第271話、デストロイヤー転生、これぞ駆逐艦『娘』、最強伝説だ⁉(その59)
「──あら、そんなに心配なさらなくても大丈夫ですよ? 私は清霜さんとは違って、けして『海底の魔女』なんかには、変化いたしませんので」
………………………は?
突然、己の心の内を見透かされたかのような言葉を突きつけられて、思わず振り向けば、緩やかなウエーブのかかったブロンドヘアに縁取られた彫りの深い小顔の中で、真夏の大空のような青の瞳が、人懐っこく煌めいていた。
──大日本帝国海軍の誇る、高速戦艦の擬人化少女、金剛嬢。
自分の『提督』と見なしている僕と主従の契約を結ぶために、現在の僕である、同じく駆逐艦の擬人化少女であるキヨを、実力で排除しようとしている、強大なる力を秘めた『戦艦娘』。
そのような、自分にとって『敵』か『味方』か、判然としない相手に対して、どう接すればいいのかわからず、手をこまねくばかりの僕に対して、更にたたみかけてくるようなことを言ってくる、目の前の少女。
「……うふふ、何せあのような禍々しき姿をさらけ出して、あなたに嫌われてしまっては、元も子もなくなってしまいますからね♡」
──ちょっ、ちょっとおおおおおお!
何をわざとらしく、僕にしなだれかかってきたりしているの⁉
すぐ近くで、おっかない僕ちゃんが、『無敵モード』になられていると言うのに!
──などと馬鹿なことを、胸中であれこれと抜かしていると、
「うわっ⁉」
「きゃん♡」
容赦なく撃ち込まれる、大口径の機関砲。
金剛譲が咄嗟に周囲の大気を変化させて、防御障壁を展開してくれたお陰で、事無きを得たが、とても正気の沙汰ではなかった。
「──おい、キヨ、何てことするんだ⁉ 殺す気か!」
『提督こそ、何ですか! 人が必死に戦っているのに、敵の親玉にデレデレしたりして!』
「うえっ⁉ ──い、いや、こ、これは、少々事情がございまして。別に、デレデレしていたわけでは!」
「おほほほほ、すっかりお尻に敷かれているご様子ですわね。この大陸きっての召喚術士兼錬金術ともあろうお方も、僕さんのことが怖いご様子。──まあ、現在の彼女の有り様からすれば、それも無理はございませんわね」
『──黙れ、泥棒猫めが! この姿はすでに、提督に受け容れていただいているのだ! 部外者にとやかく言われるいわれは無い!』
「……提督に受け入れられているですって? ほんと、見下げ果てたこと。あなたは本当に、そんな姿となって『積年の夢』を叶えて、満足なのですか?」
『私の、積年の、夢?』
「周りを見てごらんなさい、私以外の戦艦娘たちが、あなたの砲撃をまともに受けて意識を失って、全員倒れ伏しているではないですか? ──おめでとう、あなたはついに、積年の願いだった、『戦艦同等の力を手に入れる』と言う夢を、叶えることができたのですよ。……なりふり構わず、本来の怨念と憎悪の具現である、『海底の魔女』の姿となってね」
『「──‼」』
金剛の思わぬ『弾劾の言葉』に、揃って息を呑む、僕たち主従。
「これが、こんなことが、あなたの願いだったのですか? 己が目標と定めた、偉大なる大戦艦たる武蔵さんに対して、事あるごとに言っていた、『いつか必ず、誰にも誇れる戦艦になってみせる!』と言う、あなたの決意とは、その程度のものだったのですか?」
『ち、違う! これは、このピンチを凌ぐために、仕方なく!』
「何も違いはありませんよ、あなたは『力』を求めるあまりに、誇りある『光』では無く、忌まわしき『闇』を選んだのです。今度こそ人様のお役に立とうと、新たに生まれ変わった軍艦擬人化少女では無く、本来の轟沈した艦船の憎悪と怨念の具現である、『海底の魔女』へと立ち戻ることを選んでしまったのです。あなたのそんな姿を見て、お師匠様である武蔵さんは、本当に喜んでくれますと思っているのですか?」
『……あ……ああ……あああ……ああああっ⁉』
「結局あなたは、身の丈以上の力を求めたために、絶対に手にしてはいけない、間違った力にすがりついてしまったのですよ。そのような『力に溺れる者』なぞ、何よりも『正しき力の具現』である、真の戦艦になることなぞ到底叶うはずがありません。……せめてもの情けです、ここで戦艦である私の手によって、葬り去って差し上げましょう。──集合的無意識とアクセス! 大日本帝国海軍所属高速戦艦金剛の、兵装データをダウンロード!」
そのように、彼女が『万物変化』の呪文を唱えるや否や、周囲に海の鬼火である『不知火』が灯り、みるみる間にかつての日本海軍の誇る戦艦金剛の主砲や機銃へと変化していった。
「──主砲、356ミリ45口径連装砲、発射!」
『ギャウッ!』
──なっ⁉
「続けて、第二射、第三射、連射!」
『──グワッ!』
『──ヒギッ!』
狙い過たず、全弾キヨの巨体へと命中し、数本の触手がちぎり飛ばされた。
──そ、そんな、馬鹿な⁉
どうして軍艦擬人化少女よりも強力な、『万物変化』スキルを有しているはずの『海底の魔女』に、金剛の攻撃が効いているんだ?
これは、本来軍艦擬人化少女であるはずのキヨ自身も、予想外の出来事だったようで、痛みのせいと言うよりもむしろ、驚きのあまりといった感じで、運河の中でただ呆然と棒立ちとなっていた。
「おやおや〜、いいんですかあ? このままやられっぱなしだと、『万物変化』による再生が追いつかず、活動停止に追い込まれてしまいますよ?」
『──くっ、集合的無意識と緊急アクセス! 損傷部の修復とともに、全砲門一斉発射!』
金剛のわざとらしい『煽り文句』によって、ようやく我に返ったキヨは、今度は果敢に自分のほうから攻めていく。
激しい爆音と振動とともに、金剛一人だけがいた大通りの一角へと、一気に弾着する多数の砲弾。
──しかし、
「……へなちょこ駆逐艦は、砲弾までもが、へなちょこなのかしら?」
爆炎が晴れた後にたたずんでいたのは、『海底の魔女』からの本気の攻撃を受けてもなお、かすり傷一つ負っていない、戦艦娘の姿であった。
「……どういうことなんだ、一体? 同じ軍艦擬人化少女──しかも、『拘束解除』状態の『海底の魔女』の本気の攻撃を食らって、どうして無傷の状態でいられるんだ?」
「それはもちろん、彼女こそが『真の強さ』を秘めた、戦艦型の軍艦擬人化少女だからですよ」
──っ。
突然かけられた、いかにも意味深な言葉に、思わず振り返ってみれば、
「……ラトウィッジ、司教?」
そうそれは、僕ら主従に戦艦娘たちを引き合わせた張本人である、聖レーン転生教団異端審問第二部所属の、ルイス=ラトウィッジ司教殿であったのだ。




