第260話、デストロイヤー転生、これぞ駆逐艦『娘』、最強伝説だ⁉(その48)
──私が『現世』で最後に見たのは、赤々と燃える海であった。
……もしかして、私が、爆発している?
そんな! 被弾状況としては、魚雷がたった二発きりだったし、そのくらいのダメージで戦艦である私が、致命傷を負うはずがありませんわ!
事実今しがたも、磯風と浜風に護衛されながら、高速戦艦ならではの11ノットの快速で、台湾に向かっているところだったのに!
──艦長を始めとする乗組員たちも、他の艦への退避はせずに、そのまま大勢乗ったままだというのに!
「駄目だ、これ以上の浸水には、耐えられない!」
「船体が、傾き始めたぞ!」
「──総員退避! 今すぐ、海に飛び込むんだ!」
「軍艦旗の回収を、忘れるな!」
折しも聞こえてくる、耳馴染みな人々の、大混乱の叫び声。
──まさに、その刹那であった。
「うわっ!」
「な、何だ、今の爆音と振動は⁉」
「いかん、弾薬庫の誘爆だ!」
「中央部のやつらは、みんな吹き飛んだぞ!」
「生き残ったやつは、すぐに船から離れろ! 巻き添えを食うぞ!」
……ああ、みんな、死んでいく。
栄光なる、海の英雄たちが。
大日本帝国海軍が誇る、主力戦艦である、私こと『金剛』の、愛すべき乗組員たちが。
──これが、こんな惨めな幕切れが、かつては世界一と謳われた、帝国海軍ご自慢の、高速戦艦の最期だと言うのか。
こうして、徐々に意識を手放しながら、昏い昏い海の底へと沈みゆく、その時の私は、ただただ『悔恨の念』に、苛まれるばかりであった。
☀ ◑ ☀ ◑ ☀ ◑
それから、永遠とも思える長き年月、私は独り海の底で、眠り続けていた。
もちろんこの『眠り』は、文字通りに永遠に続くものと、思っていたものの、
──ある日突然、『目覚め』を迎えることになったのである。
「おや、気がついたかい?」
──ッ⁉
何、これ?
……眩しい?
なぜ、こんな深い海の底に、これほどの光が?
まさか、私の船体のどこかが、また爆発でもしたのだろうか?
…………いや、ちょっと待って?
どうして、視力も聴力も無いはずの、軍艦である私が、『瞳』に光を感じて、更には『耳元』にささやき声を知覚したわけなの⁉
「ああ、無理に起き上がっちゃ駄目だよ、まだ新しい肉体に精神のほうが、ちゃんと定着していないのだから」
起き上がる?
確かに今私、思わず、上半身を起こしてしまっていた。
……艦船の上半身て、何よ? 船体の前半部?
そんなこんなで、何が何だかわけもわからず大混乱に陥っていると、次第にだんだんと視界が晴れてきた。
すぐ目の前には、年の頃二十歳前後の、ほっそりとした長身を漆黒の詰め襟服に包み込んだ男性が、短いブロンドヘアに縁取られた彫りの深い顔の中で、晴天を彷彿とさせる青い瞳を、優しげに笑み歪ませていた。
「──おのれ! 鬼畜米英が! 我が乗組員たちの敵!」
「ちょっ、ギブギブ、起き抜けでいきなり、人の首を絞めないでくださいよ⁉」
「黙れ、毛唐が! 貴様らのような蛆虫どもは、これまでの無辜なるアジア民族に対する蛮行を悔い改めながら、地獄に堕ちるがいい!」
「──悔い改めているのに、地獄に堕ちろって、一体どういった宗教観なんですか⁉ しかも私は一応聖職者なんですよ! それに私はあなたの世界で言うところの、鬼畜でも米英でも毛唐でもありませんよ!」
「嘘つけ! その金髪碧眼が、いい証拠だ! それとも、同盟国のドイツ人やイタリア人や、中立国のロシア人とでも、言うつもりか⁉」
──む、
そういえば、イタリアの坊さんは、確かにこういった、漆黒の詰め襟服を着ていたような?
いかん、
同盟国の聖職者を傷つけたとなると、軍法会議モノだぞ?
「──いや、私は軍艦だから、軍法会議は関係無いし、しかもすでに、貴様らヘタリアの腰抜けどもは、連合軍に寝返っているではないか⁉ 騙されはせんぞ!」
「知りませんよ! あなたが勝手にヘタリアだかイタリアだかと、言っているだけでしょうが⁉ 私はイタリア人やドイツ人やアメリカ人やイギリス人どころか、あなたの世界の人間ですらありませんよ! それに金髪碧眼と言うのなら、あなただって同じでしょうが⁉」
「私の世界の人間では無いですって? 何をたわけたことを! ………いえ、ちょっとお待ちになって、私の何が同じだと言うのですか?」
何とも要領を得ない目の前の男に対して、ついに堪忍袋の緒が切れて、思わず怒鳴りつけると、こちらにそっと差し出される、少々大きめの手鏡。
「……こ、これは?」
几帳面にわずかな曇りも無く磨き上げられていた、ピッカピカの鏡面に映っていたのは、予想外の『人物』であった。
シンプルなれど品のいいネイビーブルーのワンピースドレスに包み込まれた、一見折れそうなほどに華奢なれど出るところは出ている白磁の肢体に、緩くウエーブのかかったブロンドヘアに縁取られた端整なる小顔の中で煌めいている、サファイアのごとき青の瞳。
それはあたかも、おとぎ話の中のお姫様そのものの、絶世の美少女であった。
「な、何で、鏡の中にまで、毛唐の女が⁉」
「──黙れ、明治生まれのおばあちゃんが! もうそのネタはいいから、現実を直視しろ!」
「貴様! 誰がおばあちゃんだ⁉ いくら事実でも、言って良いことと悪いことの、区別もつかないのか⁉」
──ちなみに、戦艦金剛の進水式は、明治45年の5月18日である。
「……それが何で、このような年の頃十六、七歳ほどの、毛唐の小娘に?」
「確か君、イギリスのヴィッカース社の生まれでしたよね? 連合軍側で初めて、軸流型ジェットエンジンを開発したことで有名な」
「例えが妙にマニアックだな? せめて軍艦で語れよ⁉ ──それはともかくとして、確かに私はイギリス生まれですが、心は紛う方なき大和撫子ですわ! このような容姿は、けして受け容れられません!」
「君は大和では無く、金剛でしょうが? ──ていうか、そもそも和風か洋風かと言うよりも、軍艦が人間になってしまったことを、まず最初に驚こうや⁉」
──っ。
そ、そうだ、これは一体、どういうことなの⁉
私は確かにあの時、台湾沖にて敵潜水艦の魚雷を食らって轟沈して、それ以来ずっと昏い水底で眠り続けていたはずなのに、こんなまったく見覚えの無いところで、人間の娘の姿になってしまうなんて。
──はっ、まさか⁉
「……おのれ、やはり貴様は、バテレンの外法師だったのか⁉」
「ほんと、心身共に、明治生まれだな⁉ 違うよ、君はこのたび、人間の少女として、生まれ変わったんだよ!」
──なっ⁉
「軍艦である私が、生まれ変わったですって? しかも、人間の少女に? ──いや、そもそもあなたは一体、何者なのです⁉」
そんな私の今更ながらの問いかけを聞くや、その謎の黒衣の青年は、いかにも「待ってました」といった表情で、高らかに名乗りを上げた。
「──よくぞ聞いてくださいました、私こそ誰あろう、あなたをこの世界へと、人間の女の子として、『異世界転生』させた、ありとあらゆる世界の転生を司る、聖レーン転生教団きっての召喚術士たる、ルイス=ラトウィッジでございます!」
※実は、金剛の転生の方法については、本来の設定とは少々異なっていたりしますが、最初から軍艦擬人化少女だったキヨとは違って、轟沈した軍艦がそのまま異世界に転生して、しかも肉体的に女の子になってしまうという、(新作の)アイディアを思いつきましたので、とりあえず本作の新エピソード内で使ってみようと思ったのです。




