第251話、デストロイヤー転生、これぞ駆逐艦『娘』、最強伝説だ⁉(その39)
「……ここが、世界宗教『聖レーン転生教団』の総本山、聖都ユニセクスかあ」
その時僕は、視界のすべてに広がる大パノラマに圧倒されながら、感慨深くそうつぶやいた。
「……まったくもう、そのような『おのぼりさん』丸出しで、恥ずかしくは無いのですか? 私は大層恥ずかしいので、いい加減にやめてください」
すると僕のすぐ左下方から聞こえてくる、相も変わらぬ辛辣なる声。
視線を向ければそこには当然のようにして、僕ことこの大陸きっての召喚術士兼錬金術師である、アミール=アルハルの忠実なる僕にして、もはや自他共に認めるこの世界最強の一角を占める、『軍艦擬人化少女』のキヨが、うろんな目つきで見上げていた。
かつて極東の島国に存在したという、旭光人を彷彿とさせる、烏の濡れ羽色の長い髪の毛に縁取られた、端整なる小顔の中で煌めいている、黒水晶の瞳。
もうすっかり見慣れてしまった氷のごとく冷ややかな視線であったが、その中にほんのちょっぴりとはいえ、真冬の昼間の太陽程度の温もりが潜んでいるのが、垣間見れた。
「なっ、何ですか? 何ニヤニヤと、笑っているんですか⁉」
「え、笑っていたっけ? ごめんごめん、自分でも気がつかなかったよ♫」
「──ッ、このお! 提督ったら、最近何だか、調子に乗りすぎですよ⁉」
「おいおい、そんなに騒いでると、みんなの注目を浴びてしまうじゃないか? 一体どっちが、『おのぼりさん』なのやらw」
「うぐっ………あ、提督のくせに、生意気なッ」
珍しく、こちらのほうが一方的に遣り込めると、見るからに悔しそうな表情に様変わりする、見かけ上は年の頃十歳程度の幼い少女。
……いや、何だよ、「提督のくせに」って。
おまえら軍艦擬人化少女にとっての提督って、一体どういった位置づけをされているんだ?
これまでてっきり、『司令官』とか『御主人様』とか『保護者』とかと思っていたけど…………実のところは、『奴隷』とか『玩具』だったりするんじゃないだろうな?
──とまあ、このように冗談交じりにじゃれ合いができるように、僕たち主従の親密度は、最近とみに増していたのだ。
おそらくは、この前僕が、キヨの軍艦擬人化少女としての本性である、『海底の魔女』の姿を見ても、別段驚きも怖れもしなかったことが、大きいものと思われた。
確かに『海底の魔女』は、幽霊船を擬人化したようなものであり、海の亡者の怨念と憎悪の具現として、まさしく『人外』そのものの容貌をしているが、元々他の世界から万物を召喚したり、どのような怪物や化物であろうと錬成可能だったりする、召喚術士兼錬金術師である僕にとっては、自分の召喚物兼錬成物であるキヨが、どれ程異様な外見をしていようが、別段対応を変える必要なぞ無かったのだ。
しかしこのことは、キヨにとっては殊の外重要な意味があったようで、それ以来僕への『塩対応』が、ほんの少しだけ緩んだように思えたのである。
──その、『ほんの少し』こそに、僕たち主従にとって、何か『大いなる違い』があるように思えるのは、僕の気のせいであろうか?
「そ、そんなことよりも、本当にこんなところに来ちゃって、良かったのですか⁉」
こちらがまるで、祖父が孫娘を見守るかのようなにこやかな笑顔で見つめていたら、何を思ったのか顔を真っ赤にして、いきなりわめき立てるキヨさん。
「こんなところ、って?」
「決まっているじゃないですか、聖都ユニセクスですよ! 私たちにとっては文字通りの、『敵の本拠地』ではないですか⁉」
……そういえば、そうでした。
至極当然な指摘を受けて、改めて周囲を注意深く見回した。
確かに、この世界きっての宗教団体である、聖レーン転生教団の総本山だけあって、神父やシスター等の聖職者や、大陸有数の実力を誇る神聖騎士団の重装甲兵たちの姿が目につくが、別に格式張ったり威圧感バリバリだったりはせず、『そういった制服を着た人々』と言ったイメージしか受けない、『日常性』を感じさせた。
更に一般市民となると、その服装等の見た目からして、もはや宗教色は一切無く、むしろ他の戦争や貧困等の災害にあえいでいる周辺諸国に比べれば、皆一様に笑顔で活気にあふれていた。
……まあ、とにかく、よそ者である僕たちに対して、無駄に警戒心を抱いて注目するような雰囲気が皆無なのは、助かるけどな。
「──あの二十代の男、どうしてあんな小さな女の子を連れ回しているの?」
「親子や兄妹には、見えないし……」
「警邏の聖騎士さんに通報したほうが、いいんじゃないの?」
………等々といった、ひそひそ声は、あちこちから聞こえてきているが。
それに対して極力聞こえない振りをしながら、今度は街並み自体のほうへと目を移す。
宗教都市と言っても、言わば普通に大国の『首都』でもあり、しかも文字通りにこの世界における最大宗派の『聖地』だけあって、その繁栄ぶりは凄まじいものがあった。
キヨの生まれ故郷である、科学と経済とが想像を絶するまでに発達を遂げている、現代日本の首都あたりとは比べものにならないだろうが、多数の石造りの建物が天を衝くようにそびえ立っていながらも、その狭間の街路の面積が十分にとられているために、日当たりは非常に良好で、緑豊かなこともあって住環境としても最適で、加えて数えきれないほど軒を並べている商家の店先には、大陸各地の物産が山のように積み上げられていて、この都市の豊かさをまざまざと感じさせた。
──そして当然、この聖都の繁栄と神聖さとを最も象徴しているのが、言わずもがな、聖レーン転生教団本部である、教皇庁『スノウホワイト』であったのだ。
大陸南部の名所の一つである地中海『アクアパール』から連なる、大運河の中州の上にそびえ立つ、巨大な主塔と七つの支塔『セブンリトルズ』からなる純白の威容は、あたかも白鳥が翼を広げて、今にも大空へと羽ばたかんとしているかのようにも見えた。
「──おおっ、何だ? 女の子が裸で泳いでいるぞ⁉」
教皇庁を取り巻く運河のほうを見下ろせば、何とまさしく、年の頃十四、五歳ほどのうら若き乙女たちが、一糸まとわず優雅に泳いでいたのである。
『うふふふふふふふ』
『あははははははは』
『くすくすくすくす』
あたかも心にまでも染み入るような、聞き心地のいい涼やかなる笑声。
「──提督、駄目です! 魂を奪い取られますよ!」
ついうっかり、運河へと飛び降りんばかりにかがみ込んで、少女たちの美声に聞き惚れていたら、キヨが必死の形相でしがみついてきた。
「……はっ⁉ ぼ、僕は、一体?」
「危ないところでした、まさかこんなところに、『いーちゃん』や『ろーちゃん』や『ユーちゃん』のお仲間が、暮らしているなんて」
「な、何だよ、その、カルタのような名前の方々は?」
「いいから、彼女たちの下半身を、ようく見てください」
「か、下半身、って⁉」
おいおい、いいのか? 年頃の娘さんの裸の下半身を、凝視したりして………って⁉
「何だ、あれ、下半身が、魚みたいになっているじゃないか⁉」
「……『人魚』ですよ、錬金術師のくせに、知らないのですか?」
「人魚だと? ──いやいや、僕が普段実験に使っているやつは、もっと顔からして魚そのままな、グロいやつなんだけど?」
「ああ、地方によっては、そういう人魚もいるみたいですね」
えー、そうだったのお? ……もしかして僕って、これまで『ハズレ』を引いていたわけ?
「……しかし、何でファンタジー色皆無のはずの、『あちらの世界』から来たおまえが、人魚のことに詳しいんだ?」
「実は、私の仲間の『潜水艦タイプ』の軍人擬人化少女が、ああいった『人魚』そのものの外見をしているんですよ」
「ええっ、そうなの⁉」
普通潜水艦型の軍艦擬人化少女と言えば、スク水を着ていたり、水中バイクに乗っていたり、するものと思っていたぜ。
「……あのですねえ、潜水艦というメカが、何で水中バイクというメカに頼らなければならないんですか? それではもはや軍艦擬人化少女では無く、ただの女の子じゃないですか?」
ごもっともな話で。
「だったら、スク水のほうはいいのか?」
「──もちろん、スク水は大正義なのです! 潜水艦型軍艦擬人化少女を、スク水にするなんて、むちゃくちゃセンスがいいですよね!」
……おまえ、ゲームの好みが、偏向しているだけじゃないのか?
まあこの時期、大陸製のゲームをもてはやすやつのほうが、どうかしていると思うが。
「うふふふふ、それにしても、その大正義のスク水を(著作権の関係で)使わずに、『人魚』を潜水艦のメタファーにするなんて、私の開発元も、大したものとは思いません?」
──などと、珍しくドヤ顔で、無い胸を張る、キヨさんであった。
……結局これって、いつもの作者の自画自賛じゃねえか。全然懲りないよな、あいつ。




