第27話、これぞ異世界最強⁉ 『嘘を見抜く力』
「──おい、あっちに逃げたぞ!」
「早く、捕まえるんだ!」
「このまま、人里に潜り込まれたら、面倒だぞ!」
獣道すらほとんど無い、山の中腹の雑木林のすぐ真後ろから聞こえてくる、男たちの怒声。
ここまで近づかれてしまうと、下手に動けばすぐに見つかってしまいかねないので、息を殺して草むらに身を潜める。
「──くそう、どこへ行った?」
「馬鹿な、さっきまで姿を捉えていたのに、ここへ来て、見失ってしまうなんて⁉」
「冗談じゃねえぞ! 『絶対に捕まえろ』との、皇帝陛下直々の勅命なんだぞ? 手ぶらで帰ったりしたら、俺たちのほうが縛り首だ!」
「草の根を分けてでも、探し出すんだ!」
……まずい、このままでは見つかるのは、時間の問題だ。
今逃げ出せば、すぐに見つかって、寄ってたかって組み伏せられてしまうだろう。
だったらいっそのこと、破れかぶれで、こっちから攻撃して相手をひるませて、その隙に逃げ出すか?
そのように俺が、一か八かの賭けに打って出ようと、決意した──その矢先であった。
「──おい、まずいぞ、魔族だ!」
突然耳に飛び込んできたのは、これまでにないほど緊張した声であった。
「ちっ、魔族だと?」
「何人ほどいる?」
「七、八人だ!」
「せめて数の上でも優位に立てないんじゃ、話にならないぞ⁉」
「やはり、俺たちと同じ目的かな?」
「多分な」
「いっそ事情を話して、協力し合うことは、できないかな?」
「俺たちは争う気はないが、魔族のほうがどうかは、わかりかねないからなあ」
「何せ『目標』も、外見だけは人間だしな。こんな事態になってしまったことの鬱憤を、俺たちで晴らされては堪らんぞ⁉」
「──よし、一応ここは、撤退して、態勢を立て直すことにしよう!」
「「「了解!!!」」」
隊長格の男の命令一下、風のように去って行く追っ手たち。
ようやくホッと一息つけたが、いつまでもここでグズグズはしていられない。
──何せ、魔族たちといえども、俺の味方というわけではないのだから。
と言うか、現在この世界において、俺の味方になり得る人物なぞ、ただの一人もいなかったのである。
☀ ◑ ☀ ◑ ☀ ◑
魔族の目標も、皇帝直参の人間どもの追っ手同様に、『俺』だとすると、無用な争いを好まず、人里には近寄らないと思われたので、とにかく麓へ麓へと、山を下り続ければ、ちょうど中腹の盆地に位置する、こじんまりとした小村へとたどり着いた。
……とはいえ、人の気配は、ほとんどしないけどな。
すでに捨てられた村なのか、それとも、昼間は村人総出で、別の鉱山にでも働きに出ているのか。
そんなことを思いながら、見晴らしのいい村の中央の広場にたどり着き、改めて周囲を見渡そうと、背後へと振り返るなり、思わず硬直してしまった。
何と、いったいつから付いてきていたのか、十歩ほど離れた距離に、一人の少女がたたずんでいたのだ。
年の頃は十五、六歳ほどか、痩せぎすの小柄な肢体を包み込んでいるのは、いかにも素朴な生成りのワンピース状の貫頭衣のみだが、ライトブラウンの長い髪の毛に縁取られた小顔は結構整っており、現代日本からの転生者である俺の目から見ても、十分に『可愛らしい』と言っても差し支えないレベルであった。
「……き、君、一人かい?」
第一声からして、何だかナンパの常套句みたいだが、こっちも必死なのだ。
彼女の答え次第では、せっかくたどり着いたこの村からも、全速力で逃げなくてはならなかった。
しかしいつまでたっても、少女の花の蕾の唇が、言葉を紡ぐことは無かった。
「もしかして、君、耳が聞こえないのかい?」
今度は答えが返ってくるどころか、何の反応も無かった。
彼女は先程から、何とも焦点の定まらない瞳で、俺のほうを見つめ続けるばかりであったのだ。
俺はその時、心の底から、安堵した。
耳が聞こえないということは、たとえ言葉が話せたとしても、俺との間に、まともな会話が成立しないということだ。
それはつまり、少なくとも、この子の『嘘』を聞くことはないわけである。
それは、俺がこの世界に転生してきて、初めてと言っていいほどの、安らぎの時間の始まりであったのだ。
──なぜなら、俺がこの世界に転生する際に会った、自らを『女神』と名乗る不思議な女性からもらったチートスキルこそが、『人の嘘を見破る力』であったのだから。
☀ ◑ ☀ ◑ ☀ ◑
『人の嘘を必ず見破ることのできる』、文字通りのチートスキル。
とはいえ、別にそれほど、珍しいものでも無いだろう。
異世界系のWeb小説はもとより、商業ライトノベルにおいても、よく見られる設定の一つだ。
むしろだからこそ、俺を他のどんなチートスキルよりも魅了して、こうして実際に異世界転生をするチャンスを与えられた際に、迷うこと無く、女神様に対して、『人の嘘を必ず見破ることのできるスキル』を要求したわけなのである。
よって、異世界転生した時点においては、まさに『前途洋々』そのものの気分であった。
何せ『人の嘘を必ず見破ることのできるスキル』があれば、この剣と魔法のファンタジーワールドにおいて、どのような『言葉による駆け引き』に際しても、相手を圧倒できるのだ。
ギャンブラーとしての真剣勝負の場に始まり、軍師や将軍としての、敵軍との騙し合いや直接の丁々発止の交渉といったふうに、活躍の場は無限にあるものと思われた。
この世界における大陸一の大帝国の片隅の村に転生した俺は、物心ついて前世である現代日本人としての記憶を完全に思い出してからは、ギャンブラーになろうと決意した。
その周辺で一番大きい街で、駆け出しのギャンブラーとして、各種の賭場に出入りし始めた頃から、俺は早速『人の嘘を必ず見破ることのできるスキル』を使うことにした。
もちろん、自分が転生者であることも、このようなギャンブラーとしては、文字通り反則技的スキルを持っていることも、他人に話すつもりは無かった。
しかし、周囲の特にベテランのギャンブラーの目をごまかすことはできず、次第に俺が読心術めいたスキルを持っていることが察知されていき、いつしか周りから人が離れていき、賭場への出入りも完全に禁止されてしまった。
──別にそれでも、構いやしなかった。
俺自身、いつまでも場末のギャンブラーでいるつもりは無かった。
これは言わば、『名前を売る』ための手段でしか無かった。
こうして、あたかも『人の嘘を必ず見破ることのできる』ようなスキルを持っている男がいることが知れ渡れば、きっとそのうちにしかるべきところから、交渉人や軍師等としての招聘があるものと、期待していたのだ。
そしてそれは何と、早くも現実となったのだ。
しかも、望み得る、最高の形で。
ある日、職を失い貧民街の安アパートで朝からふて寝していた俺のところに、お城から迎えがきたのだ。
それも、何でも皇帝自身が、俺に直接話があると言う。
喜び勇んで三頭立ての豪華な馬車に乗り込んだところ、
──馬車の護衛を装った暗殺者の騎士の言葉の中に嘘を見いだすことによって、自分の命の危機を知り、一目散に逃げ出したのであった。
それがまさしく、俺にとっての地獄の日々の、始まりであったのだ。
その日に関しては、俺自身すでに慣れ親しんでいた、スラム街の袋小路に逃げ込むことによって、どうにか事無きをした。
しかし次の日にはすでに、俺の手配書が街中にばらまかれて、生死を問わずに超高額の賞金がかけられたので、誰もが血眼になって、俺を殺そうとし始めたのだ。
どうにか命かながら、街そのものから逃げ出すことができたものの、その頃にはもはや大陸中に手配書が出回っていて、俺の安息の地は、人間世界の中から消滅してしまっていた。
──となると、もはや残されているのは、長年人間と敵対関係にある、魔族の国だけであった。
筆舌に尽くしがたい困難の末に、ついに魔族国へとたどり着いてみれば、案の定、俺を知る者なぞただの一人もおらず、ここで腰を据えて生きていくために再び始めたギャンブルにおいても、『人の嘘を必ず見破ることのできるスキル』を使っていることを疑う者なぞ、ただの一人すらもいなかった。
……だがそれも、結局は『時間の問題』でしか無かった。
何といっても、人間よりもはるかに魔術に長けている、魔族たちなのである。
すぐに俺が『人の嘘を必ず見破ることのできるスキル』を使っていることを見破られ、やはり人間の帝国の時と同様に、何ら容赦なしに、俺に殺そうとし始めたのだ。
──何で、こんなことになるんだ?
俺はただ、Web小説やラノベの、『絶対嘘を見抜くことのできる』主人公たちのようになりたかっただけなのに。
悪漢たちの卑劣な嘘をすべて暴き、正義を貫く勇者として、みんなからちやほやされて、美少女だらけのハーレムを築いて。
どんな嘘でも見抜ける俺に対しては、誰もが恐れ入り、文字通り嘘偽り無き真心で接して、王侯貴族であろうが、絶世の美女であろうが、忠誠を誓って。
いずれは、口先だけの交渉術によって、異世界全土の覇者となり、栄耀栄華を極めようと思っていたのに!
それがどうして、こんなことになるんだ⁉
「──みんな、そいつがお尋ね者の、『どんな嘘でも見抜くことができる』化物よ!」
耳がまったく聞こえず、言葉を話せないはずの少女が、仕事から帰ってきた大人たちに向かって、俺を糾弾する。
何と、どんな嘘でも絶対に見抜くことのできるはずの俺が、まんまと騙されていたのか⁉
……そういえば、俺がこの山の中に逃げ込んでから、すでに二週間以上が、経っていたっけ。
つまり、俺の存在は、こんなちっぽけな村にも知れ渡っていたわけで、もしも大人たちの留守に、俺と思われる人物が現れた場合には、留守を預かる女子供たちに対して、『耳が聞こえず、言葉も話せず、会話能力がまったく無い』ように装えと、言い含めていたのだろう。
俺が何を言おうが聞こえないふりしてすっとぼけ続ければ、少なくとも『嘘をついたことにはならない』ので、俺を警戒させずに、この村にとどめ置くことができるというわけだ。
──狙いはさしずめ、生死を問わず俺にかけられた、今や天文学的な金額にまで膨らんだ、報奨金といったところか。
「なぜだ、なぜなんだ、なぜ俺を殺そうとする⁉ 俺は基本的に無害な、『嘘を見抜ける力』を持っているだけじゃないか? ──いやむしろ、この力は使いようによっては、いくらでも人の役に立たせることができるだろうが⁉」
俺はもはや矢も楯もたまらず、おそらくこの村の村長と思われる、リーダー格の壮年の男にまくし立てた。
しかしそれは、男の怒りを駆り立てるだけであったのだ。
「──ふざけるな! 何が無害だ? 人の役に立てるだ? この疫病神が! ──いいか、『嘘』とは、我々人間にとっての唯一の武器なのであり、獣にとっての牙や爪のようなものなんだ。それを無効化できるということは、俺たちそのものを無力化するということなんだぞ⁉ そんな自分たちの『存在基盤』を揺るがしかねないやつを、野放しにしておけるか!」
「──っ」
……何だと、『嘘』こそが、人間にとっての、『武器』だって?
「それで無くても、自分のすぐ側にいる、家族が、恋人が、友が、学友が、同僚が、自分の嘘を常時見破れると知っていて、心安らかに暮らすことなんてできると思っているのか? おまえたち転生者がこの世界に伝えた、Web小説とかラノベとやらの中には、たまに『生まれてから一度も嘘をついたことの無い、純真無垢そのままの美少女』なんて、化物みたいな女が登場することがあるが、そんなわけあるか! 人間というものはなあ、日常的に嘘をつかなければ生きていくことのできない、哀しい生き物なんだよ! 空気を吐くとともに嘘を吐き続けている、醜い生き物なんだよ! それなのに、おまえら現代日本人ときたら、一般社会から逃げ出して、自分の部屋にひきこもって、ゲームばかりしているものだから、完全にゲーム脳に成り果てて、常識というものを忘れ去ってしまって、何も考えずに馬鹿面下げて、女神様に『人の嘘を絶対見抜けるスキル』などという、『悪魔の力』を求めたりするんだよ⁉」




