが、王子から拒まれた、最大の理由だったのではないでしょうか?」
「まず考えられるのは、目の前に現れた少女が、自分を助けてくれた人魚姫だと気づかなかった場合です。何せ、九死に一生を得たばかりの大混乱した精神状態にあったので、相手の顔はほとんど覚えていなくても、魚そのものの巨大な尾びれ等の、人魚ならではの特徴こそ、記憶に鮮明に残っているでしょう。それなのに、自分が人魚であることを訴える『言葉を無くしている』人魚姫が、事もあろうに普通の人間の姿となって目の前に現れたところで、自分を助けてくれた人外の少女と同一人物だと認めることなぞ、ほとんど不可能でしょう」
「……というか、たとえ顔をはっきり覚えていたところで、後日自分のところに押しかけてきた『人間の娘』が、自分を助けてくれた『人魚の娘』である確証は何も無く、むしろ人魚姫のほうから積極的に自己申告すべきところですが、生憎と『言葉を失っている』ので、それも適わないんですよねえ〜」
「──しかし、より問題なのは、王子様が人魚姫のことを、しっかりと認識していた場合のほうなのです」
「……え? この場合、一番のネックだった『真実を伝えるための言葉が使えない』が解決して、ハッピーエンドになるのではないかって? とんでもない!」
「王子様はむしろ、自分の許にやって来た人間の少女が、かつての人魚姫であるのを知ることによってこそ、『人魚姫に裏切られた』とすら思って、深く傷つき、人魚姫に対して完全に失望するでしょう」
「そもそもせっかく人魚だったのに、人間なんかになってしまうことによるデメリットなんて、いくつも考えられます。──まず一つは、王子様が、自分の命を救ってくれた女の子に、一目惚れしてしまった場合であり、当然のごとく、相手が人間だろうと人魚だろうと、別に構わなくなるというパターン。もう一つは、生まれつき王族であったために、自分に近づいてくる女性たちは皆、自分自身では無く『王族という肩書き』を狙っていると思われて、完全に人間不信になっていたところ、自分が王族であるとかには関係無く命を救ってくれたのが、人間では無く人魚の女の子だったので、むしろ積極的に惚れてしまうといったパターン。そして極めつけとしては、元々王子が『魚の鱗フェチ』であり、人魚の女の子こそが理想の相手であったといったパターンであります♡」
「……まあ、ここまで来れば、ほとんど極論や冗談の範疇なのですが、どのみち『おとぎ話』において人魚姫が、『絶対にやってはならない』行為をしでかして、王子の信頼を裏切ったことは、けして否定できないのですけどね」
「──だって、自分の生まれながらの肉体を捨てて、人間の肉体を手に入れたと言うことは、王子が『相手のことをありのまま受け容れることなぞできっこない』と、侮ったわけですし、しかもその上、『偽りの肉体を使って相手を篭絡しようとした』人魚姫自身も、文字通りの『背信行為』を行ったと言っても過言では無いでしょう」
「つまり、人魚姫は、口先では王子様のことを『愛している愛している』と言いながらも、相手のことをまったく信頼していなかったのですよ。もし本当に信頼していたのなら、人魚の姿のままで、王子様の許に押しかけたはずですから」
「──そして、清霜さん、これについては、あなたご自身も、まったく同様なのです」
「あなたが、提督さんのことを、真に心から信頼しておられたのなら、現在の絶対的に不利な戦況を踏まえて、一時的に彼を私たちのもとに預けることになろうとも、自分だけこの場を逃れて、改めて機を窺って準備万端整えた上での最高のコンディションで、私たちから提督さんを奪還すれば良かったのです」
「それなのにあなたは、そうしなかった」
「なぜなら、提督さんのことが、真の意味において、信頼できなかったから」
「──このまま提督さんを置き去りにすると、他の軍艦擬人化少女に、鞍替えしてしまうのではないかと」
「ただしそれは、提督さん自身に不信感を持ったのでは無く、あくまでも自分自身が信頼できなかった──すなわち、『自分に自信が持てなかった』からなのです」
「まさしく人魚姫が、自分が人魚であることに自信を持てず、『自己否定』そのままに、人間の肉体を得ようとしたように」
「──そう、実はあなたは、駆逐艦であるがゆえに、己の『力』を過小評価するとともに、己の『女としての幼さ』ゆえに、提督さんの心を繋ぎ止めることに、まったく自信が持てなかったのです」
「だからあなたは、絶対的に不利であることを承知の上で、あえて私たちと闘う道を選んだ」
「人魚姫同様に、『海底の魔女』という、偽りの肉体にすがりつくことによって」




