第25話、【ひな祭り特別企画】(全員ヤンデレ⁉)オールヒロイン大集合♡
「──ヤミ、ひな祭り、楽しんでいるかい? かのホワンロン王国きっての高名なる、かつて現代日本においては日本人形師であったという転生者に作らせた、特別あつらえの雛人形が届いたから、おまえの部屋に飾らせてくれないか?」
この魔王城の主である僕こと、ユージン=アカシア=ルナティックが、今日この日のためのサプライズプレゼントの入った、結構な大きさのある木箱を両手に抱えて、愛する妹の私室のドアの前で呼びかければ、すぐさまこちらへと駆けつけんとする足音が聞こえてきた。
「──ありがとう、お兄ちゃん! さあ、入って入って、御馳走もあるから!」
「……え、御馳走って? 誰かお客さんでも、来ているの…………って、うおっ⁉」
最愛の妹──ヤミ=アカシア=ルナティックに招かれるままに、一歩室内に踏み込めば、そこは予想だにしなかった、『千客万来』の有り様となっていた。
「──いやいやいや、これはもう、『お客さん』なんて問題じゃないよ? 何なの、一体⁉ すでにご存じ僕たちの従妹にして、人間国の王女兼神託の勇者を始めとして、我ら魔族の天敵である聖レーン転生教団の上級シスターにして、希代の『召喚術師』に、大陸最強と謳われる『悪役令嬢』に、最近開発に成功したと最高首脳会議において最重要機密として聞いたばかりの、『完全なる蘇生術』の成功例にして無敵の『人造人間』という、このあり得ない顔ぶれは⁉ 魔族歴代最強のヤミを交えて、この世界における『天下一武○会』でも開くつもりなの⁉ 一応僕も魔王だけど、あくまでも『知謀系』だから、出場を辞退するからね!」
そうなのである、魔王の僕の目から見れば、その超常なる正体を隠しようもない、規格外れの強者たちが、それほど広くもない幼女の私室にひしめき合っている様は、とても心臓にいいものではなかった。
「……うん? 一人だけ、それほど異常なオーラを感じさせない幼女がいるが、誰かの妹さんか何かかな?」
「おい、クソ魔王、私の王子様に色目を使いやがったら、その両目とも、引っこ抜くからな?」
「いえ、そんな、色目などと、滅相もない! 悪役令嬢様‼ ………………………って、え? お、王子様って?」
よくよく見ると、そのリボンやフリルやレースにゴテゴテと飾り立てられた、水色のワンピースドレスとエプロンドレスに身を包んだ絶世の美幼女は、しくしくと涙を流していた。
「……何で、何で、栄えあるヨシュモンド王国の第一王子である僕が、こんな目に」
「それは、どうしても今回の女性限定のひな祭りに出席してくれと言われましたものの、ひとときも王子様と離れたくはございませんので、男の子であられるあなた様に、女装していただきましたの。……ぐふふ、ご心配なく、とってもよくお似合いですよ♡ 今すぐ食べちゃいたいくらいに☆」
「──助けて! お願い、魔王様、助けてえええ!」
「あ、ああ、何かとても他人事とは思えないから力になりたいけど、うかつに手を出せば、現在辛うじて保たれている、この部屋のパワーバランスが、一気に崩壊しそうだしねえ…………って、あ、あれ、何これ、雛人形がある⁉ しかも八段飾りの、すっげえ豪華なやつが!」
室内の、尋常ならざる顔ぶれを、再度見回していれば、部屋の隅っこに置かれていた、豪奢極まる雛飾りが、ようやく目に入ったのであった。
「えっ、えっ、ヤミ、あんなの持っていたっけ?」
「もうっ! そんなことよりも早く、その手に持っているプレゼントを、ヤミにちょうだいよ!」
「うっ…………あ、いや、こ、これは、ね、ちょっと、手違いがあって、ね」
確かにこれも特注品だけど、あんなすごいやつを見せられた後で、渡すことができるものか!
「──お兄ちゃん、どうしてそんな意地悪をするの⁉ そこまでこの雛飾りが気に入らないんだったら、こうしてやる!」
「──ちょっ、ヤミ⁉」
何のためらいもなく、自らの部屋に飾られていた、いかにも高価そうな雛飾りに向かって、ぞんざいに右手を振るえば、一気にバラバラに吹っ飛ぶ雛人形たち。
「さあ、お兄ちゃん、こっちにちょうだい♡」
「あっ」
あまりの惨状に呆然と立ちつくしていれば、すかさず僕の手から木箱を奪い取る妹殿。
「うわあ、おひな様だあ!」
「すごいですねえ、これきっと、ホワンロン王国あたりで発注された、特注品ですよ?」
「ふ、ふん、お子様なヤミにお似合いだな! 私はもっとこう、アダルトなやつがいいな」
「……アダルトな雛人形って、何です? 元男性として、非常に気になるんですけど」
──あ、あれ? 結構好評を博しているぞ?
皆さんすでに、こんな、まるで生きているかのような、精巧な雛人形を目の当たりにしておられるというのに……。
そのように疑問を呈しながら、偶然足下に飛んできていた、片腕の取れかかった人形の一つを手に取ってみると、
──唐突に瞬きをする、二つの眼。
「これ、生きているみたいじゃ無くて、本当に生きているじゃん? もしかして、かの噂の、『呪いの雛人形』とか⁉」
「「「そうでーす、私たち、呪いの雛人形、デース」」」
首の取れかかっているやつ、胴体で真っ二つになっているやつ、なぜか脚が3本になっているやつ等々、異形の人形のなれの果てたちが、声を揃えて唱和する。
「ひいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいっ⁉」
「ちょっ、お兄ちゃん、大丈夫⁉」
「……やれやれ、魔王のくせに、情けないぞ、ユージン?」
「──これちょっと、『系統』が違うだろう⁉ それにいくら魔王でも、怖いものは怖いよ!」
「うおっ、あの魔王なのに情けない有り様こそが、私の母性本能を暴れさせやがる、だと……⁉」
「むう、これ以上放っておけば、アホ勇者が、何かに覚醒しそうね。──みんな、もういい加減にしなさい! 集合! 集合──‼」
ヤミの命令一下、何と雛人形たちが一つに融合していって、その場に現れたのは──
「……あれ、最近ヤミに何かとくっついて回っている、メイドさん?」
ということは、つまり、
「そう、このショゴスのショゴたんに、雛人形に擬態してもらっていたのよ。だってこの子、一応外見的には、女の子ですものね♡ このひな祭りの集いに、十分参加資格があるわ」
「──だったら僕は、何で男なのに、参加させられているんだ⁉」
「だってあなた、完璧に外見的には、女の子ですものね♡ このひな祭りの集いに、十分参加資格があるわ」
「うわああああああん、魔王様ー‼」
「いや、何も僕に抱きつかなくてもいいではないか? 君の連れの彼女が、今にも視線だけで射殺そうとしているのだが………………それから、ヤミ!」
「なあに、お兄ちゃん?」
「ショゴたんを雛人形にするのはいいが、メイドにするのは禁止な!」
「ええっ、どうしてよ⁉」
「……いや、どうしてって、ショゴスをメイドにしたりしたら、『不定形』的に非常に問題があって、しかも今回なんか『分身』までさせてしまったことだし、このままだと非常にヤバいんだよ⁉」
「何で、ショゴスがメイドで不定形で分身したら、ヤバいのお? ヤミ、全然わからな〜い」
「──くっ、これが『ジェネレーションギャップ』というものか⁉」
思わぬ世代間格差に、僕が力なく床に手をつき頭を垂れるや、その姿があまりに不憫に映ったのか、ヤミが取りなすように言ってきた。
「いいよ、わかったよ、ショゴたんはもう二度と、メイドにはしないよ。実はそろそろ実験のほうも、『第二段階』に移行しようと思っていたところだしね」
「……『第二段階』って、おいおい、これ以上、変なことはしないでくれよ?」
「大丈夫だって、これってアイディア的に、すっごく画期的なことなんだから!」
「ほんとかねえ……」
そうなのである、その時の僕は、天才的頭脳の持ち主ではあるものの、いまだ幼い妹による、単なるお遊びか気まぐれでしかない、『実験ごっこ』とばかり思っていたのだ。
──それがまさか本当に、異世界転生というものの在り方を、根本的に一変させてしまうことになるとは、夢にも思わなかったのである。




