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第28話、転生後男になるも女になるも同じ確率なんだから、TS転生なんて珍しくもないじゃん?

「──それで、話って何よ、テス?」


 すでにすっかり気心の知れた、幼なじみであり従姉妹同士であり、加えて現在においては主従の関係にあるとはいえ、突然私室を訪ねてきた私に対して、嫌な顔一つせず、相も変わらず満面の笑みで迎え入れてくれる、公約令嬢殿。




 可憐な浅黄色ドレスに包み込まれた、いまだ十四、五歳ほどの華奢な肢体に、お日様の陽の光のようなブロンドの髪に縁取られた、端整な小顔の中で青空のごとく輝いている、青玉サファイヤの瞳。




 いつも全然女らしくない騎士服の上に軽鎧姿の私とは、大違いの可愛らしさだが、今日に限ってはとてもまともに直視することができず、顔を反らしながら部屋へと入り、彼女が座っているソファセットの対面に直立不動の姿勢を取る。


「……何でソファに座らないのよ?」


「私はあくまでも、()()()の護衛でありますから──」




「ちょっと、二人っきりの時は、そういうのはよしてって、言っているでしょう⁉」



 いらだちもあらわにこちらの言葉を遮るお嬢様──否、『ミレイユ』の怒声に、つい言葉を詰まらせる私を尻目に、よく訓練された執事やメイドたちが、まるで私たちに気を利かせるかのように、音も無く部屋を退室していく。


「これで本当に、二人っきりになれたわね。──座れば?」


「……あ、ああ、わかった」


 これ以上、()()()()()『お姫様』のご機嫌を損ねないように、もはや何ら遠慮することなく、彼女の横に()()()()()()()()()()()腰を下ろした。


「──それで、何の用? 正式に騎士に叙任された貴女が、あるじである私の私室までわざわざ足を運んだということは、よほどの理由があるのでしょう?」


「う、うん」

 いまだ目を合わせることができず、自分の足元を見つめながら、ぼそりと答える。


「もう、じれったいわねえ、こっちを向いて、はっきりと言いなさいよ⁉」


 力任せに肩を揺すられて、ようやく覚悟を決めて、姿勢を正し彼女のほうへと向き直り、重い口を開いた。


「……実は、貴女に、謝らなければならないことが、あるの」


 ──そうだ、私はずっと、この幼なじみにして従妹である『御主人様』に対して、告白しなければならないことがあるのだ。


「ずっとずっと、言いそびれていたんだけど……」


 ──それはけして、赦されざる、『裏切り行為』に他ならなかった。


「いつまでも黙っていることは、もうできそうにないから──私のなけなしの罪悪感が、持ちそうにないから、今日こそ何もかも、貴女に明かそうと思うの」


 ──私が貴女に対してずっと心に秘めてきた、卑怯な嘘と、穢れた欲望とを。




「……実は私、『男』だったんだ!」




 その瞬間、沈黙の魔法でもかけられたかのように、すべてが静止する、公爵令嬢の私室。


 そしてしばらくして、いかにも『恐る恐る』といった感じで、彼女のほうから問いただしてきた。


「……ええと、確認したいんだけど、私たち、子供の頃から、ずっと一緒に育ってきたわよね?」


「ああ、うん」


「一緒にお風呂に入ったり、一緒に川や泉で水浴びしたり、一緒に寝たりしたことが、たくさんあったよね?」


「うん」


「その時(まじまじと)見たから、確信を持って言えるんだけど、貴女って、身体は間違いなく、女の子だよね?」


「うん」


「……もしかして、世間でよく言う、『性同一性障害』とかいうやつなわけ?」


「あ、いや、そういうわけじゃ、ないんだ」


「だったら──」


 そこでいったん言葉を止めて、繰り出される、


 ──あまりに予想外で驚きの台詞。




「もしかして、貴女が他の世界からの『転生者』だということと、何か関係があるわけ?」




「──っ。ミレイユ、知っていたのか⁉」


「ええ、まあ。貴女って幼い頃から、何か隠していたようだし、大人顔負けの知識とか発想とかを、時折垣間見せていたしね」


 ……さすがは、昵懇の幼なじみにして従妹、やはりばれていたのか。


「それで、貴女が本当は男であり、転生者でもあるということは、生まれ変わる前の世界──つまりは、『現代日本』における性別が、男だったってこと? ……そうか、これが噂に聞く『TS転生』かあ」


「──いや、何が、『TS転生かあ』よ⁉ 何でそんなに落ち着いているの? 貴女、自分の幼なじみが、実は転生者で、しかも男だったんだよ? もっと驚こうよ!」




「……え、だって、別に、『TS転生』なんて、珍しく何ともなく、むしろ、当たり前のことでしょう?」




 はあああああああああああああああああああああああ⁉




「──ちょっ、何よ、あんた、既存のTS作品を全否定するようなことを、しれっと言っちゃって、いろいろな意味でヤバ過ぎるでしょうが⁉」


「……そう言われても、それこそこれまで腐るほど、異世界転生系のWeb小説が量産されてきたんだから、今更現代日本から異世界転生が行われることなんて珍しくもないし、だとしたら、TS転生だって、()()()()当然起こるべきことが起こっただけじゃないの?」


「へ? 確率的にって……」




「……あのねえ、『異世界転生』とか言わずに、普通に『生まれ変わり』が起こる場合を考えれば、わかりやすいと思うんだけど、私たち人類において、もしも『生まれ変わり』なぞといったものが普通に行われているとしたら、『新しい性別』は『前の性別』なんかとは何の関係もなく、『男か女か』の二つしか無く、どちらになるかは半々──すなわち『同じ確率』なのだから、どっちになってもおかしくなく、よって男が女になったり女が男になったりする『TS転生』なんて、別に特別なことではなく、全転生者の約半数において行われる、ごく普通なことに過ぎないのよ?」




 ………………………………あ。

「そうか、そういえば、そうじゃないか! 『生まれ変わる性別』を確率的に考えれば、TS転生なんて、何も珍しいことじゃなかったんだ!」

 まさに目から鱗の『真実』の再認識に、文字通り膝を打つかのように納得しきりの私であったが、


 愛する幼なじみによる、『Web小説の非常識さの告発』は、まだまだこれからが本番だったのだ。




「……と言うよりもねえ、これまでWeb小説において当たり前のように繰り返されてきた、『男が男に転生する』作品のほうが、よっぽど異常だったわけよ。何で確率上は半分くらいは女にならなければいけないはずなのに、みんな判で押したように、男ばかりに転生するわけ? ちょっと確率論をかじっていれば自明なことなのにさあ、Web小説家って、高校の数学の時間、何していたの? 寝ていたの? それともすでにドロップアウトして、家の中にひきこもっていたの? どうでもいいけど、こんな常識的なことくらい、自分で気づきなさいよねえ」




 ──いやあああああああああああ、やめてえ!


 そんなにむやみやたらと、全方面に対して、ケンカを売らないでえええ!




「いや、そんなことは横に置いといてさあ、もっと私自身に対して怒りなさいよ! 私ってばずっと、本当は中身は男だったというのに、あたかも心身共に女の振りし続けて、貴女のことを騙していたのよ⁉ しかもそれでいて、事あるごとに『男』として、貴女に対して邪な感情を抱いていたのよ! そんなの、嫌でしょう? 気持ち悪いでしょう⁉」




 部屋中に響き渡る、私の心の底からの、絶叫。

 それはまさしく嘘偽りのない、『懺悔』の言葉であった。


 ──しかし目の前の『お姫様』は、相変わらずまったく動じることなく、あっさりと言ってのける。




「え、だから言ってるじゃん、『そんなこと、知っていた』って?」




 へ?

「し、知っていたって、私が『男』であることを? 貴女、それでもいいわけ⁉」


「……まったく、貴女は別に『男』なんかじゃないわ、れっきとした『女』じゃないの?」


「なっ⁉」

 今更何を言い出すのよ、私の話を聞いていたの⁉




「……あのねえ、人間の『自己認識アイデンティティ』というものは、『人格』とか『精神』とかはもちろん、貴女が言うような『前世の記憶』なんて言う、確固とした形のないあやふやな代物なんかではなく、肉体にこそ基づいているの。これは現代日本の最新の物理学を代表する量子論どころか、すでに過去のものとされる古典物理学の時代から唱えられてきた理論なのであり、『人格』とか『精神』とか『意識』とか『記憶』なんてものは、肉体を動かす『OS』のようなものに過ぎないの。だから、貴女は肉体が女性であるのならば、女性以外の何者でもないわけ。──そしてこれは、『異世界転生』の在り方についても同様で、貴女が肉体上、この世界の人間であるのなら、現代日本からの異世界転生者なんかではなく、れっきとしたこの世界の人間でしかないの。だって先ほど同様に量子論や集合的無意識論に則れば、二つの世界の間を、人間等が物理的にはもちろんたとえ精神的にも、行き来したりできるはずがなく、ただ単に、ありとあらゆる世界のありとあらゆる時代のありとあらゆる存在の『記憶と知識』が集まってきているとされる、『集合的無意識』と何らかの形でアクセスすることによって、特定の現代日本人の『記憶と知識』を脳みそに刷り込まれて、それをあたかも『前世の記憶』であるかのように思い込むことで、自分のことを『現代日本からの異世界転生者』であるかのごとく、()()()()()()()()()の話なのよ」




 ひええええええええええええええええええええええっ⁉


 今度はよりによって、異世界転生そのものを、全否定しやがった!




 ……でも、言われてみれば、反論のしようもないよな。




 二つの世界の間を、肉体丸ごととか、それが無理ならせめて精神とか魂とかだけになって、行き来することなんて、どう考えても無理だよね。


 だったら、それこそ現代日本において科学的に立証されている、集合的無意識とやらを通じて、あたかも夢や妄想のような『前世の記憶』とも呼び得るものを、脳みそに刷り込まれてしまっただけと言うほうが、よほど納得できるよな。


「ま、まあ、一応ミレイユの言う通りに、私がれっきとしたこの世界の女の子──つまりは、貴女の幼なじみにして従姉であることに相違ないとしたら、これまで通りに、女の子同士の、ごく普通な関係を続けていっても構わないってことだね?」


 ──そうだ、結局すべては、私の妄想や思い込みに過ぎなかったのだ。

 ミレイユのことを、性的な目で見ていたのも、自分を男と思い込んでいたゆえの、自己暗示のようなものでしかなかったんだ。

 それさえ自覚していれば、今からだって、健全な関係に戻れるはずだ!


 私は自分の想いに踏ん切りがついたこともあって、喜色満面で彼女の返答を待ち構えていたのだが、




「嫌よ」




 ………………………………は?

「ちょ、ちょっと、嫌って、どういうことなの、ミレイユ⁉」




「どういうことは、こっちの台詞よ!」




「──ひいっ⁉」

 まさしく怒り心頭といった感じの般若のごとき面相で、裂帛の怒声を繰り出してきた幼なじみに、つい可愛らしい悲鳴を上げてしまう護衛騎士。

「『女の子同士のごく普通な関係』って、何それ? 貴女の私に対する想いって、その程度だったの⁉」

「……え、だって、ミレイユ、女の私に好かれていたんじゃ、気持ち悪いんじゃないの?」




「気持ち悪いものですか、私だって、貴女のことが好きなのよ? ──もちろん、性的に!」




 ………………………………………………………………ふえ?

「ちょっ、ミレイユ、『性的』って、公爵令嬢が、はしたない!」




「人を好きになるのに、公爵令嬢も異世界転生もあるか! ──ほんとあんたってばちっちゃな頃から、自分のことを『男の子』だと思い込んで、好きになった『女の子』である私のことを、場合によっては自分のことを犠牲にしてまで、大切にしてきたでしょう? そんなことをされて、惚れない女がいるか⁉ 本当に転生者なのかただの妄想なのかは知らないけど、完全に自分のことを男だと思い込んでいて、やることなすこと『男前』だし、それでいた私のことはあくまでも『女の子』として大切にするしで、もう私、物心がついてすぐ、貴女にメロメロよ! 今更『女の子同士の健全な関係』なんかに、戻れるものですか! あんたちゃんと、責任を取りなさいよ!」




「……責任を取れって、一体どうやって?」

「何のために人払いしたと思っているのよ⁉ 今ここで、私のことを、押し倒しなさい! ──それこそ、飢えたケダモノそのままにね!」

「うえっ、飢えたケダモノって、そんなこと、できないよ⁉」

「──だったら、私のほうから、押し倒してやる!」

「うわっ、ちょ、ちょっと、ミレイユ⁉」

「……ぐふふふふ、女がどれだけ性に貪欲か、その身体で存分に味合うがいいわ!」

「言い方! それじゃまるで『エロオヤジ』じゃん! まさかミレイユも『男の転生者』だったんじゃないでしょうね⁉」

「恨むんだったら、自分からのこのこと一人で、私の私室なんかに来た、自分自身の浅はかさを恨むのね」




「いやあああ、やめてえええ、犯されるう! 私女騎士なのに、お嬢様に『くっころ』されるううう⁉」




 ──そして相思相愛の、『お姫様』と『騎士』の二人は、この日ついに結ばれたのでした、めでたしめでたし♡

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